サクラローレル

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サクラローレル
品種 サラブレッド
性別
毛色 栃栗毛
生誕 1991年5月8日(18歳)
Rainbow Quest
ローラローラ
母の父 Saint Cyrien
生国 日本北海道静内郡静内町
生産 谷岡牧場
馬主 (株)さくらコマース
全尚烈
調教師 境勝太郎美浦
小島太(美浦)
競走成績
生涯成績 22戦9勝
(内訳)
中央:21戦9勝
海外:1戦0勝(仏国
獲得賞金 6億2699万1000円
  

サクラローレル英語表記:Sakura Laurel)は日本の元競走馬持込馬)で、現在は種牡馬1996年JRA賞年度代表馬JRA賞最優秀5歳以上牡馬(部門名は当時)。

※以降、馬齢は全て旧表記を用いる。

目次

[編集] 戦績

[編集] 4歳時代(1994年)

1994年1月、中山でデビュー。3戦目で勝ちあがる。皐月賞は同期・同馬主のサクラスーパーオーが出走し、サクラローレルは東京優駿(日本ダービー)を目指す。ダービートライアル青葉賞エアダブリンの3着に入り、東京優駿(日本ダービー)優先出走権を取るものの、右後脚の球節炎により回避。秋に復帰したが、同期の三冠馬ナリタブライアンとはクラシックで対戦することなく終わる。

[編集] 5歳時代(1995年)

1995年、中山の金杯を勝ち5歳で重賞初制覇を飾る。しかし、続く目黒記念ではハギノリアルキングの2着に敗れた。天皇賞(春)を目指し調教されるが、栗東に遠征しての追い切りで両前脚深管[1]を骨折するという安楽死処分が検討されるほどの重傷を負った。関係者の努力により治療が行われ安楽死処分とはならなかったが、長期の休養に入る。

ちなみに後に明らかになった話として、調教師の境は金杯勝ちの直後に海外遠征を考えていたものの、「GIIIを勝ったばかりのサクラローレルで海外に行くといったら笑われる気がして言い出せなかった」として海外遠征を断念したという話がある。境は後に井崎脩五郎に対し「あのとき行っていれば、海外でGIを勝っていたと思う。このヘボ調教師がチャンスの芽を摘んじゃったのさ。ローレルに悪いことをしたと、ずっと頭から離れないよ」と語ったことを、境の死後に井崎が明らかにしている[2]

[編集] 6歳時代(1996年)

1996年ケガから復帰し、これまで主戦騎手をつとめた小島太の引退・調教師転身により、新たに主戦となった横山典弘との新コンビで中山記念に挑んだ。9番人気という評価であったが1番人気のジェニュイン以下を直線で差し切り優勝した。そして出走した天皇賞(春)、ナリタブライアンと1歳下のマヤノトップガンの2頭が単勝1.7倍と2.8倍に支持されて他の馬は全て10倍以上という一騎打ちムードの中、サクラローレルは3番人気であったが、直線力強い末脚を見せてナリタブライアンを差しきり優勝。見事にGIの勲章を手に入れた。

詳細は第113回天皇賞を参照

この年から宝塚記念の施行時期が7月に変更となったこともあって、同レースは回避し秋に備えることとなった。休養明けのオールカマーではマヤノトップガンと人気を二分し、勝負が注目されたがあっさりと快勝。堂々の本命として天皇賞(秋)に参戦した。

同レースでは1番人気に支持されたが、スタートで出遅れて後ろにつける競馬になった上、直線で馬群の間に進路を取った結果、窮屈なところに閉じ込められてしまい、バブルガムフェローに屈した上マヤノトップガンにも先着を許して3着に敗れてしまった。これは鞍上の横山も「最高に下手に乗った」と自戒し、境からも大目玉を食らった[3]。続いて出走した有馬記念では、今度こそ1番人気に応えてマーベラスサンデー以下を下し、2つ目の栄冠を手にする。数々の大レースを制してきた境にとっても有馬記念はこれまで縁がなかった。その上調教師生活通算700勝目勝利をこの有馬記念で飾ったので、翌年2月での調教師勇退に最高の餞となった。1996年のJRA賞年度代表馬、最優秀5歳以上牡馬を受賞した。

[編集] 7歳時代(1997年)

年が明けた1997年、軽度の骨折により、有馬記念からぶっつけで天皇賞(春)連覇を狙うが、3分14秒4と従来の記録を2秒7更新するレコードタイムで駆け抜けたマヤノトップガンの2着に敗れる。

詳細は第115回天皇賞を参照

小島が後日語った内容によると、この後横山がスランプに陥っていると判断、海外遠征経験の豊富さからも予定されていた凱旋門賞挑戦に関しては、最初はフランスの名手フレディー・ヘッドに騎乗を依頼。しかし、ヘッドの回答が「突然の現役引退宣言」だったため、急遽武豊に乗り替わることになった。

だが、凱旋門賞を目指して渡仏するも、前哨戦のフォワ賞でレース中に右前脚に屈腱不全断裂[4]を発症し、最下位8着に敗れた。この時、フランスの獣医師が「予後不良級のケガだから、安楽死の措置をしてもいいか」と言われ、サクラローレルとともに渡仏していた調教助手の小島良太(小島太の子息)が思わず同意しかけてしまったというエピソードがある。また、この海外遠征に際し日本で普段担当していた装蹄師を帯同せず現地の装蹄師が担当したこと、馬場が堅かったことが脚元に不安のあったサクラローレルの故障の原因になったと言われる。2日後の9月16日、現役引退が発表された。

[編集] 競走成績

年月日 競馬場 競走名 人気 倍率 着順 距離 タイム 3F 騎手 勝ち馬/(2着馬)
1994 1. 6 中山 4歳新馬 1人 1.8 9着 芝1600m(良) 1:37.9 (37.6) 小島太 シャインフォード
1. 15 中山 4歳新馬 2人 6.7 3着 芝1600m(重) 1:37.8 (38.1) 小島太 マツブリジャンテ
1. 30 東京 4歳未勝利 1人 2.7 1着 ダ1400m(重) 1:26.6 (37.1) 小島太 (シクレノンヴォルク)
2. 19 東京 春菜賞 4人 8.6 6着 芝1600m(良) 1:35.9 (35.7) 小島太 インディードスルー
3. 6 中山 4歳500万下 2人 4.4 2着 ダ1800m(良) 1:54.1 (38.7) O.ペリエ タイキブリザード
3. 26 中山 4歳500万下 1人 1.2 1着 ダ1800m(良) 1:53.9 (37.7) 小島太 (キャンドルタイム)
4. 30 東京 青葉賞 GIII 3人 7.1 3着 芝2400m(良) 2:28.9 (35.0) 小島太 エアダブリン
9. 4 新潟 佐渡S 2人 3.4 3着 芝2000m(良) 2:01.3 (36.0) 小島太 ダイゴウソウル
9. 25 中山 セントライト記念 GII 2人 2.9 8着 芝2200m(重) 2:17.0 (36.9) 的場均 ウインドフィールズ
10. 15 東京 六社特別 1人 1.2 2着 芝1800m(良) 1:47.5 (34.5) 小島太 バースルート
10. 30 東京 秋興特別 1人 1.4 2着 芝2000m(良) 2:01.5 (34.1) 小島太 ブランドミッシェル
11. 20 京都 比良山特別 1人 1.5 1着 芝2200m(良) 2:14.1 (34.4) 小島太 (メジロスズマル)
12. 18 中山 冬至S 1人 2.1 1着 芝2500m(良) 2:33.5 (35.1) 小島太 (ハヤテマジシャン)
1995 1. 5 中山 中山金杯 GIII 2人 4.9 1着 芝2000m(重) 2:00.5 (36.4) 小島太 (ゴールデンアイ)
2. 19 東京 目黒記念 GII 1人 1.5 2着 芝2500m(良) 2:31.2 (35.9) 小島太 ハギノリアルキング
1996 3. 10 中山 中山記念 GII 9人 19.5 1着 芝1800m(良) 1:47.2 (34.8) 横山典弘 ジェニュイン
4. 21 京都 天皇賞(春) GI 3人 14.5 1着 芝3200m(良) 3:17.8 (34.7) 横山典弘 ナリタブライアン
9. 15 中山 オールカマー GII 2人 1.9 1着 芝2200m(重) 2:16.7 (36.6) 横山典弘 (ファッションショー)
10. 27 東京 天皇賞(秋) GI 1人 2.5 3着 芝2000m(良) 1:58.9 (34.1) 横山典弘 バブルガムフェロー
12. 22 中山 有馬記念 GI 1人 2.2 1着 芝2500m(良) 2:33.8 (36.5) 横山典弘 マーベラスサンデー
1997 4. 27 京都 天皇賞(春) GI 1人 2.1 2着 芝3200m(良) 3:14.6 (35.0) 横山典弘 マヤノトップガン
9. 14 ロンシャン フォワ賞 G3 1人 - 8着 芝2400m(稍) 2:32.4 - 武豊 Yokohama

[編集] 種牡馬

現役時に総額11億9000万円のシンジケートを組まれ、引退後は種牡馬となり静内スタリオンステーションで供用された。初年度からローマンエンパイア2002年京成杯)を輩出し、重賞勝ち馬の父となる。他にはサクラセンチュリー2004年鳴尾記念2005年日経新春杯アルゼンチン共和国杯)がいる。初年度から芝の重賞勝ち馬を出してはいるが、産駒にはスタミナ豊富なダート巧者が多い。静内スタリオンステーションの閉鎖に伴い、2005年からはアロースタッドで供用されている。

[編集] 代表産駒

[編集] 血統表

サクラローレル血統  ブラッシンググルーム系(ナスルーラ系))/Nasrullah4×5=9.38%)

Rainbow Quest
1981 鹿毛
Blushing Groom
1974 栗毛
Red God Nasrullah
Spring Run
Runaway Bride Wild Risk
Aimee
I Will Follow
1975 鹿毛
Herbager Vandale
Flagette
Where You Lead Raise a Native
Noblesse

*ローラローラ
Lola Lola
1985 栗毛
Saint Cyrien
1980 鹿毛
Luthier Klairon
Flute Enchantee
Sevres Riverman
Sartoga
Bold Lady
1974 栗毛
*ボールドラッド
Bold Lad
Bold Ruler
Misty Morn
Tredam High Treason
DamasiF-No.14

[編集] 脚注

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  1. ^ 深管とは管骨の裏側。管骨とは膝から下にある中手骨を指す。
  2. ^ 東京中日スポーツ・2009年4月14日付「井崎脩五郎の競馬探偵」
  3. ^ この時、当時76歳の境が「次走は俺が乗る」とまで激昂した。それには理由があり、「2000メートル戦だからある程度前につけておけ、直線で包まれるから後ろからだけは行くな。」とレース前に指示していたにもかかわらず、横山の後ろから行った騎乗があまりに酷かったこと、オールカマー後に境が「年間重賞10勝が射程圏に入った」と発言していたが、この敗戦で計算が狂ったこと等が挙げられる。この年、境勝太郎厩舎の年間重賞勝利数は9に終わる。
  4. ^ 屈腱が腫れるだけではなく、かなりの比率で切れてしまった状態を指す。
先代:
マヤノトップガン
年度代表馬
1996年
次代:
エアグルーヴ
先代:
サクラチトセオー1995年
JRA賞最優秀5歳以上牡馬
1996年
次代:
マーベラスサンデー1997年
先代:
ライスシャワー
天皇賞・春勝ち馬
1996年
次代:
マヤノトップガン
先代:
マヤノトップガン
有馬記念勝ち馬
1996年
次代:
シルクジャスティス