デピュティミニスター

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デピュティミニスター
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1979年
死没 2004年9月10日
Vice Regent
Mint Copy
母の父 Bunty's Flight
生国 カナダの旗 カナダオンタリオ州
生産 Centurion Farms
馬主 Centurion Stables
→Kinghaven Farms
→Due Process Stable
調教師 Bill Marko(カナダ
→John J. Tammaro, Jr.(アメリカ
→Michael A. Tammaro(アメリカ)
→Reynaldo H. Nobles(カナダ)
競走成績
生涯成績 22戦12勝
獲得賞金 606,964ドル
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デピュティミニスター (Deputy Minister) はカナダ生まれの競走馬である。競走馬時代はカナダ、アメリカ合衆国で走り、引退後はアメリカで種牡馬として成功した。

競走馬時代[編集]

父のヴァイスリージェント (Vice Regent) はカナダの大種牡馬でカナダリーディングサイアーに輝くこと11回を数えた。

2歳となった1981年5月、カナダのウッドバイン競馬場でデビューするといきなり6連勝を飾った。シャンペンステークス(アメリカベルモントパーク競馬場)で4着に敗れ連勝は止まったものの、続くローレルフューチュリティ、ヤングアメリカステークスとアメリカのG1を連勝し、この年のソヴリン賞年度代表馬、最優秀2歳牡馬、エクリプス賞最優秀2歳牡馬を受賞した。

3歳時は緒戦のバハマズステークスで競走中に足首を負傷したため惨敗。次の競走も惨敗すると休養し、秋に復帰するも一般戦を1勝に終わった。

4歳時は復活しアメリカG2の2勝を含む3連勝したもののその後は勝ちきれず、11月のメドウランズカップ2着を最後に引退した。

競走成績[編集]

カナダ6戦6勝、アメリカ16戦6勝

  • 1981年(2歳)9戦8勝 ローレルフューチュリティ(アメリカGI)、ヤングアメリカステークス(アメリカGI)
  • 1982年(3歳)4戦1勝
  • 1983年(4歳)9戦3勝 ドンハンデキャップ(アメリカGII)、トムフールステークス(アメリカGII)、2着 - メドウランズカップ(アメリカGII)

種牡馬時代[編集]

引退後はアメリカのメリーランド州にあるウインドフィールズファームで種牡馬となり、初期からゴーフォーワンドオープンマインドなどの活躍馬を輩出、ケンタッキー州のブルックデールファームに移動後も活躍馬を送り続け、1997 - 1998年北アメリカリーディングサイアーに輝いた。

25歳となった2004年悪性腫瘍のためオハイオ州立大学家畜病院で死亡。以後も北アメリカや日本で子孫が活躍している。

代表産駒[編集]

記載のない競走はすべてアメリカG1。

ほか多数

ブルードメアサイアーとしての主な産駒[編集]

血統表[編集]

デピュティミニスター血統ヴァイスリージェント系 / Bunty Lawless:3×5=15.62%、Polynesian:4×5=9.38%)

Vice Regent
1967 栗毛 カナダ
Northern Dancer
1961 鹿毛 カナダ
Nearctic Nearco
Lady Angela
Natalma Native Dancer
Almahmoud
Victoria Regina
1958 栗毛 カナダ
Menetrier Fair Copy
La Melodie
Victoriana Windfields
Iribelle

Mint Copy
1970 黒鹿毛 カナダ
Bunty's Flight
1953 黒鹿毛 カナダ
Bunty Lawless Ladder
Mintwina
Broomflight Deil
Air Post
Shakney
1964 黒鹿毛 アメリカ合衆国
Jabneh Bimelech
Bellesoeur
Grass Shack Polynesian
Good Example F.No.10-a

受賞歴[編集]

  • 1981年 - ソヴリン賞年度代表馬、最優秀2歳牡馬、エクリプス賞最優秀2歳牡馬
  • 1988年 - カナダ競馬殿堂入り
  • 1997-1998年 - 北アメリカリーディングサイアー
  • ほかにアメリカのガルフストリームパーク競馬場で「デピュティミニスターハンデキャップ」が、カナダのウッドバイン競馬場で「デピュティミニスターステークス」が行われている。

外部リンク[編集]