アグネスワールド

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アグネスワールド
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1995年4月28日
死没 (存命)
ダンジグ
ミステリーズ
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産 カルメットファーム
馬主 渡辺孝男
調教師 森秀行栗東
調教助手 久保卓也
競走成績
生涯成績 20戦8勝
  地方:1戦1勝
  中央:15戦5勝
  海外:4戦2勝
獲得賞金 3億4840万9000円
+500,000フラン
+126,750ポンド
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アグネスワールドAgnes World)は日本競走馬アメリカ合衆国で生まれ日本で調教された外国産馬。 半兄にスプリンターズステークス勝ち馬のヒシアケボノがいる。

目次

[編集] 戦績

函館開催初日の2レース目の新馬戦(1レース目は牝馬限定だったため牡馬が出走できる最初のレース)でデビュー勝ちを収め、函館3歳ステークスでレコード勝ちを収めている。しかしその後骨折し、ぶっつけで挑んだ朝日杯3歳ステークスではグラスワンダーの4着に敗れるが、全日本3歳優駿に挑戦し優勝する。その後、年明けのシンザン記念で2着となった後に再び骨折し1年間休養する。

1999年ガーネットステークスで復帰したが、その後は成績がそれほど芳しくなかった。しかし、7月にリニューアルした小倉競馬場北九州短距離ステークス(オープン特別)で、芝1200mを1分6秒5という日本レコード勝ちを収め、再び軌道に乗り始める。続く小倉日経オープンを勝利すると、アベイ・ド・ロンシャン賞CBC賞と4連勝する。その後も短距離GI戦線で活躍し、2000年ジュライカップで海外2勝目を挙げる。同年のブリーダーズカップ・スプリント(米G1)8着を最後に引退した。

国際G1レースを2勝しているが、日本国内では最後までGIレースを勝つことができなかった。アグネスワールドを管理していた調教師森秀行は、「スピードは桁違いだったが気性が悪く、ペース配分ができなかった。距離は短いほど良く、1200メートルでも少し長いくらいだった[1]」と述べている。

[編集] 競走成績

日本、アメリカ、イギリス、フランスで20戦8勝2着6回。

[編集] 主な勝鞍

  • ジュライカップ(英G1)
  • アベイ・ド・ロンシャン賞(仏G1)
  • 全日本3歳優駿(日・地方交流GII)
  • CBC賞(日GII)
  • 函館3歳ステークス(日GIII)
    • 日本調教馬では初めて海外の2カ国G1制覇するなどの活躍をした。イギリスの重賞を制した初の日本調教馬でもある。

[編集] 引退後

引退後は社台スタリオンステーションで種牡馬となり、リース種牡馬としてイギリス、シャトル種牡馬としてオーストラリアでも供用されている。受胎率が低いことで知られ、平均で40%以下、種牡馬生活晩年は20%を下回ることもあった。2009年の繁殖シーズン終了をもって種牡馬を引退し、池田町の新田牧場で余生を送っている。日本における後継種牡馬は現れていないが、シャトル先のオーストラリアでの代表産駒Wonderful Worldが2008年から現地で種牡馬入りしている。

[編集] 代表産駒

[編集] 血統表

アグネスワールド血統 ダンジグ系ノーザンダンサー系)/Northern Dancer2×4=31.26%)

Danzig 1977
鹿毛 アメリカ
Northern Dancer
1961 鹿毛 カナダ
Nearctic Nearco
Lady Angela
Natalma Native Dancer
Almahmoud
Pas de Nom
1968 黒鹿毛 アメリカ
Admiral's Voyage Crafty Admiral
Olympia Lou
Petitioner Petition
Steady Aim

Mysteries
1986 黒鹿毛 アメリカ
Seattle Slew
1974 黒鹿毛 アメリカ
Bold Reasoning Boldnesian
Reason to Earn
My Charmer Poker
Fair Charmer
Phydilla
1978 鹿毛 アメリカ
Lyphard Northern Dancer
Goofed
Gozilla Gyr
Gently F-No.6-b

[編集] 脚注

  1. ^ 森秀行著『最強の競馬論』、講談社現代新書ISBN 4061496573)、2003年、79-80ページ。
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