ハンデキャップ競走

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ハンデキャップ競走(ハンデキャップきょうそう)とは、競馬において、出走する競走馬にできるだけ均等に勝利できる機会を提供する目的で行われる競走(レース)のことをいう。ハンデキャップ戦ハンデ戦、あるいは単にハンデあるいはハンディとも呼ぶ。

概要[編集]

大別すると走破距離によるものと負担重量によるものの2種類に分けられる。

前者はおもに繋駕速歩競走で実施され、負担重量こそ定量制だったが、各出走馬の距離適性などを考慮して競走距離を前後させる仕組みである。日本の競馬では2012年現在速歩競走は行われていないため採用されていないが、日本国外で行われている速歩競走や、またオートレースでも一部採用されている(オートレースでのハンデキャップ競走についてはハンデレースを参照)。

後者については距離こそ全馬一定となるものの、出走馬の過去の競走実績などを考慮して、馬に背負わせる錘(おもり)[1]の負担重量を、実力上位馬に対してはそれを増やし、逆に成績の芳しくない競走馬に対しては軽減させることが一般的とされている。そのため、実際の競走では負担重量の軽い馬(=実力の足らないと思われている馬)が上位に入線することが少なくなく、また、実力があっても負担重量の重い馬は人気を下げることもあるので、高配当が期待できる場合もある。

負担重量におけるハンデキャップの決定は、出馬投票終了後に各出走登録馬の過去の競走実績などを踏まえて主催者のハンデキャッパーによる合議によって決定される。全馬が「横一線」で入線することがハンデキャッパーの「理想」とされている。

平地競走[編集]

中央競馬[編集]

中央競馬平地競走では一般的に、一番大きい負担重量の馬(トップハンデ馬)を最初に決め、そこから順次出走登録各馬の負担重量を決めていく。

負担重量の重い馬(馬齢重量との差分)上位3頭に対して優先出走権が与えられる。

ハンデは騎手の安全を考えて最も軽量で48キログラム。そこから0.5キログラム単位で調整される。重い場合には上限がないが、実際には63キログラム以上が課されることはあまりない[2]GI級競走の実績がある馬がハンデキャップ競走に出走すると、大体は58キログラムから60キログラム台のハンデを背負わされることになる。最近はどの陣営も重いハンデを背負わされることを嫌っているため、GI級競走で実績のある馬をハンデ戦に出走させることはほとんどない。ただしGI級競走で勝ち負けしたがその後の成績が芳しくなく、ハンデがさほど重くならないと判断される場合は、相手関係などを見てハンデ戦に出走させることもある。

現在、過去1年以上出走していない馬は出走資格がない[3]

格付けは通常GIII級競走以下であることが多く、GII級のハンデキャップ競走は、数こそ少ないが長い伝統を誇るものとなっている。ハンデ戦のGI級競走は国内にはない。一方、ヨーロッパではハンデキャップ競走に格付けがなされることはないが、アメリカやオーストラリアなどではGIでもハンデキャップとなっている競走がある。

地方競馬[編集]

2006年12月6日クイーン賞船橋競馬場)がダートグレード競走として初のハンデキャップ競走として行われ、2007年には兵庫ゴールドトロフィー園田競馬場)とサマーチャンピオン佐賀競馬場)が追加された。

中央競馬と異なり、地方競馬では平成以降も65キログラム以上のハンデを背負った事例が見られ、トチノミネフジワード賞大井競馬場)で65キログラム、ヨシノキングが新春クラウン(笠松競馬場)で68キログラムを背負った記録がある(ただしこれは別定戦でのものである可能性がある)。

岩手県競馬組合では2009年度から、騎乗する騎手の前開催時点のリーディング順位に応じて負担重量を決定する「騎手ハンデ競走」を実施している(原則1開催1競走。最大57キログラム、最低51キログラムだが減量騎手はその軽減分も加わる)[4]

障害競走[編集]

中央競馬の障害競走では重賞10競走のうち京都ジャンプステークス小倉サマージャンプ新潟ジャンプステークス東京オータムジャンプがハンデキャップ競走として行われていたが、2009年からすべての競走が別定重量となる。

一方ヨーロッパではグランドナショナルなどのように、現在も主要なレースがハンデキャップ競走として行われている[要検証 ]

ハンデキャッパー[編集]

ハンデキャッパーは、ハンデキャップ競走における負担重量の決定を行う役職である。適切なハンデキャップを設定するために、自身が主催する競走成績はもちろん、他主催者の競走馬が出走する場合はそれらの競走成績もチェックする必要がある。

中央競馬のハンデキャッパーは、ハンデキャップの設定以外にも下記のような仕事がある。

このうちJPNランキングについては、毎年、国際ハンデキャッパー会議によってワールド・サラブレッド・ランキングに反映される。

日本中央競馬会での役職は「公正室ハンデキャップ役」である。

ハンデキャップの作成[編集]

ハンデキャップの作成は、各馬が平常負担している重量を基礎に過去の成績を参考として、強い馬に加増し、弱い馬には減量する。近年平地競走では軽量、スピード優先の考えからクラシック級や種牡馬候補の馬でも比較的軽い重量で走れるレースが増えたため、重い重量は嫌われる傾向にある。特にここ数年、60kgを超した重量を背負い、かつ良い成績を残すサラブレッドは稀にしか見られなくなっている。そのため重量を増やすと出走を回避することにもつながる。また、軽い重量は騎手の体重の関係もあり、48kgをほぼ下限としている。

過去の競走成績と着順と着差は、ハンデ作成に当たって最も有力な資料となる。タイムと着差は各馬のスタートからゴールまでの所要タイムとゴールにおける先着馬との着差を馬身、ハナ、クビ等の長さで表示したものである。1馬身はおよそ1秒の1/5で、2馬身は1秒の3/10、6馬身は1秒に等しい。また1キロ重くなると1600~2000メートルの中距離で約1馬身遅くなり、短距離では半馬身、長距離では約2馬身の差があるとされる。たとえば「AとBが55kgで1600メートルのマッチレースを争い、双方全力を出しきった結果、AがBに1馬身1/2差をつけて勝った。この次の対戦で、AはBより57kgとBは55kgで同距離を走れば、BはAに1/2馬身先着するであろう」というのが机上の単純な計算である。しかし1競走の成績が、そのまま能力判定の決定的資料にはならない。成績に現れる着順は、各馬の調教状態、コース、距離の適否、馬場状態、レース展開、他馬の妨害、騎乗の巧拙等によって相違するためである。ハンデキャッパーはそれらを適切に判断し、あらかじめ発表されたコース、距離のハンデキャップレースに申し込みのあった負担重量を決定する。

ハンデキャップ競走の歴史[編集]

1700年代の初頭、現在でいうサラブレッドの3大始祖がイギリスに入り、種牡馬として供用された頃、急速に競走馬の質が向上し、スピードが増した。18世紀の中頃には入場料をとってファンを集める観賞用のスポーツとなる。この頃の競馬はその大部分がマッチレースであった。双方の馬主が負担重量等の条件を合意してレースは成立したが、しだいに重量に関する意見の不一致がもとで不成立が多くなり、その後自然の要求によって第三者であるハンデキャッパーが登場した。その様子を「ポンドルール」から引用すると「ハンデキャップマッチはA、B、Cが同額の金貨を帽子の中に入れる。ハンデキャッパーであるCが、AとBとのマッチの条件を作る。AとBは手を帽子に入れ、その手を引き出して交差させる。そして同時に手を開き、AとB双方が手に金貨を持っていれば、そのマッチは成立する。もっていないと不成立となる。この二つの場合はハンデキャッパーはすべての金貨を帽子から取り上げる。一人が金貨を持ち、他の一人が持たない場合は不成立となる。そして金貨を持った方は、帽子の中の供託金を自分のものとする権利を得るのである」この方法からレースは大幅に進歩し、一般レースにも応用された。大競馬場での最初のハンデキャップレースは、1785年、ニューマーケットのローリーマイルコースで一流馬14頭立てで行われた。1791年、アスコットのオートランドハンデキャップには4万人が集まり、100万ドルが賭けられたといわれている。1780年に創立された、ダービー200年の歴史とともに繁栄したイギリスの競馬は、現在でもその競走のほぼ50%が有名、無名のハンデ戦として施行されている。

日本のおもなハンデキャップ競走[編集]

中央競馬の重賞およびダートグレード競走を掲載。

脚注[編集]

  1. ^ 錘は騎手が体重調整のために身に着ける場合もある。
  2. ^ テンポイントの事故などを考慮していると言われている。
  3. ^ 適切なハンデを設定できなくなるため。このことから適鞍のハンデ戦に出走させるため、その手前に明らかに守備範囲外の距離やコースで施行される別定重量戦に出走させる場合がある。
  4. ^ 第6回盛岡競馬における騎手ハンデ競走/負担重量のおしらせ - 岩手競馬公式サイト 2010年11月2日閲覧。

関連項目[編集]