ハクホオショウ

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ハクホオショウ
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1969年4月3日
死没 1988年5月11日
ヒンドスタン
ステラパーダリス
生国 日本の旗 日本北海道浦河町
生産 酒井牧場
馬主 西博
調教師 尾形藤吉東京
競走成績
生涯成績 23戦8勝
獲得賞金 9876万4400円
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ハクホオショウは、日本競走馬。主な勝ち鞍は安田記念など重賞4勝。「最強世代」とも評される1972年クラシック世代の1頭。

目次

[編集] 経歴

父は7度のリーディングサイアーを獲得したヒンドスタン、祖母の兄弟に当時の世界賞金王タルヤー(Tulyar)、凱旋門賞優勝馬セントクレスピン(St. Crespin)がいる良血という事もあり、大きな期待を受け尾形藤吉厩舎に入厩した。

4歳春に発生した馬インフルエンザ流行の混乱の為か出世が遅れ、皐月賞には出走できず。NHK杯2着を経て出走した東京優駿(日本ダービー)[1]では関東勢最先着の4着と気を吐く。秋はクラシック最後の一冠・菊花賞を回避し、東京競馬場カブトヤマ記念を制する。続くクモハタ記念はクビ差抜け出したはずが、決勝写真の不備からタケデンバードの2着とされた(タケデンバード事件)。

古馬となってからは、春の安田記念を57キロの斤量を背負い快勝。夏は北海道に遠征し、ダート札幌記念を59キロの負担重量ながら快勝。毎週雨が降り続き、「泥田」とも表現された不良馬場で施行された函館記念では61キロを背負い、55キロのエリモカップと向う正面からびっしりと先行争いを繰りひろげ、同馬からアタマ差の2着。再び61キロを背負った東京のオールカマーオンワードガイ以下を退けた。迎えた秋の天皇賞では、タニノチカラを抑え一番人気に推されたが、スタート直後に骨折。競走馬を引退した。

天皇賞出走前から、長距離では日本ダービーしか出走実績の無い同馬が距離適性について、様々な意見が競馬サークルで沸騰していた[要出典]。450キロ前後の馬格であったが、負担重量の重いハンデキャップ戦が得意とし、名種牡馬ヒンドスタンの「最後の傑作」とも呼ばれ非常にファンの多い馬であった。

[編集] 引退後

競走生活を絶たれる程の重傷を負ったものの、無事種牡馬入りを果たした。その産駒は、地方では好成績を挙げられたものの、中央では地方から移籍してきたハクホウダンディが障害レースで名を挙げた以外は良績を残せなかった。地方競馬最多連敗記録であった161連敗を記録したハクホークインも産駒に持つ[2]。 晩年は青森県・鳥谷部牧場で種牡馬生活を行っていたが、1988年5月11日、種付けを終え戻って来た馬房内で突然暴れ、頭を打った拍子に心臓破裂を起こし死亡した。

[編集] 馬齢別競走成績

  • 3歳-3戦1勝
  • 4歳-10戦2勝(カブトヤマ記念)
  • 5歳-10戦5勝(安田記念、札幌記念、オールカマー)

[編集] 主な産駒

[編集] 脚注

  1. ^ 馬インフルエンザの影響で開催が遅れ、この年は7月に行われた。
  2. ^ 後に、エリザベスクィーンが165連敗を記録して更新。

[編集] 血統表

ハクホオショウ血統 ボワルセル系/Gainsborough 4×5=9.38% Blandford 4×5=9.38% Pharos 4×5=9.38%)

*ヒンドスタン
Hindostan 1946
黒鹿毛 イギリス
Bois Roussel 1935
黒鹿毛 フランス
Vatout
1926 鹿毛
Prince Chimay
Vasthi
Plucky Liege
1912 鹿毛
Spearmint
Concertina
Sonibai 1939
鹿毛 イギリス
Solario
1922 鹿毛
Gainsborough
Sun Worship
Udaipur
1929 黒鹿毛
Blandford
Uganda

*ステラパーダリス
Stella Paradalis 1957
栗毛 イギリス
Pardal 1947
鹿毛 フランス
Pharis
1936 黒鹿毛
Pharos
Carissima
Adargatis
1931
Asterus
Helene de Troie
Andromeda 1950
鹿毛 イギリス
Stardust
1937 栗毛
Hyperion
Sister Stella
Neocracy
1944
Nearco
Harina F-No.22-a
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