スワーヴダンサー

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スワーヴダンサー
英字表記 Suave Dancer
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1988年
死没 1998年12月29日
Green Dancer
Suavite
母の父 Alleged
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産 Lillie F.Webb
馬主 アンリ・シャルー
調教師 ジョン・ハモンドフランス
競走成績
生涯成績 9戦5勝
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スワーヴダンサー (Suave Dancer) はアメリカ合衆国で生産され、フランスで調教を受けた競走馬および種牡馬ジョッケクルブ賞(フランスダービー)、凱旋門賞などに勝利した。スアーヴダンサーと表記されることもある。

デビュー前[編集]

当初はあまり評価の高い馬ではなく、1989年のキーンランドセールで僅か4万5千ドルという安値で取引されている。

戦歴[編集]

1990年11月のダゴア賞でデビューし3着。1991年4月に初勝利を挙げると続くグレフュール賞で初重賞制覇。リュパン賞2着を挟んでジョッケクルブ賞(フランスダービー)に出走し、後の凱旋門賞馬スボーティカに4馬身差をつけ快勝している。次走アイリッシュダービーではイギリスダービーを5馬身差で圧勝したジェネラスとの3歳頂上対決に注目が集まったが、ジェネラスに3馬身差をつけられての2着に敗れている。アイリッシュチャンピオンステークスに楽勝し臨んだ凱旋門賞では、アイリッシュダービーで敗れたジェネラスが8着に沈むのを尻目に2馬身差で快勝した。

この年のカルティエ賞最優秀3歳牡馬の選出はジェネラスとスワーヴダンサーとの間で難航したが、最終的にはスワーヴダンサーが選ばれている。

1992年は5月のガネー賞から始動したが3着に敗れ、レース後に故障が判明し引退した。

競走成績[編集]

引退後[編集]

引退後は種牡馬となったが、1998年にシャトル種牡馬として供用されていたオーストラリアで落雷にあい急死した。

主な産駒[編集]

血統表[編集]

スワーヴダンサー血統ニジンスキー系(ノーザンダンサー系) / Princequillo5×4=9.38%

Green Dancer
1972 鹿毛
Nijinsky II
1967 鹿毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Flaming Page Bull Page
Flaring Top
Green Valley
1967 黒鹿毛
Val de Loir Vieux Manoir
Vali
Sly Pola Spy Song
Ampola

Suavite
1981 鹿毛
Alleged
1974 鹿毛
Hoist the Flag Tom Rolfe
Wavy Navy
Princess Pout Prince John
Determined Lady
Guinevere's Folly
1976 鹿毛
Round Table Princequillo
Knight's Daughter
Lodge *ボールドラッド
Little Hut F-No.4-r

外部リンク[編集]