篠原ともえ

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篠原 ともえ
基本情報
出生名 篠原友恵
別名 しのら、シノラー、tomoe
出生 1979年3月29日(30歳)
血液型 AB
学歴 文化女子大学短期大学部
出身地 日本 東京都青梅市
ジャンル テクノ
ロック
エレクトロニカ
職業 歌手
女優
デザイナー
担当楽器 ギター
ベース
ハーモニカ
サンプラー
活動期間 1995年 -
レーベル Ki/oon Sony Records
(1994年 - 1998年)
DREAM MACHINE
(1999年 - 2001年)
ポニーキャニオン
(2005年)
事務所 Sony Music Stars
(1994年-1998年)
テイクイット・エージェンシー
(1999年-2006年)
クープ
(2006年 -2007年 )
テイクイット・エージェンシー
(2008年 -現在)
共同作業者 石野卓球
KinKi Kids
坂崎幸之助
所ジョージ
チボ・マット
松本英子
影響 石野卓球
チボ・マット
ビョーク
公式サイト Tomoe Shinohara Offichal Web Site
  

篠原 ともえ (しのはら ともえ、1979年3月29日 - )は、日本歌手タレント女優デザイナー音楽プロデューサー。1990年代末期に個性的なファッションと強烈なキャラクターで、「シノラー」ブームを巻き起こした。

目次

[編集] 略歴

東京都青梅市出身。出生地は東村山市の病院[1]。実家は寿司屋で、3人兄妹の末っ子で長女。幼少時は大人しい性格だったが、小学4年の時にバレエを始めたのを機に明るすぎる性格に変わる。中学1年の時に軽音楽部でバンドを始める(ギター担当)。中学2年頃からデザインに興味を持ち、服を自作するようになる。母親の影響で漠然と芸能人を目指すようになり、中学3年の夏休みにソニーの「ちょっとそこまでオーディション」を受けるが落選。しかし、審査員の一人に気に入られ、とりあえずSDグループに出入りするようになった。

1994年4月、東京都立八王子工業高等学校応用デザイン科に進学。しばらく宙ぶらりんの状態が続くが、同年秋、オーディションの時の担当に連れられてモダンチョキチョキズのライブを観に行った際に、ライブ終了後の楽屋でファン意識丸出しではじけまくっていたところを音楽関係者に注目される。まもなくキューン・ソニーの社長石井俊雄(当時)に引き渡され、所属事務所が決まる[1]

1995年春、キューン・ソニーの事務所で遊んでいたところをソニーのラジカセ「Dr.CHANGER」のCMの企画を持ってきたディレクターに見出され、女性ミュージシャンのプロデュースに興味を持っていた石野卓球[2]に引き渡される。同年7月1日に「篠原ともえ+石野卓球」名義のシングル「チャイム」でデビュー。

1996年春から夏にかけて、シングル「やる気センセーション」「クルクル ミラクル」のプロモーションで積極的に音楽番組に出演し、特異なキャラクターとして注目される。同年10月から音楽バラエティ番組『LOVE LOVEあいしてる』にレギュラー出演し、ゲストの楽屋襲撃コーナー「篠原ともえのプリプリプリティ!!」での機転の利いた傍若無人ぶり、無意味なハイテンションぶりで人気を得ると、数々のバラエティ番組でひっぱりだこになる。

1997年3月1日発表のシングル「ウルトラリラックス」を最後に石野卓球がプロデュースから手を引く[3]。同月に東京都立八王子工業高等学校応用デザイン科を卒業。本格的にファッションデザインを学ぶため戸板女子短期大学被服科に進学するが1年で中退、翌年に文化女子大学短期大学部服装学科へ入学し直している[4]

同年4~6月、ドラマ『FiVE』で初の連続ドラマ出演。同年8月には映画『デボラがライバル』で銀幕デビューも果たす。

1998年、前年からCMで共演していたユースケ・サンタマリアとのユニット「カロゴンズ」として2枚のシングルを発表。同年8月発表のアルバム『MEGAPHONE SPEAKS』からはセルフ・プロデュースのもと、作曲を始める。同年末に所属事務所を移籍。

1999年、DREAM MACHINEに移籍。女性ミュージシャン用レーベル「Vita Celeste」発足第一弾ミュージシャンとしてシングル「君んち。」を発表。東京都内(23区)の駅構内や列車内中吊りに非売品CDを組み込んだポスターを貼り出し、「ご自由にお持ち帰りください」という前代未聞のプロモーションを行う。同年3月29日、20歳の誕生日に日本武道館でライブ「篠原ともえお誕生日会 IN しのドーム」を行う。

2000年1月、自主レーベル「JAGGED APPLE」レーベルを設立し、芳野わかめをCDデビューさせると、同年5月にはレーベルと同じ名を冠したファッションブランド「JAGGED APPLE」を設立し、ファッションショー「しのコレ」を行う。同年10月に作詞・作曲・衣装デザインを手掛けたミュージカル「天使からの招待状」で初舞台を踏む。

2001年3月5日、アルバムのプロモーションで訪れた台湾で過労のため入院。取材に応じてもらえなかった一部の台湾のマスコミが「泥酔してホテルで大暴れ」と面白おかしく書きたて、日本のマスコミもそれに乗ったため、帰国後、マスコミへの釈明に追われることになった。台湾騒動の最中、3月12日に文化女子大学短期大学部服装学科を卒業。同月末にレギュラーの音楽バラエティ番組『Music Museum』『LOVE LOVEあいしてる』が相次いで終了(『LOVE LOVEあいしてる』終了は台湾の事件とは全く関係なく、2月末に公式ホームページ上で終了が告知されていた)するとバラエティ番組の一線から身を引いた。同年夏、新曲録音中にのどを痛めて音楽活動の一線からも身を引く。CMには出演を続けていた。

2002年、日本初のインターネット生中継でのレギュラープログラム 『Happy Store』でパーソナリティを務める。2003年、親友の松本英子とポップユニットZuTTOを結成、翌年に300円CDを発売し、話題になった。

2005年には以前から交際を公表していた中村獅童竹内結子の結婚が発表され、破局していた事実が明らかとなった。

2004年5月から子供番組『モンすたージオ』に出演し、低年齢のファン層を開拓。同年8月にはアストリッド・リンドグレーンの童話『長くつ下のピッピ』原作のミュージカル『長靴下のピッピ』に主演して好評を得るとともに主婦層のファンも開拓[5]。同年から再び音楽活動も精力的に行い、2005年にはチボ・マットの本田ゆか、chikage、スティーヴ・エトウとのアート・ユニットPANIKARAQS、2007年にはDJKAGAMIとのエレクトロポップユニットTokyo Flash!!!などさまざまなジャンルでの音楽活動を行っている。

[編集] 人物

[編集] シノラー

1996年夏から1999年にかけて、恥ずかしくて誰にも真似できないと思われていた篠原のファッションを模倣するティーンエイジャーの女性が数多く現れて、一種のファッションリーダー化。当時華盛りだった安室奈美恵のファッションの模倣者「アムラー」になぞらえた「シノラー」と呼ばれるファンを多く抱え、まもなくその名が篠原の愛称にも転じた。当時の公式サイトも「SHINORER'S CLUB」という名称で、1997年1月1日にはファンクラブ「SHINORER'S CLUB"ぽよよ~ん"」が設立されている(公式サイトは2002年に「シノハラトモエ ドットコム」に改名、2004年に再度改名し、現在の形態に定着。ファンクラブは2003年4月にクローズしている)。

シノラーの構成要素は、お団子頭で前髪パッツン、原色のかたまりのような服(初期はSUPER LOVERS)、ハーフパンツにサスペンダー、くしゃくしゃ靴下にごつい靴(初期はドクターマーチン)、変な化粧、100円ショップで売っている無意味にキラキラしているアクセサリー、おもちゃの腕輪と指輪、腕時計、縁日露店で売っている腕パッチン(篠原曰く「ミラクル・パッチン」)とカメレオン棒、おもちゃをいっぱいに詰め込んだポシェット、ゴーグル、そしてランドセル。以上の品をランダムに身に付ける。

トレードマークのお団子頭は、事務所に所属する前に「自分が一番伝わるスタイル」と自分で考え出したもの[1]で、前髪パッツンは切ると気合が入るから[6]。その他の髪型はヘアメイクによるもの。服装は初期はスタイリストの手によるもの[7]だったが、シノラーファッションが定着した後は自作の服に移行している。

篠原本人は、1997年12月に発表した初のバラード「ココロノウサギ」からランドセルを背負わなくなり、それ以降、曲調によって脱シノラー(客席にシノラー禁止令が出るほど)することが増え、デビュー当時のようなファッションをすることは徐々に少なくなっていった。その後、デビュー10周年を迎えた2005年の10月に改めてシノラー卒業宣言を行なっている。2008年1月9日には小学校時代から伸ばしていたロングヘアーを切り、シノラーのトレードマークのお団子頭をする事が不可能になった。

[編集] JAGGED APPLE

篠原プロデュースのインディーズ・レーベル、ファッション・ブランドの名称。「(地球に見立てた)りんごをかじる」が名前の由来。

インディーズ・レーベルとしてのJAGGED APPLEは1999年末、所属事務所の後輩(当時)の芳野わかめをプロデュースするために設立。2000年1月、シングル『2000★』を発表し、レーベルとしての活動は終了。同年10月、芳野わかめが企画物でメジャーデビューした際に、クレジットでJAGGED APPLEにスペシャルサンクスを贈っている。

ファッション・ブランドとしてのJAGGED APPLEは2000年5月、ファッションショー「しのコレ」を開く際に設立。その際に篠原がデザインした服は新宿のマルイザッカや自らの公式サイトで販売された。所属事務所移籍にともない現在は活動を中断している。

[編集] エピソード

  • 高校3年の時に、ある産業組合のポスターのコンテストで全国1位を獲り、表彰されている。しかし、応募者が7人[8]
  • 篠原が一時期よく使っていた「チェキー(Check it)」という言葉を番組プロデューサー水口昌彦が気に入り、企画していたアイドルグループの名前をチェキッ娘に決定。
  • 『LOVE LOVEあいしてる』のレギュラー企画の特別版「篠原ともえのプリプリプリティ!!! International」で、海外ミュージシャンとの交流が多数あり、その一部は単体の企画以上の成果を上げた。以下は一例。
    • フリオ・イグレシアス - 1997年に突撃。それがきっかけになり、彼の1999年のベストアルバム『マイ・ライフ』で「ジェガステ・ア・ミ・ヴィダ 晴れた空そんな日に」をデュエットすることになった。日本盤のみの収録。
    • エアロスミス - 1998年に突撃し、その際の映像が、彼らの1998年のシングル「FULL CIRCLE」のプロモーションビデオに使われている。一方、篠原は同企画直後に、スティーブン・タイラーとの出会いと別れをテーマにした「ハロー・スティーブン」(作詞:篠原ともえ/作曲:篠原ともえ、長谷川智樹)という楽曲を製作、スティーブン・タイラーからもらったブルースハープを全面にフィーチャーしている。
    • ショーン・レノン - 1998年に突撃し、むりやり意気投合。同年9月17日に、ショーンのライブに飛び入り参加して驚かれている。
  • 2005年頃、アニメ『こどものおもちゃ』がフランスでヒット。篠原が歌っていた後期OP曲「ウルトラリラックス」にも注目が集まり、クラブで頻繁にプレイされるなど話題になった。そのため、篠原は2005年11月、2006年3月・6月に渡仏、パリでライブを行なっている。
  • 乱杭歯(八重歯)が特徴だったが、矯正により歯並びは昔と変わっている。

[編集] 受賞歴

[編集] 音楽

初作詞は「忘れちゃうモン」(シングル「やる気センセーション」のカップリング)。初プロデュースはしのランドPUNKの「まるもうけ」。アルバム『MEGAPHONE SPEAKS』製作時、1997年9月に初めて機材(TASCAM PORTASTUDIO 414)を購入し、作曲を始めている、その後、1999年秋までにOMNICHORD、YAMAHA MD8、ローランド・MC-303などを購入。作曲の際は、鼻歌をサンプリングして少しずつ加工し、その音源をプロの編曲家、あるいはコラボレーションするミュージシャンに渡して補作曲・編曲してもらうというスタイルを取っている[9]

[編集] ディスコグラフィ

[編集] アルバム

[編集] シングル

  • チャイム (1995年7月1日) - 石野卓球+篠原ともえ
  • やる気センセーション (1996年3月21日)
  • クルクルミラクル (1996年8月1日)
  • ウルトラリラックス (1997年3月1日)
  • まるもうけ (1997年8月1日) - しのランドPUNK
  • ココロノウサギ (1997年12月8日)
  • カロゴンズのテーマ (1998年1月21日) - カロゴンズ
  • カロゴンズのラブソング (1998年5月21日) - カロゴンズ
  • 君んち。 (1999年2月24日)
  • HAPPY POINT (1999年10月14日)
  • an Audio (2000年5月24日)
  • I wanna say to... (2000年8月9日) - tomoe
  • キャラだもん (2001年1月24日) - 篠龍
  • 月灯り (2004年7月7日) - MOLMOTT+S
  • ★遊FEVER★ (2005年10月19日) - デビュー10周年記念シングル

[編集] ユニット

[編集] しのランドPUNK (1997年)

学生援護会 『an』のCMでのNOISE FACTORYのメンバー(ベーシストとキーボーディストとドラマー)との共演をきっかけに、NOISE FACTORYと結成したバンド。唯一のシングル「まるもうけ」は篠原にとって初となるセルフプロデュース作品。プロモーションビデオでは1分以上の寸劇が繰り広げられた。1997年10月から11月にかけて学園祭ツアーを行なうが、同年12月5日のNOISE FACTORYの解散ライブ (しのランドPUNKも出演)で共に解散した。なお、2006年のZuTTOのコンサートの際、元NOISE FACTORYのメンバー (キーボーディストとドラマー)がバックバンドを務めている。

[編集] カロゴンズ (1997-1998年)

所属事務所の先輩(当時)ユースケ・サンタマリア (ビンゴボンゴ時代から仲がよかった)とのユニット。トヨタ自動車カローラツーリングワゴン」のCMで、ノベルティ・ソング気味のCMオリジナルソングを歌ったところ、視聴者からの問い合わせが徐々に増えてCD発売の運びになった。プロモーションで数々の音楽番組に多数出演し、ユースケがバラエティ番組に進出するきっかけを作った。ユースケの大ブレイク後、篠原は「ユースケ・サンタマリアは私を踏み台にした」というネタを頻繁に使用している。CM期間終了に伴いユニット解消。なお、カロコンズのテーマのプロモーションビデオには、「しのランドPUNKの学園祭ツアー」の際に撮影した映像が使われている。

[編集] しのコーン (1997年-1998年)

フジテレビ系 『LOVE LOVEあいしてる』で手島いさむと共演したのをきっかけに結成したライブバンド。当初は手島とのユニット「しのてっしー」だったが、すぐにEBI (ベース)が加入。EBI、手島の元所属バンドユニコーンのコーンをとり、「しのコーン」という名前になった。1997年12月から1998年2月にかけてライブハウスツアー 『しのコーン』を行なったのちに解散。オリジナル曲はないが、ユニコーンの曲を多数カバーしている。手島はその後、篠原のバックバンド「TEAM DREAM&MACHINE」のバンマスを務めた。

[編集] ビートルーズ (1998年)

フジテレビ系 『LOVE LOVEあいしてる』内の企画「GO! GO! BAND KIDS」で結成したバンド。メンバーは堂本剛 (ギター)、堂本光一(ギター→ドラム)、篠原ともえ(ベース)、吉田拓郎(ドラム)。結成まもなく吉田拓郎が多忙を理由に脱退し、堂本光一が急遽ギターからドラムにコンバート。その際に「ドラムのビートがルーズ」というところからバンド名が決まった。

1998年7月18日、『27時間夢列島 生LOVE LOVEあいしてるスペシャル』内でオリジナル曲「The Night before your Birthday」(プロデュース:松任谷正隆)を披露して解散。その後、2001年3月31日、『LOVE LOVEあいしてる』の最終回「LOVE LOVE ALL STARSさよならコンサート」の際に再結成。堂本剛 (ギター)、篠原ともえ (ベース)、堂本光一・吉田拓郎 (ドラム)で同曲を披露し、その際に製作時の裏話なども明かされた。2005年12月、篠原が『新堂本兄弟』にゲスト出演した際にも同曲は披露されたが再結成という形は取っていない。

  • The Night before your Birthday (1998年)

番組内では「作詞・作曲:ビートルーズ」とクレジットされていたが、実際は「作詞:堂本剛/作曲:堂本光一」。未CD化。

[編集] ねずみがえし (1999年-2001年)

フジテレビ系 『LOVE LOVEあいしてる』内で生まれたガールポップユニット。堂本光一による命名。メンバーは篠原ともえ、下川みくにLOVE LOVE ALL STARS)、藤田陽子 (LOVE LOVE ALL STARS)。全員ボーカルのため、伴奏はLOVE LOVE ALL STARSに頼っている。

1999年秋に結成し、主に番組内の音楽コーナーの際に活動していたが、2000年7月31日chee'sのライブにゲスト参加。翌8月1日にLOVE LOVE ALL STARSを従えて、ライブ『ねずみがえしとLOVE LOVE ALL STARS Live 2000 「LOVE LOVE GIRL POP」』を行い、この際にオリジナル曲「LOVE LOVE GIRL POP」を披露している。同曲は同月8日のともえちゃんまつりにおいて、「篠原ともえ+下川みくに+chee's」の構成でも披露された。その後、当の『LOVE LOVEあいしてる』内で披露するタイミングを逃し活動休止状態になるが、2001年3月31日、『LOVE LOVEあいしてる』の最終回「LOVE LOVE ALL STARSさよならコンサート」の際に再び集結し、同曲を披露している。

  • LOVE LOVE GIRL POP (2000年)

作詞・作曲:篠原ともえ、未CD化。

[編集] 篠龍 (2001年)

アニマックスドッとKONIちゃん』のテーマソングの作曲の依頼を受けた宇崎竜童が、美空ひばりのトリビュート盤で共演した篠原にオファーを出したのがきっかけになって結成したユニット。同アニメのテーマソング「キャラだもん」をリリースし、音楽番組にも多数出演。篠原と宇崎のミスマッチさが話題になった。宇崎がかなり乗り気で新曲も作っていたが、そのレコーディング前に篠原が歌手活動を休業したためにユニットは立ち消えになった。

[編集] ZuTTO (2003年 - )

ともえちゃんまつりで共演して以降親友になった松本英子とのポップユニット。2004年1月28日ドリームミュージック内「ZuTTOレーベル」からシングル「明日に続く空」でデビュー。制作費を抑えて製作、300円というメジャー会社としては最小価格での販売や、卒業シーズンに合わせて小学生がクラス単位で購入する現象が起こるなどして話題になった。2006年にはシングル「恋につづく街」をライブ会場で限定販売、のちにダウンロード販売している。2007年には「フワフワの空」が映画『コーラスたい』の主題歌として起用され、ZuTTOの2人も特別出演した。

[編集] MOLMOTT+S (2004年)

MOLMOTTとのユニット(ゲスト・ヴォーカル)。MOLMOTTのインディース時代の曲のカバー「月灯り」をリリース。なお、MOLMOTTは2005年10月29日に活動停止を発表している。

[編集] PANIKARAQS (2005年)

篠原の発案で「音楽とダンスの融合」を目指して結成されたアート・ユニット。ユニット名はウルドゥー語で「水のバレエ」の意味。メンバーは篠原ともえ (ボーカル)、一時帰国中の本田ゆか (音楽監督)、スティーヴ・エトウ (パーカッション)、chikage (ダンス)。同年にライブを数回行なうものの、本田がニューヨークに戻り活動停止した[10]。ライブの一部は篠原ともえのYouTubeのチャンネルtomoeight channelで視聴できる。活動停止後まもなく、篠原ともえ (ボーカル、サンプラー)、スティーヴ・エトウ (パーカッション)、KenKen (ベース)という面子でセッションバンドを結成している。

[編集] Tokyo Flash!!! (2007年 - )

電気グルーヴのレコーディングで一緒になったり、シングル「★遊FEVER★」の編曲を手掛けてもらったりと交流のあったDJKAGAMIとのエレクトロポップユニット。ライブの一部は篠原ともえのYouTubeのチャンネルtomoeight channelで、楽曲の一部はMySpace内のTokyo Flash!!!のチャンネルhttp://www.myspace.com/tomoeshinoharaで視聴できる。

[編集] 楽曲提供・プロデュース

  • NHK週刊こどもニュース』 オープニングテーマ (1996年) - 作詞
  • ともえちゃんまつりテーマソング 「ともえちゃん音頭」 (1999年) - 作詞・作曲
  • 広末涼子 「大人にならないように」 (1999年) - 作曲
  • 高木ブー 「僕の大好きな場所」 (1999年) - 作詞
  • 大森玲子 「いつかどこかで」 (1999年) - 作詞
  • WAKAME YOSHINO シングル『2000★』 (2000年) - プロデュース
「2000★」 作曲、「TIP TOP PAL」「P.M DIARY」 - 作詞(WAKAMEとの共作)・作曲
「☆LUCKY STAR☆」 「DREAM SKY」 - 作詞(芳野との共作)・作曲
  • ミュージカル「天使からの招待状」 劇中音楽 (2000年) - 作詞・作曲
  • キッズステーションモンすたージオ』 番組内楽曲「ありえなぁ~い?!」「キッス☆キッス☆キッス(大好きKISS)」 (2004年) - 作詞・作曲
  • 鈴木亜美 「Stereo Love」 (2008年) - 作詞・作曲・編曲

[編集] コラボレーション

  • オムニバスアルバム 『ポイズンジャンキー』 (1997年3月31日)
アリラン明電 with T 「現代音楽 (明和電機メドレー)」
「DEEPER UNDER VTR」「たなボタ様」「坂崎くんは44歳」「京大卒の夢は何処へ」

   「めざせタイヤキIII」「篠原くんは変な化粧」「めざせタイヤキIV」

  • 松たか子 『アイノトビラ』 (1998年9月23日)
「on the way home」「恋するギョーザ」
「ジェガステ・ア・ミ・ヴィダ~晴れた空そんな日に」
「駅前のワシントン条約」「恋の唄」
  • トリビュートアルバム 『tribute to REBECCA DREAM DISCOVERY』 (1999年11月10日)
「76th STAR」 - SHINO-娘
「愛のクライネメロディー」
「恋の唄」「農家の唄」
  • トリビュートアルバム 『美空ひばりトリビュート』 (2000年7月20日)
「お祭りマンボ」
  • 千秋 『青い童話』 (2001年11月7日)
「青い童話」 - Miss ミラクル"T"
  • トリビュートアルバム 『トリビュート トゥ シェリルクロウ』 (2006年12月20日)
「SOAK UP THE SUN」
「少年ヤング(Album Mix)」

[編集] タイアップ/CM使用楽曲

[編集] ライブ

[編集] 主要ライブ

  • WILD SUMMER LIFE '96 (1996年9月1日)
渋谷CLUB QUATTROで行なわれたBINGO BONGOのライブにゲスト出演、初ステージ。
  • ULTRA RELAX DAY (1997年3月30日) - バックバンド:シノラーオールスターズ(LOVE LOVE ALL STARS)
ファーストライブ。
  • しのランドPUNK 学園祭ツアー (1997年10月-11月) - バンド:しのランドPUNK (篠原ともえ+NOISE FACTORY
  • ライブハウスツアー しのコーン (1997年12月-1998年2月) - バンド:しのコーン (篠原ともえ+手島いさむ+EBI
  • 学園祭ツアー'98 メガフォン・スピークス (1998年10月-11月)
  • 篠原ともえお誕生日会 IN しのドーム (1999年3月28日) - バックバンド:TEAM DREAM&MACHINE、LOVE LOVE ALL STARS
日本武道館で行なわれた「0円」ライブ。シングル「君んち。」に同封された入場応募券の指示(篠原への誕生日プレゼント持参)に従えば入場出来るというもの。
  • DREAM&MACHINE TOUR '99 (1999年5月-6月) - バックバンド:TEAM DREAM&MACHINE

[編集] ともえちゃんまつり

きくち組(2004年に音組に改称)の全面プロデュースで、1996年から、毎年8月8日(フジテレビの日)にフジテレビの夏の総合イベントの一環として行なわれているジョイント・コンサートの通称。名称は、本名の由来の一人である山口百恵が行なっていたイベント「百恵ちゃん祭り」のパロディと思われる。1999年からは篠原作詞・作曲の「ともえちゃん音頭」がテーマソングとして使われている。篠原は初回から出演。1996年は米米CLUB石井竜也とともに司会を務め、1997年、1999年はメインアクター。2000年以降はアシスタントを務めている。

  • 1996年 888スペシャル フジテレビまつり! お台場 LIVE CLAMPs
  • 1997年 お台場 Do Don'Pa! 篠原ともえとおともだち
  • 1998年 /
  • 1999年 篠原ともえと夏休み 1999 ともえちゃんまつり
  • 2000年 篠原ともえ.com 20世紀最後のともえちゃんまつり
  • 2001年 篠原ともえ.com 21世紀最初のともえちゃんまつり
  • 2002年 フォークデイズ夏まつり 第1回 ともえちゃんフォークジャンボリー
  • 2003年 フォークデイズ夏まつり 第2回 ともえちゃんフォークジャンボリー
  • 2004年 フォークデイズ夏まつり 第3回 ともえちゃんフォークジャンボリー
  • 2005年 フォークデイズ夏まつり 第4回 台場北口 ともえちゃんフォークゲリラ 坂崎幸之助商店
  • 2006年 フォークデイズ夏まつり 第5回 ともえちゃんフォークジャンボリー 坂崎幸之助商店
  • 2007年 フォークデイズ夏まつり 第6回 千秋ちゃん×ともえちゃんフォークジャンボリー 坂崎幸之助商店
  • 2008年 フォークデイズ夏まつり 第7回 ともえちゃんフォークジャンボリー 坂崎幸之助商店

[編集] デザイナー

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています
  • ファッションショー「しのコレ開催」(2000年)同時期に雑誌「装苑」に連載
  • ミュージカル「天使からの招待状」衣装担当(2000年)
  • 舞台「ありがとうサボテン先生」コーディネート、コスチュームデザイン(2002年)
  • 「リトルジェニー人形」の服3着デザイン(2002年)
  • 「和のキルト展」着物ドレス、キルト作品展示(2003年)
  • リカちゃん人形」の服デザイン(2003年)
  • パニカラックスT シャツデザイン(2005年)えんびT シャツ考案
  • 六本木「ピナサーカス」でデザインした服販売(2005年)
  • エコTシャツデザイン「しの個10」開催(2005年)
  • NHK-BS hi 「熱中時間」友禅ドレスデザイン(2005年)
  • ピッピT シャツデザイン(2006年)

[編集] 女優

[編集] 舞台出演

[編集] 映画出演

[編集] ドラマ出演

  • フジテレビ踊る大捜査線』 第6話「張り込み・彼女の愛と真実」・特別編 湾岸署事件ファイル (1997年) - 篠原ともえ役、湾岸署1日署長という設定
  • テレビ朝日 『川の見える病院から 幼い命を救いたい! 熱血先生とがんと闘う子どもたちの涙の記録』 (1997年) - 弘子役
  • 日本テレビFiVE』 (1997年) - コスギカヨ役
  • 日本テレビ 『新宿暴走救急隊』 第5話「恋する胃潰瘍! マダムパパの大変身!!」 - ゲスト
  • (秘)恋愛ドラマ Suite Rooms203号室「アレルギー」
  • TBS先生知らないの?』 (1998年) - 金沢愛子役
  • 日本テレビ 『夜逃げ屋本舗』 (1999年) - 深町小糸役
  • 日本テレビ 『今夜は営業中!』 (1999年)
  • 日本テレビ 『バーチャルガール』 (2000年) - 水野ハナ役
  • BS-i恋する日曜日』 第4・5話 「もう一度夜を止めて」 (2003年) - 宇佐見琴子役
  • BS-i 『恋する日曜日』 「僕の部屋から」 (2005年) - 白鳥清美役
  • TBS 『月曜ミステリー劇場』 「女タクシードライバーの事件簿」 (2005年)
  • BS-i 『スパイ道』 (2005年)
  • BS-i 『佐藤四姉妹』 (2005年) - 佐藤ともえ役
  • NHK総合 『風に舞い上がるビニールシート』(2009年5月30日~7月4日)- 白石恵利子役

[編集] CM出演

  • パナソニック 「MX2」 (1997年)
  • 学生援護会 「an」 (1997-1998年)
  • トヨタ自動車カローラツーリングワゴン」 (1997年-1998年) - カロゴンズ
  • 永谷園 「トッピー」「おとなふりかけ」「さまさまふりかけ」「減塩みそ汁」 (1997年-1999年) - トッピー初代イメージキャラクター
  • 資生堂 「リシェール キューティクルメイク」「フェルゼア」「キッチンきれい」 (1997年-1999年)
  • ローソン 「ローソンに行かなくちゃ」編 (1997年-1998年)
  • 不二ビューティ たかの友梨ビューティクリニック (1997年)
雑誌『広告批評』の2001年6月7日号、創刊250号記念の企画「日本のコマーシャルBEST100」で90位にランクイン。

[編集] 声優・ナレーション

[編集] テレビ (バラエティ)

[編集] ラジオ

[編集] 書籍

  • TOKYO FM出版 「ウルトラリラックス」 (1997年) - フォトエッセイ
  • マガジンハウス 「100%!!! SHINOHARA TOMOE」 (1999年) - フォトエッセイ
  • シンコーミュージック 「篠原ともえのハッピィトーク」 (2001年) - B・PASSの連載をまとめたもの。
  • 小学館 「おばあちゃんのおくりもの」 (2000年) - 絵本、翻訳

[編集] 関連項目

  • 坂井澄江 - 一時期「クルクル ミラクル」を入場テーマにしていた女子プロレスラー
  • HIROMIX

[編集] 参考文献

  • 月刊カドカワ 1997年2月号
  • TOKYO FM出版 「ULTRA RELAX a girl on the future」 (1997年)
  • アルバム 『MEGAPHONE SPEAKS』付属ブックレット「MEGAPHONE SPEAKS LIKE THIS」(1998年)
  • マガジンハウス 「100% SHINOHARA TOMOE!!!」 (1999年)

[編集] 注釈

  1. ^ a b c 「ULTRA RELAX a girl on the future」 篠原ともえのクルクル・バイオグラフィー
  2. ^ 「ULTRA RELAX a girl on the future」での篠原の証言によると他に2名候補がいたらしい。ちなみに卓球いわく、篠原を選んだ理由は「この子なら変な関係(男女の関係)になりそうもなかったから」と雑誌等で述べている。
  3. ^ 電気グルーヴでの活動が忙しくなり、中途半端なプロデュースになってしまうのを避けるため。
  4. ^ 戸板女子側が文化女子への転学を認めなかったため、文化女子の一般入学試験を受けた。
  5. ^ 同ミュージカルは2006年には『ピッピ』のタイトルで全国5ヵ所(東京、神奈川、愛知、大阪、福岡)を回っている。
  6. ^ 「100% SHINOHARA TOMOE!!!」 P.21
  7. ^ デビュー当初に、篠原のスタイリストがTHE BIG BAND!!MCDRAGON(当時SUPER LOVERSのスタッフ)に服を借りに来た話 LOVE LOVEあいしてる THE BIG BAND 出演回のトーク部分の書き起こし
  8. ^ TOKYO FM出版 「ウルトラリラックス」
  9. ^ 「100% SHINOHARA TOMOE!!!」 P.6-8
  10. ^ PANIKARAQSインタビュー

[編集] 外部リンク

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