第1次吉田内閣

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第1次吉田内閣
内閣総理大臣 第45代 吉田茂
成立年月日 1946年(昭和21年)5月22日
終了年月日 1947年(昭和22年)5月24日
与党・支持基盤 日本自由党日本進歩党
施行した選挙 第1回参議院議員通常選挙
第23回衆議院議員総選挙
衆議院解散 1947年(昭和22年)3月31日
新憲法解散
内閣閣僚名簿(首相官邸)
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第1次吉田内閣(だいいちじよしだないかく)は、外務大臣貴族院議員吉田茂が第45代内閣総理大臣に任命され、1946年(昭和21年)5月22日から1947年(昭和22年)5月24日まで続いた日本の内閣である。これが旧憲法下で天皇から組閣の大命を受けて発足した最後の内閣となった。

概要[編集]

昭和21年(1946年)4月10日に行われた戦後初の総選挙では、日本自由党が141議席を得て比較第一党となったが過半数の234には遠く及ばず、94議席を得た日本進歩党と93議席を得た日本社会党がキャスティングボートを握るかたちとなった。選挙後、総裁に迎えられるかたちで進歩党に入党した幣原喜重郎総理は当初これを基盤に政権居座りを模索したが、これには他党が一斉に猛反発したため幣原内閣は総辞職することになり、幣原は4月30日になって参内し自由党総裁の鳩山一郎を後継首班に奏請、鳩山はただちに組閣体制に入った。しかし5月4日になって突然GHQから政府に鳩山を公職追放する旨の指令が送付されると状況が一変。鳩山は元政友会の重鎮で鳩山と個人的に親しかった古島一雄を訪ねて後継総裁を依頼するが古島は高齢を理由にこれを固辞。そこで駐米大使や駐英大使を歴任し今は宮内大臣として宮中にあった松平恒雄に白羽の矢を立て、過去にも外務省OBの広田弘毅と幣原に総理を引き受けさせるに当たり説得に実績のあった吉田茂に松平の説得を依頼した。

総裁を引き受ける意思が松平にあることを吉田が鳩山に伝えると、数日後鳩山はその松平と直接会ってみたがまったく折があわず、鳩山はその足で外相公邸に吉田に訪ねて「あの殿様じゃ党内が収まらないから君にやってもらいたい」と総裁後継を持ちかけた。しかし吉田は驚き「俺につとまるわけがないし、もっと反対が出るだろう」とやはり相手にしなかった。しかし総選挙からすでに1か月以上が経っており、いつまでも総裁選びでゴタゴタしていたらGHQが自由党の政権担当能力に疑問を持ち始める不安があった。そこで元政友会幹事長の松野鶴平は毎晩のように吉田のもとに押し掛けて後継総裁を引き受けるよう吉田を説得、その結果吉田も結局折れて「1. 金作りは一切やらない、2. 閣僚の選考に一切の口出しは無用、3. 辞めたくなったらいつでも辞める」という勝手な3条件を書にしたためて鳩山に手渡すと、「君の追放が解けたらすぐにでも君に返すよ」と言って総裁就任を受諾した。

5月16日、幣原の奏請を受けて吉田は宮中に参内、昭和天皇から組閣の大命を拝した。吉田は自由党の幹部には何の連絡もせずに組閣本部を立ち上げほぼ独力で閣僚を選考、22日に再度参内して閣僚名簿を奉呈、自由党と幣原の進歩党との連立による第一次吉田内閣が発足した。

日本国憲法の施行、第二次農地改革などの重要課題を遂行するが、食料状況の深刻化、労働攻勢の激化により厳しい政権運営を迫られた。新憲法下で初となる昭和22年(1947年)4月20日の第23回衆議院議員総選挙及び4月25日の第1回参議院議員通常選挙で与党は善戦したが、日本社会党が比較第一党となったため、与党は連立を組み直してまで政権にすがるよりは下野する道を選び、ここに内閣は総辞職した。

閣僚[編集]

改造前[編集]

1946年5月22日 - 1947年1月31日

  • 内閣総理大臣
吉田茂日本自由党総務会長→総裁)
1946年5月22日 - 1947年1月31日
吉田茂(再任・兼任)
1946年5月22日 - 1947年1月31日
大村清一内務省官僚)
1946年5月22日 - 1947年1月31日
石橋湛山(民間・東洋経済新報社社長)
1946年5月22日 - 1947年1月31日
吉田茂(兼任)
1946年5月22日 - 6月15日
1946年6月15日、第一復員省を復員庁に統合
吉田茂(兼任)
1946年5月22日 - 6月15日
1946年6月15日、第二復員省を復員庁に統合
男爵幣原喜重郎貴族院日本進歩党
1946年6月15日 - 1947年1月31日
1946年5月22日 - 6月15日は国務大臣(無任所)、その後復員庁総裁兼任
木村篤太郎(官僚:司法省
1946年5月22日 - 1947年1月31日
田中耕太郎(民間・東京帝国大学法学部教授)
1946年5月22日 - 1947年1月31日
河合良成(貴族院同成会
1946年5月22日 - 1947年1月31日
和田博雄農林省官僚)
1946年5月22日 - 1947年1月31日
星島二郎(衆議院日本自由党)
1946年5月22日 - 1947年1月31日
平塚常次郎(衆議院日本自由党)
1946年5月22日 - 1947年1月31日
一松定吉(衆議院日本進歩党)
1946年7月1日 - 1947年1月31日
1946年7月1日、運輸省と内務省から部局を分離して新設
1946年5月22日 - 7月1日は国務大臣(無任所)兼任、以後は逓信大臣専任
膳桂之助(貴族院研究会
1946年8月12日 - 1947年1月31日
1946年8月12日、新設
1946年7月23日 - 8月12日は国務大臣(無任所)、以後は経済安定本部総務長官・物価庁長官兼任
膳桂之助(兼任)
1946年8月12日 - 1947年1月31日
1946年8月12日、新設
  • 行政調査部総裁・国務大臣
斎藤隆夫(衆議院日本進歩党)
1946年10月28日 - 1947年1月31日
1946年10月28日、新設
1946年5月22日 - 10月28日は国務大臣(無任所)、以後は行政調査部総裁兼任
  • 国務大臣(無任所)
植原悦二郎
1946年5月22日 - 1947年1月31日
  • 国務大臣(憲法担当)
金森徳次郎(貴族院同成会)
1946年6月19日 - 1947年1月31日
林譲治
1946年5月29日 - 1947年1月31日
入江俊郎(貴族院同和会
1946年5月22日 - 1947年1月31日
周東英雄
1946年6月14日 - 1947年1月31日

改造後[編集]

1947年1月31日 - 5月24日

  • 内閣総理内閣大臣
吉田茂(日本自由党総裁)
1947年1月31日 - 5月24日
吉田茂(兼任・留任)
1947年1月31日 - 5月24日
植原悦二郎(衆議院日本自由党)
1947年1月31日 - 5月24日
石橋湛山(留任・衆議院日本自由党)
1947年1月31日 - 5月24日
男爵幣原喜重郎(留任・貴族院日本進歩党
1947年1月31日 - 5月24日
新憲法施行にともない、1947年5月3日副総理兼任
木村篤太郎(留任・司法省官僚)
1947年1月31日 - 5月24日
高橋誠一郎(民間・慶應義塾塾長・経済学者)
1947年1月31日 - 5月24日
河合良成(留任・貴族院同成会)
1947年1月31日 - 5月22日
吉田茂(臨時代理)
1947年5月22日 - 5月24日
吉田茂(兼任)
1947年1月30日 - 2月15日
木村小左衛門(衆議院日本進歩党)
1947年2月15日 - 5月24日
石井光次郎(衆議院日本自由党)
1947年1月31日 - 5月24日
増田甲子七(官僚:内務省
1947年1月31日 - 5月24日
一松定吉(留任・衆議院日本進歩党)
1947年1月31日 - 5月24日
石橋湛山(兼任)
1947年1月30日 - 3月20日
高瀬荘太郎(東京商科大学教授・経済学者)
1947年3月20日 - 5月24日
国務大臣(無任所)兼任
石橋湛山(兼任)
1947年1月30日 - 3月20日
高瀬荘太郎(兼任)
1947年3月20日 - 5月24日
国務大臣(無任所)兼任
  • 行政調査部総裁・国務大臣
斎藤隆夫(衆議院日本進歩党)
1947年1月31日 - 5月24日
  • 国務大臣(無任所)
星島二郎(衆議院日本自由党)
1947年1月31日 - 5月24日
  • 国務大臣(無任所)
田中萬逸(衆議院日本進歩党)
1947年2月28日 - 5月24日
  • 国務大臣(憲法担当)
金森徳次郎(留任・貴族院同成会)
1947年1月31日 - 5月24日
林譲治
1947年1月31日 - 5月3日(内閣官房設置)
林譲治
1947年5月3日 - 5月24日
入江俊郎(貴族院同和会
1947年1月31日 - 5月24日
周東英雄
1947年1月31日 - 4月30日

政務次官[編集]

犬養健:前政権(1945年10月31日) - 1946年6月4日
益谷秀次:1946年6月4日 - 1947年3月4日
本田英作:1947年3月4日 - 1947年5月24日
  • 内務政務次官
川崎末五郎:前政権(1945年10月31日) - 1946年6月4日
大野伴睦:1946年6月4日 - 1946年6月22日
世耕弘一:1946年6月22日 - 1947年3月4日
林連:1947年3月4日 - 1947年5月24日
  • 大蔵政務次官
由谷義治:前政権(1945年10月31日) - 1946年6月4日
上塚司:1946年6月4日 - 1947年3月4日
北村徳太郎:1947年3月4日 - 1947年5月24日
  • 司法政務次官
古島義英:1946年6月4日 - 1947年3月4日
北浦圭太郎:1947年3月4日 - 1947年5月24日
  • 文部政務次官
長野長広:1946年6月4日 - 1947年3月4日
青木孝義:1947年3月4日 - 1947年5月24日
  • 農林政務次官
大石倫治:1946年6月4日 - 1947年3月4日
森幸太郎:1947年3月4日 - 1947年5月24日
  • 商工政務次官
小林錡:1946年6月4日 - 1947年3月4日
保利茂:1947年3月4日 - 1947年4月28日
  • 運輸政務次官
松田正一:1946年6月4日 - 1947年3月4日
逢沢寛:1947年3月4日 - 1947年5月24日
  • 厚生政務次官
服部岩吉:1946年6月4日 - 1947年3月4日
小笠原八十美:1947年3月4日 - 1947年5月24日
  • 逓信政務次官
中川重春:1946年7月1日 - 1947年5月24日

参与官[編集]

塩月学:1946年6月4日 - 1947年3月4日
原健三郎:1947年3月4日 - 1947年5月24日
  • 内務参与官
桂作蔵:1946年6月4日 - 1947年3月4日
水田三喜男:1947年3月4日 - 1947年5月24日
  • 大蔵参与官
柴田兵一郎:1946年6月4日 - 1947年3月4日
高橋英吉:1947年3月4日 - 1947年5月24日
  • 司法参与官
中村又一:1946年6月4日 - 1947年3月4日
吉田安:1947年3月4日 - 1947年5月24日
  • 文部参与官
花村四郎:1946年6月4日 - 1947年3月4日
川崎秀二:1947年3月4日 - 1947年5月24日
  • 農林参与官
鈴木強平:1946年6月4日 - 1947年3月4日
本間俊一:1947年3月4日 - 1947年5月24日
  • 商工参与官
小此木歌治:1946年6月4日 - 1947年3月4日
鈴木仙八:1947年3月4日 - 1947年5月24日
  • 運輸参与官
辻寛一:1946年6月4日 - 1947年3月4日
  • 厚生参与官
佐藤久雄:1946年6月4日 - 1947年3月4日
寺島隆太郎:1947年3月4日 - 1947年5月24日
  • 逓信参与官
山村新治郎:1946年7月1日 - 1947年3月4日
坪川信三:1947年3月4日 - 1947年5月23日

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。

外部リンク[編集]