城内実
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きうち みのる
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| 生年月日 | 1965年4月19日(44歳) |
| 出生地 | 横浜市 本籍地:静岡県浜松市 |
| 出身校 | 東京大学教養学部卒業 |
| 前職 | 国家公務員(外務省) |
| 現職 | 大学客員教授 |
| 称号 | 教養学士(東京大学) |
| 公式サイト | 城内 実(きうちみのる)オフィシャルサイト |
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| 選挙区 | 静岡県第7区 |
| 当選回数 | 1回 |
| 任期 | 2003年11月 - 2005年8月 |
| 退任理由 | 衆議院の解散 |
城内 実(きうち みのる、1965年4月19日 - )は、日本の政治家。拓殖大学日本文化研究所客員教授。
目次 |
[編集] 概要
ドイツからの帰国子女。開成高等学校を経て1989年に東京大学教養学部国際関係論分科を卒業後、外務省に入省。主としてドイツ畑を歩み、ドイツ語通訳官として首相や天皇の通訳官も務めた。2002年11月、欧州局西欧第一課首席事務官(筆頭課長補佐相当)を最後に退官。
2003年11月、第43回衆議院議員総選挙に静岡7区から無所属で出馬し、保守新党党首の熊谷弘を約4万票の大差で破って初当選を果たした。後に自民党入りし、人権擁護法案について同僚議員であった古川禎久・古屋圭司らとともに法案反対の論陣を張るなど保守的な言動で知られ、安倍晋三の側近として信頼を勝ち得ていた。
2005年の郵政民営化法案の採決で、安倍の再三の説得を振り切って反対票を投じたため、直後の第44回衆議院議員総選挙において公認を得られず、自民党公認候補である片山さつきと激戦を繰り広げ、748票の僅差で落選した。その後、党から離党勧告処分(事実上の除名)が出され、離党届が受理された。
落選後は浜松市内の通信制高等学校の道徳講師(非常勤)、2006年4月からは拓殖大学客員教授を務める。国家基本問題研究所理事兼企画委員。
[編集] 政治的主張
反米保守論者であり西郷隆盛、頭山満を「スケールの大きい国士」として尊敬する[1]アジア主義者である。
自らの立場を「真正保守主義」、「革新的な保守主義者」であるとして[2]、「最近の規制緩和路線、市場原理主義、株式至上主義の行き着くところはアメリカ型の格差社会である。格差が広がりつつあることは、現場の声を聞けば明らかである」[3]と小泉・竹中構造改革路線を厳しく批判し、月刊『現代』(2006年7月号)で平沼赳夫、関岡英之との鼎談「アメリカ崇拝政治を排し、保守を再生せよ」と語っている[4]。 無所属で自らの信念を貫く方針を表明している。また、平沼赳夫の強い支援を受けている。なお、平沼赳夫は日本会議国会議員懇談会会長だが、父親の城内康光は元警察庁長官で、日本会議代表委員である。
2008年6月の最高裁判所の判決を受けて12月に改正された国籍法について、「合法的な人身売買・児童売春が可能となり、本来日本国籍をもつべきでない者にも容易に国籍が付与される。」と厳しく批判した[5]。後日、この文章に反発した他のブログを紹介し、反論・揶揄する文章を載せている[6]。
南京虐殺、慰安婦問題などで同レベルの主張をするすぎやまこういちが城内の応援歌を作った。
[編集] 出演番組
- 報道ワイド日本(CS放送・日本文化チャンネル桜 月一回金曜日担当キャスター)
- 情報ライブ ミヤネ屋(読売テレビ)不定期

