高田馬場

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さかえ通り

高田馬場(たかだのばば・たかたのばば)は、東京都新宿区北部の町名である。高田馬場一丁目から四丁目までがある。

ただし、本来の高田馬場とは、現西早稲田三丁目にあった馬場の名で、江戸時代に「高田馬場の決闘」が戦われたのもその地である。地名としては、付近一帯(北の豊島区高田や西の中野区上高田に至る)を「高田」と呼んだ。

通称「馬場(ばば)」。

特徴[編集]

多くの大学専門学校予備校が集まっており、全国屈指の学生街を形成している。

JR山手線西武新宿線東京メトロ東西線高田馬場駅に乗り入れ、新宿駅池袋駅大手町駅へのアクセスも良好である。

他の学生街同様、飲食店は総じて低価格であり、近年では駅周辺から西早稲田方面にかけての一帯がラーメン激戦区として知られている。

また、在日ミャンマー人が多く住んでおり、「リトル・ヤンゴン」と呼ばれる日本最大のミャンマー人コミュニティを形成している。

例年10月中旬に「大高田馬場祭り」が行われ(2007年は開催中止)、サンバチームが招かれるなど、大勢の観客で賑わいを見せる。

2005年頃からは、秋葉原池袋と並んでクリエイターブームの発祥地となっている。

2004年頃、名物としてが取り上げられた。

範囲[編集]

狭義では高田馬場一丁目から四丁目を指すが、地域としては高田馬場駅から早稲田大学方向に通学する者やその学生街が形成されている影響、旧町域(諏訪町、戸塚町)が同じであったこと、史跡の高田馬場跡があることから、西早稲田一丁目から西早稲田三丁目までが含められ、さらに駅周辺の下落合一丁目、豊島区高田三丁目の新目白通り以南周辺までも含めることがある。

地名[編集]

穴八幡宮内の流鏑馬像

馬場の名の由来[編集]

1636年、徳川三代将軍家光により旗本達の馬術の訓練や流鏑馬などのための馬場が造営された。

一説に、この地が家康の六男で越後高田藩主だった松平忠輝の生母、高田殿(茶阿局)の遊覧地(景色のよい遠望を楽しむために庭園を開いた所)であったことから、高田の名をとって高田馬場としたとする。だが、それ以前に、この一帯が高台である地形から俗称として高田とも呼ばれていたため、その名を冠したとの説、その2つの由来が重なったためとの説もある。一説には、高田村[どこ?]の飛び地があったためとも言われている。

近隣には高田(豊島区)、上高田中野区)の地名が現存する。

地名化[編集]

馬場「高田馬場」は、現在の町「高田馬場」には含まれないので、直接的には、高田馬場駅周辺だから、という説明になる。

1910年、地元の鉄道駅設置の請願運動により山手線に駅が開業したが、鉄道院は駅の所在地名(地元要望案は上戸塚、諏訪森)を採用せず、駅から1km程離れた史跡の高田馬場(たかだのばば)を駅名に採用すると、後に開業する鉄道2線もこれに倣った。1975年住居表示実施に伴う町名変更の際、新宿区は駅周辺の町名をそれまでの諏訪町、戸塚町一~四丁目などから、駅名と同じ「高田馬場」(たかだのばば)に変更して一丁目~四丁目を割り振った。しかし、史跡の高田馬場跡は西早稲田三丁目となったため、町名と史跡の場所が一致しなくなった。

読み[編集]

史跡の高田馬場は慣習的に「たかたのばば」と呼ばれ、付近の通称地名もこのように呼ばれていたが、駅名等の浸透により「たかだのばば」が一般化してきている。ちなみに落語の演目『高田馬場(高田の馬場)』では「たかたのばば」、大手銀行支店名や郵便局名では、三菱東京UFJ銀行みずほ銀行が「たかたのばば」、三井住友銀行郵便局が「たかだのばば」の呼称を使用している。

住居表示実施に伴う町名の変遷[編集]

住居表示実施後
(1975年6月1日~)
住居表示実施前(各町名ともその一部)
淀橋区 牛込区
高田馬場一丁目 戸塚町二丁目、戸塚町三丁目、諏訪町
高田馬場二丁目 戸塚町二丁目、戸塚町三丁目
高田馬場三丁目 戸塚町三丁目、戸塚町四丁目、下落合二丁目、柏木五丁目
高田馬場四丁目 戸塚町三丁目、戸塚町四丁目
戸塚町一丁目(住居表示は未実施)
西早稲田一丁目 戸塚町一丁目
西早稲田二丁目 戸塚町一丁目、戸塚町二丁目、諏訪町 高田町(全部)、戸山町
西早稲田三丁目 戸塚町一丁目、戸塚町二丁目

歴史[編集]

広重「名所江戸百景」に描かれた高田馬場

「高田馬場流鏑馬(やぶさめ)畫図」を引用した江戸期の随筆「蘿月庵國書漫抄」には、射手の武士名や介添、弓指、的立、馬の種類などが記載されている。それによれば射手の名は一番「能勢河内守源頼忠」、二番「宮城越前守大江和忠」、三番「萩原主水正菅原雅忠」・・・などである[1]

史跡の「高田馬場跡」はかつての戸塚村の中、現在の新宿区西早稲田一丁目5の一部、および三丁目1~2、12~14番付近(地図)にあたり、広さは東西へ6町(約650m)、南北へ30余間(約55m)。横長の形状をしていた。

統計[編集]

当町域の人口は1万5020人(2010年8月1日現在、住民基本台帳による。新宿区調べ)。

沿革[編集]

隣接自治体・行政区[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

バス[編集]

道路[編集]

地形[編集]

主な建物・施設[編集]

以下の施設は、所在地としては高田馬場ではない。

物語への登場[編集]

手塚治虫の代表作『鉄腕アトム』の主人公・アトムが、2003年4月7日に高田馬場で誕生したという設定になっていること、手塚プロダクション本社が高田馬場にあることに因み、山手線高田馬場駅の発車ベルは鉄腕アトムの主題歌のメロディーとなっている(なお、手塚プロダクションのスタジオがある新座駅でもこのメロディーが採用されている)。 また、早稲田口を出たガード下に手塚キャラクター総出演の大きな絵が掲示されている。

柳美里の小説「山手線内回り」(2007年)の『JR高田馬場駅戸山口』の舞台になったことでも知られる。都営戸山ハイツや箱根山も本文に登場する。

脚注[編集]

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  1. ^ 尾崎雅嘉「蘿月庵國書漫抄」吉川弘文館(日本随筆大成 巻2)、1927年,417頁