安倍昭恵
| 安倍 昭恵 | |
|---|---|
| 生誕 | 1962年6月10日(49歳) |
| 職業 | 主婦、ラジオDJ |
| 配偶者 | 安倍晋三 |
| 公式サイト | |
| 安倍昭恵のスマイルトーク | |
安倍 昭恵(あべ あきえ、旧姓:松崎、1962年6月10日 - )は、衆議院議員安倍晋三(第90代内閣総理大臣)の夫人。ワイドショーや週刊誌などでは「アッキー」の愛称で呼ばれることもある。聖心女子専門学校卒。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] 生い立ち
父は森永製菓元社長の松崎昭雄[1]。1984年にグリコ・森永事件で森永製菓が標的になった時に、グリコを標的としていた時期において江崎勝久グリコ社長が犯人に誘拐されていたことから、森永製菓社長令嬢の昭恵にも警察の護衛がついた。当時晋三とデートして自宅に自家用車で送ってもらった際に、警察は当然その車のナンバーを調べ、その車が晋三の車と判明し、晋三と昭恵の交際が発覚した。
聖心女子学院初等科・中等科・高等科を経て、聖心女子専門学校へと進む[1]。卒業後は電通に入社、新聞雑誌局に配属。
[編集] 政治家の妻に
職場の上司の紹介で晋三と出会い、1987年6月に結婚。現在まで子宝に恵まれず、BBCのインタビューで不妊治療を試みたり、養子縁組も検討したとコメントした。
結婚後は東京にいることの多い晋三に替わって地元(山口4区=山口県下関市・長門市)を預かる役割を果たすことが多い。特に、晋三が政府・党の要職について以降は、総選挙期間中も党支援候補の応援のため地元にほとんど戻れない晋三に代わって選挙区内の遊説を行っている。また、かつて地元下関のコミュニティFM局「COME ON! FM」で、愛称でもある「アッキー」の名前でラジオパーソナリティを務めていたこともあった。担当番組の相方は東京プリン(元シャインズ)の伊藤洋介(森永製菓社員)。
[編集] ファーストレディー
前首相の小泉純一郎は独身だったため、晋三の首相就任により、5年5ヶ月ぶりに日本でファーストレディが復活した。安倍内閣発足時、昭恵は北海道洞爺湖サミット開催までは晋三が政権を維持できると予想していた[2]。
2006年10月8日の晋三の韓国・中国訪問でファーストレディとして実質的な外交デビューを果たし、その後も夫の外訪のさいには必ずと言っていい程毎回付き添った。中国訪問の際に北京入りした昭恵夫人は、友好の証しとして雍和宮の仏像を参拝。その後、友誼商店でチャイナドレスを新調して、全聚徳で北京ダックの宴会、政府要人と会談をしている。北京市月壇中学と中国身体障害者連合会を訪問し、北京市月壇中学では日本語の授業を聞いていた[3]。実は昭恵夫人は2006年5月に個人的に訪中していた[4]。
彼女の活動については「米国型のファーストレディを意識している」との分析もある[5]。メディアへの露出度が高い彼女は政府内でも期待がかけられ、彼女の活動を補助する「首相公邸連絡調整官」なるポストが設けられ、宮家邦彦(元外交官 立命館大学客員教授)が就任した。
晋三以外の候補者の選挙応援にもかかわるようになり、2007年1月28日に北九州市を訪れ、自公推薦候補の柴田高博の応援演説を行った。彼女にとって初めての応援演説であったが、北九州市の選挙戦の最終兵器としての起用だった(結局、柴田高博は落選した)[6]。第21回参議院議員通常選挙では精力的に活動し、21府県を訪れ遊説を行った。参議院選挙での遊説を振り返り、昭恵は「声援ばかりが聞こえてきて、逆風を本当に肌で感じることができなかった」[7]と述懐するが、自由民主党は大敗し参議院第一党の座を民主党に奪われた。
晋三の首相辞任の際は、体調が思わしくないことは3週間前から再三聞かされていたが、辞任会見を開くことまでは事前に知らされておらず、昭恵は友人からの携帯メールで初めて知ったという[8]。
[編集] 安倍政権以後
入院中の晋三に対し、昭恵は政治家引退を勧めたが、晋三に「いや、それは違う」と拒否された[9]。
首相を辞任した晋三について、昭恵は「楽な道を捨て、茨の道を選んだ」[2]と評しており、晋三が参議院議員選挙惨敗後すぐに辞職しなかったことで「KY」(=空気が読めない)と批判されたことについては「今でも納得できません」[2]と主張している。晋三が政権運営に失敗した理由については、「本人が政権運営の面で突っ走ったこと」[2]を「マスコミに書き立てられたことが、支持離れを起こした理由」[2]だと主張しており、マスコミの報道を批判している。
2008年、第169回国会の会期中、晋三と昭恵は私的なスキー旅行に出かけたため、マスコミから批判された[10]。昭恵は自身のブログでスキー旅行の模様を公開している[11]。なお、夫妻は旅行に出発する際、マスコミの取材を拒否している。
2008年4月10日、北京オリンピック開催に際し、チベットへの中国の人権弾圧に対する抗議活動が世界中で繰り広げられる中、ダライ・ラマ14世がインドから米国へ行く途中に日本へ立ち寄った。日本政府はダライ・ラマを敵視している中国に配慮し、「政府として接触する予定はない」としていたが、昭恵がダライ・ラマとの面会することとなった。日本全体が人権問題を軽視しているわけではないことを国際社会に示す意図があったとされる[12][13]。
[編集] 人物
[編集] ブログ
首相に就任した夫・晋三を側面から支援するため、2006年12月に自身の公式ブログ「安倍昭恵のスマイルトーク」を開設。夫のベトナム訪問に同行した際に訪れた日本人学校の児童から帰国後に手紙を受け取ったことについての報告や、世界平和について自身の考えを述べるなどした。一部のメディアによれば、夕刊紙やインターネット掲示板では「アグネス・チャンの自宅に招かれて夕食をした[2]」、「毎年飾りを変えているクリスマスツリーに、今年はローラ・ブッシュにもらった飾りを付けた[3]」など、私生活の内容について「『勝ち組』の生活だ」「夫婦そろって世の中の空気が読めていない」との批判がなされた[15][16]。
[編集] 家族 親族
- 曽祖父 森永太一郎(実業家・森永製菓創業者・初代社長)、松崎半三郎(実業家・森永製菓第2代社長)
- 祖父 森永太平(実業家・森永製菓第3代社長)
- 父 松崎昭雄(実業家・森永製菓第5代社長)
- 夫 安倍晋三(政治家・元首相)
- 大叔父 池部良(俳優)
[編集] 系譜
- 松崎氏
森永太一郎━━森永太平━┳森永剛太 ┃ ┗恵美子 ┃ ┣━━━━昭恵 ┃ ┃ 松崎半三郎━━松崎一雄━━松崎昭雄 ┃ ┃ 安倍晋三
[編集] 脚注
- ^ a b オフイス・マツナガ2006年5月30日ポスト小泉レース 次のファーストレデイはだれだ!
- ^ a b c d e 安倍昭恵「初めて明かす『安倍辞任』の真相」『週刊新潮』53巻1号、新潮社、2008年1月3・10日、32頁。
- ^ [1]
- ^ 昭恵夫人は京劇役者の呉汝俊のファンだったのを知った王毅駐日大使が2004年に呉の舞台に招待して紹介し、それ以来夫婦で交際していた。
- ^ 読売ウィークリー2006年11月12日、p26、27『安倍短命説の予想を覆す?立役者は「アッキー夫人」』。法政大学の稲増龍夫教授による。
- ^
- J-CASTニュース2007年1月29日付 選挙応援でアッキー節炸裂 「会ったことないが、すばらしい人」
- 日刊ゲンダイ2007年1月25日付 自民・地方選挙 昭恵夫人頼み
- ^ 安倍昭恵「初めて明かす『安倍辞任』の真相」『週刊新潮』53巻1号、新潮社、2008年1月3・10日、29頁。
- ^ 安倍昭恵「初めて明かす『安倍辞任』の真相」『週刊新潮』53巻1号、新潮社、2008年1月3・10日、28頁。
- ^ 安倍昭恵「初めて明かす『安倍辞任』の真相」『週刊新潮』53巻1号、新潮社、2008年1月3・10日、30頁。
- ^ 「安倍晋三前首相が国会そっちのけでスキー三昧って――KY健在」『週刊現代』50巻9号、講談社、2008年3月8日。
- ^ 安倍昭恵「雪」『安倍昭恵のスマイルトーク』、2008年2月4日。
- ^ 産経新聞 2008年4月10日
- ^ “安倍前首相アッキー夫人 ダライ・ラマと面会の不思議”. ジェイ・キャスト. (2008年4月10日) 2009年12月5日閲覧。
- ^ 人民網日文版2006年9月21日付安倍総裁の素顔は? まめな兄貴、妻は元DJ
- ^ 北海道新聞2007年1月15日付“昭恵夫人ブログに「優雅な暮らし」 「空気読めない夫婦」と批判も”[リンク切れ]
- ^ 日刊スポーツ2006年12月30日付 “アッキーブログに批判「空気読めない」”[リンク切れ]
[編集] 参考文献
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
|
|
|