小島嵩弘

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小島 嵩弘(こじま たかひろ、1964年5月23日 - )本名、小島貴幸(たかゆき)は日本の歌手俳優演出家である。東京都出身(浅草生まれ)。血液型はO型アメイジング所属。千葉県香取郡多古町『多古米親善大使』(2006年10月 任命)。


目次

[編集] 概要

明治大学文学部文学科卒業。

大学在学中に演劇学を学び、1984年劇団隔世遺伝」を旗揚げ。劇団の俳優としてはもちろん演出などもこなす。

1991年5月、以前よりジョン・レノンからの影響で行っていた音楽活動にも拍車がかかり、ファンハウスよりKOZIMAのボーカルとしてデビュー。1993年7月までの短い活動期間ではあったが、数多くの作品を世に送り出した。

レノンの他ビリー・ジョエル松山千春を尊敬しているという。

1994年5月、ソロ活動で再スタートし、バンド結成前から温めてきたオリジナル曲を歌い始める。家族経営事務所「株式会社小島艶」と、オフィシャルファンクラブ「はさませて」を設立し、1996年1月には東芝EMIとメジャー契約を交わす。

同年8月7日、ソロになって初のシングル「太陽に抱かれている」を発表。続いて9月26日に初のソロアルバム「Song-O-Coo」を発表した。 アルバムに収録された曲の中でも、「風をきって」は、当時ラジオパーソナリティを担当していた静岡放送(SBS)ラジオの『ラジカルモンスター』火曜日の中高生リスナー等から大きな支持を得た。リスナー参加型の番組内では、下ネタも飛び出す小島トークを繰り広げる一方で、リスナーからの相談にはメッセージや生演奏で答え、自殺を救う一幕もあった。番組終了が決まって行われた「打ち上げライブ」には、多くのファンが駆けつけた。

また、TVではテレビ東京系の『ザ・BINGOスター』にMCアシスタントとして出演。共演者でもあり、旧知のヒロミの推薦であった。

1年半後、K-MIX(FM静岡)に、ゲスト出演&フルバンドライブ。リスナーへのライブ招待に、定員を遥かに超える応募が殺到し、FMラジオ界初となる、県教育委員会提供番組「風を切って」(1999年4月~2000年4月)を担当。当時社会問題となった「いじめ」などの相談に熱く答えた。

その後も首都圏を中心に活動を続け、現在bayfmの「I'm Alive!」などのレギュラー番組を担当し、リスナーからの支持を得ている。また、そのようなラジオの影響もあり、数多くの賞を受賞している。

それと同じ頃、新たな自由な音楽性を求め、東芝EMIとの契約を解消。その後、新星堂の首都圏の店頭にてインストアライブを行い、多くの新曲・未発表曲を歌いながら営業活動を行う。

2001年2月3日、長き沈黙を破り、自社レーベルよりミニアルバム「風のfizz」を発表。同表題曲はファンケル化粧品CMソングに起用される。

現在、毎年夏に行われるPGAシニアツアー・ファンケルクラシックのテーマソングに「愛しき人」が使用されている。

2006年2月に、末川かおりとの入籍を発表。41歳での結婚となった。2006年2月18日の「I'm Alive!」では、小島嵩弘がリスナーと長年応援してきたファンに心境を激白した。

2006年7月19日、ラジオパーソナリティ吉田照美とのユニットであるYK型のファーストシングル「卍固めでTurn The Night」をリリース。

2006年10月、千葉県香取郡多古町の『多古米親善大使』に任命。

2007年12月1日、アルバム「ONE」をリリース。

2008年千葉県立山武農業高等学校千葉県立白里高等学校が統合し、新たに創立する千葉県立大網高等学校の校歌を制作する。 在校生の取材や番組から送られてきた卒業生、地域住民などからの意見を聞きながら作られ、2月にbayfm本社のスタジオにて小島の指導の下、有志生徒と職員による合唱がCDに収録された。[1] また制作の様子は同年3月6日NHKゆうどきネットワークで放送され、制作秘話や完成した校歌は「I'm Alive!」でも放送された。

ちなみにこの校歌の着信メロディーは、bayfmの携帯サイトにて無料でダウンロードできる。

2009年4月18日にアルバム「太陽も花も影も」をリリース。

2009年12月16日、YK型のファーストミニアルバム「サイケデリック・スキャンダル」をリリース。

2011年11月3日、YK型のミニアルバム「哀しみのStripper」をリリース。

[編集] ラジオパーソナリティとしての特徴

飾らぬトークで、ティーンズにも親近感が湧くおちゃらけた話法が特徴的であるが、全てのリスナー、ファンからの投稿に目を通し、リスナーの悩みなど心の叫びの投書・投稿には瞬く間に反応し、局の便箋などで個人的に返事を書くなど、普段、オンエアなど表では見られない一面もある。

リスナー参加型の番組づくりが中心で、『ラジカルモンスター』ではリスナー親子同士をクイズ対決させるなど、リスナーの年齢幅を広くする工夫がされていた。リスナーが電話出演した際の最後には中高年に対しても「パンツの色を言ってからメッセージをどうぞ!」など、時間帯問わずスケベな発言が今でもたまにある。なおブラジャーのことをプロテクターと言う。POWER BAY MORNINGの時報明けには「奥さん、おはよ。今日もカワイイよ、チュッ!」とラジオ越しにキスをしている。これは日によって異なり、2012年1月24日の放送ではリスナーが送った奥さん劇場と題されたシナリオに沿って、逆にキスをされたこともあった。


[編集] エピソード

FM-FUJIのラジオ番組POWER-Zzzの第1回放送は、針の莚に座らされている状態であった。と言うのは、前週までの同曜日番組は、当時ラジオDJとして人気に火が付き始めた赤坂泰彦FMナイトストリート~パジャマプレスであった。東京近郊で赤坂のパジャマプレスを聞けたのはFM-FUJIだけだったので、前週に赤坂ファン数百人がFM-FUJI旧局舎に集結し、番組継続を求める陳情騒ぎまで起きていた。POWER-Zzz第1回放送の冒頭に、前番組への敬意を表し、かつ自分の番組が始まった事への理解を求める異例のトークから始まった。そのPOWER-ZzzではDJとしての才能を遺憾なく発揮し、一年後にはFM雑誌FM STATIONのDJ人気投票で、キー局以外で初めて第1位となったが、リスナーの組織票だったと言う説もでた。その翌年は、組織票を排除した選定方式となったが見事2年連続1位となり、前年の1位が組織票によらないものだと言う証明にもなった。POWER-Zzz最終回当日は、前番組の最終日と同様にFM-FUJI旧局舎の駐車場に多数のファンが集結し、番組終了を惜む事となった。


[編集] 芸名について

本名は貴幸であるが仕事上では嵩弘を名乗っている。これはKOZIMAでバンドデビューする前に、占い師に「貴幸の(漢字の)画数は、人と上手くやれない大凶の数だ」と教えられ、たまたま印鑑を作りに行った際に、嵩弘と店主に名付けてもらったものである。[2]


[編集] ディスコグラフィ

[編集] シングル

リリース タイトル レーベル
1st 1996年8月7日 太陽に抱かれている EMIミュージック・ジャパン


[編集] アルバム

リリース タイトル レーベル
1st 1996年9月26日 Song-O-coo EMIミュージック・ジャパン
2nd 2001年2月3日 風のfizz アメイジング
3rd 2007年12月1日 ONE アメイジング
4th 2009年4月18日 太陽も花も影も アメイジング

[編集] 現在担当しているラジオ番組


[編集] 過去の出演番組

[編集] テレビ


[編集] ラジオ


[編集] 関連アーティスト


[編集] 脚注

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  1. ^ http://saas01.netcommons.net/oami/htdocs/index.php?page_id=49 大網高校 学校案内
  2. ^ I'm Alive!2011年9月17日放送回より
  3. ^ I'm Alive!2011年9月17日放送回より
  4. ^ I'm Alive!2011年9月17日放送回より
  5. ^ I'm Alive!2011年9月17日放送回より
  6. ^ I'm Alive!2011年9月17日放送回より
  7. ^ I'm Alive!2011年9月17日放送回より
  8. ^ I'm Alive!2011年9月17日放送回より
  9. ^ I'm Alive!2011年9月17日放送回より
  10. ^ I'm Alive!2011年9月17日放送回より
  11. ^ I'm Alive!2011年9月17日放送回より


[編集] 外部リンク

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