松岡昌宏

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松岡昌宏
基本情報
出生名 松岡昌宏
別名 MABO
出生 1977年1月11日(37歳)
出身地 日本の旗 日本, 北海道札幌市西区
血液型 A型
学歴 堀越高等学校
ジャンル J-POP
職業 ミュージシャン
俳優
タレント
担当楽器 ドラムス
活動期間 1990年 -
レーベル Sony Records
1994年 - 2000年
ユニバーサルJ
2001年 - 2008年
ジェイ・ストーム
2008年 - )
事務所 ジャニーズ事務所
共同作業者 TOKIO

松岡 昌宏(まつおか まさひろ、1977年1月11日 - )は、日本ドラマー俳優タレントであり、バンド形態のアイドルグループ・TOKIOのメンバーである。ドラム担当。愛称は、MABOまーくん松兄[1]

北海道札幌市西区出身。小学5年生からは、横浜市で育つ。ジャニーズ事務所所属。所属レコード会社はジェイ・ストーム。身長181cm。

参加ユニット[編集]

概要[編集]

小学5年生時に横浜市緑区に転居。中学校入学時に保土ヶ谷区へ転居。堀越高等学校卒業。堀越高校ではゆってぃと同級生であったことを『HEY!HEY!HEY!』で明かした。当初、松岡は「ゆってぃの顔」を知らず、後輩から「松岡さん、ゆってぃと言う同級生居ましたか?」と聞かれ、「いねーよ」と答えたとの事。その後、ゆってぃをテレビで見て、「藤堂じゃん」と言ったと同番組で語っている。

光GENJIに憧れ、8人目のメンバーになれる、と思い込み、オーディションを受けた。TOKIO結成前はSMAP学園に参加、SMAPのバックダンサーを務めていた。1990年愛してるよ!先生TBS)でドラマデビュー。

同年、平家派メンバーだった城島茂がリーダーを務めるバンド「TOKIO」の結成にドラマーとして参加。城島と山口が組んでいた「TOKIO BAND」が行ったドラムのオーディションに参加したことがキッカケ。当時はドラムを叩けなかったが「僕ドラムすごい叩けるんですよ」と猛アピールした。その後、3人ほど絞られた候補の中から松岡が選ばれてTOKIO BANDに加入している。[2] 1994年9月21日に『LOVE YOU ONLY』でCDデビューを果たす。ちなみに松岡にドラム指導を行ったのは、元ポルノグラフィティのサポートドラマー織畠英司である。松岡自身は「ドラムの師匠」をそうる透としており、またLUNA SEA真矢とも交流がある。作詞・作曲は「MABO」名義で行っている。

俳優活動も活発であり、テレビドラマを中心に活躍している。演技力は共演者からも評価されており、『助教授一色麗子』で共演した香川照之が、香川の実母である浜木綿子に松岡を紹介。浜主演の「おふくろシリーズ」に、自閉症児役、聴覚障害を持つ少年役で二度出演している[3]。後に、松岡は香川を「恩人」と呼んでいる。また、時代劇への出演も多く、『必殺仕事人2007』では、監督に「過去の必殺出演者の中で一番か二番に動ける」と評されている。また最近では、主演だけでなく、助演での出演もこなしている。

冠番組内や他の番組にゲスト出演する際、メンバーの話題をすることが多い(特にリーダーである城島茂)。

2004年にはゴジラシリーズ50周年記念作品『ゴジラ FINAL WARS』で映画初主演。グローマンズ・チャイニーズ・シアターでのワールドプレミアにも出席し、ハリウッドレッドカーペットを踏むという快挙を成し遂げた。また、ゴジラハリウッド・ウォーク・オブ・フェームにも参加したほか、舞台挨拶では英語でスピーチを行った。[4]

必殺仕事人2009』内で生まれたユニットThe SHIGOTONINではTVの歌番組で久しぶりにダンスを披露した。

2011年には高校生レストランの主演を含め、日本テレビ土曜9時枠での主演回数が過去最多となった。

メンバー唯一のA型。(他の4人は全員O型

特技は、スキューバダイビング、水泳、料理。一人っ子。両親は離婚している。

趣味・嗜好[編集]

ルパン三世と元読売ジャイアンツ内野手・中畑清の大ファン。また、角淳一[5]スイス出身のフィギュアスケート選手ステファン・ランビエール[6]のファンを公言している。そのほか、最初に会った芸能人として芳村真理の名前を挙げており、松岡の普段のトークでは、芳村の名前が出てくることが多い。

幼い時から紫が好きで、クレヨンの中で紫色だけ減りが早かったほど。初めて作詞・作曲した曲も「Purple Rouge」である。

自身が生まれる前のTV情報に非常に詳しい。昭和歌謡に精通し、熱心な時代劇マニアでもある。

料理を得意とし小学生の頃から自身と母親の弁当を毎朝作っていた。「ザ!鉄腕!DASH!!」や愛のエプロンで、その腕前を披露している。また、ジャニーズの合宿所時代にはメンバー等にアイデア料理を振舞っており、デビュー以降も都内でライブが行われる際には、毎回前日から徹夜で仕込んだお手製カレーを楽屋に持ち込み、メンバーに振舞っている。その他、モツ煮込みを作っていた時期もあった。また、こういった点から食にまつわる役を演じることも多い。しかし最近では料理を楽屋には持ってきてはいないようである(2013年現在)。

サウナ通いを好む[7]。体調管理として行ってきたが、2012年4月17日に都内のサウナ施設で脱水症状を起こし病院に緊急搬送され、当日に行われた舞台『灰色のカナリア』の製作発表を欠席した[7]。その際、サウナに偶然居合わせた吉川晃司に介抱された[7]

使用しているドラムセット[編集]

現在[編集]

  • TAMA(スタークラシック)

  ※ライヴではオーダーメイドで製作したと思われるシェルが紫のドラムセットを使用している。

過去[編集]

  • Pearl(デビュー当時)
  • YAMAHAAMBITIOUS JAPAN!発売時)
  • ちなみに使用しているスティックについては不明である。

出演[編集]

単独出演のみ。TOKIOも参照。

映画[編集]

劇場版アニメ[編集]

ラジオ[編集]

テレビドラマ[編集]

バラエティ[編集]

アニメ[編集]

時期限定特番[編集]

CM[編集]

舞台[編集]

ゲーム[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 特になど親しい後輩やドラマで共演したダチョウ倶楽部上島竜兵から呼ばれている
  2. ^ 2000年4月29日放送『城島茂のTOKIO CLUB』より
  3. ^ 「おふくろシリーズ」で、メインとなる息子役を二度やったのは、松岡が初めて。初回の評判が良く、浜自身も再度の共演を希望した。
  4. ^ 『ゴジラ FINAL WARS』DVDスペシャルエディション特典ディスクより
  5. ^ ちちんぷいぷい毎日放送)出演時。
  6. ^ 2007年世界フィギュアスケート選手権出演時。
  7. ^ a b c “TOKIO松岡「サウナやめません」”. デイリースポーツ. (2012年6月9日). http://www.daily.co.jp/gossip/article/2012/06/09/0005121618.shtml 2012年6月10日閲覧。