山岡士郎

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山岡 士郎(やまおか しろう)は、雁屋哲原作、花咲アキラ作画の漫画作品及びそれを原作とするアニメ、テレビドラマ、映画『美味しんぼ』に登場する架空の人物。

概要[編集]

本作の主人公で、東西新聞社文化部記者。実は、画家で陶芸家で稀代の美食家、また美食倶楽部を主宰する海原雄山の一人息子である。豆腐と水の味を判断する試験に合格したため、同じく合格した栗田ゆう子とともに東西新聞社創立百周年記念事業「究極のメニュー」担当者に抜擢された。以後その食に対する知識や能力により、数々の問題を解決していく。
初登場時は27歳で、後の話では「30過ぎ」と表現されている(「30過ぎたらみんなオヤジだ」と言う理由でオヤジ狩りに遭った)。
のちに栗田ゆう子と結婚、息子・陽士(ようじ)、娘・遊美(ゆみ)の二卵性双生児、さらに娘・遊璃(ゆり)3児の父となった。

人物像[編集]

前述のとおり東西新聞社に勤めているが、1巻第1話で同僚の花村典子から「文化部の厄介者」「社内でも変わり者扱い」と評された。また21巻『カジキの真価』での二木まり子の山岡評「わが社始まって以来のグータラ社員」「遅刻欠勤の多さは会社一」「出勤しても居眠りばかり」が表している通り、勤労意欲に乏しく、普段は明らかにダメ人間とわかる。だが同時にまり子に、「野放図で鈍にみえるくらい社会の枠組みから外れた自由な精神の持ち主で、それでいて物事の一番大事な根っこの部分をつかんでいる人間」とも評された。また栗田ゆう子から「食べ物のことになると突然クソまじめになる」と言われた(8巻『スープと麺』)。当初年内に発表予定だった「究極のメニュー」を何年も引き延ばしたとして、社主から給料ドロボーとののしられている。
初期の士郎は無精ヒゲが生えていて、チンピラ風だった。どちらかといえば一匹狼であり、職場でも異彩を放っていて他人を寄せ付けない雰囲気を持っていたが、徐々に険が取れグータラの部分が強調され、性格もやわらかいものになっている。性格の変化はゆう子の存在が関係しているように見える描写もあるが、過去の回想シーンでは「やわらかい性格」の士郎をそのまま若くした姿になっている。
高校時代はただ飯研究会に所属。「三流」の東全大学に何度も浪人して入学、大学時代は冒険探検部に籍を置いていたが、活動には参加せずコンパのみ参加、金を払わず酒だけ飲んでいた(8巻「スープと麺」)。
中学に入ってから士郎は雄山に料理を徹底的に叩き込まれたため、専門職顔負けの料理の腕と知識を持っている。
海原雄山から才能を受け継ぎ、食ばかりでなく陶芸を含めた芸術に対する知識や感覚も鋭いものを持っていることが作品の随所に描かれている。頑固な一面もあり、毒舌な発言をするところなども父親に似ている[1]。過去の確執(後述)から、雄山への敵対心も含んだ対抗意識が非常に強い。
正義感が強く、権力に一切こびることがない。そのため理不尽と思ったら立場など所かまわず相手に食ってかかりたびたびトラブルを起こす。その割には喧嘩に非常に弱いし、文化部女性陣や大原社主などいつも手荒くされ、ぼろぼろになっている。
独身時代は金銭感覚が乏しく、競馬などギャンブルを好み、借金だらけで会社にまで取り立てに押しかけられていた。後にそうした面は見られなくなった。
また酒好きで二日酔いが頻繁だったが、結婚後は少なくなり、子供が生まれてからは完全に無くなっている。
会社員としての能力は不明(しかし各エピソードで必要な場合彼が語る食にまつわる薀蓄は常に専門家顔負けである)。一介の平社員でありながら大原社主に対しても「へい、おはようさん」といった挨拶をしても咎められず、大企業の社長や著名な文化人、果ては副総理との直接のコネクションを持つ。かつこれらに軽口を叩くことを相手に許容されていることからコミュニケーション能力は高いと考えられる。それゆえに相手にお構いなしにしたり顔で相手をからかったりすることもあるが、度が過ぎると本気で相手の逆鱗に触れることもある。(第78巻『副部長、受難・・・』)
恋愛事や女性に対する感覚が非常に鈍いのはゆう子との結婚に至る顛末でもわかる。結婚までの間、二木まり子など士郎に恋愛感情を抱いた女性が数人出てきたが、全くと言って良いほど関係は発展しなかった。 ゆう子からは当初「鈍い」だったが、後に「鈍感男」と言われ、果ては「世界一の鈍感男」と表現されていた。他の登場人物の恋愛問題も当然士郎は気付かないが、状況を確認するとたいていゆう子から「山岡さんはいいの」や「おだまり」、「関係ない」と一言で言いきられてしまう。それを示すように、おマチ婆ちゃんや大学の先輩、大原社主から女性にもてない旨の発言が聞かれる。しかしその割に、ゆう子とは別の女性(友達の妹など)との怪しい関係もちらほら見られたり、「女子大生をまいらせる手なら任せなさい」(19巻『韓国風お好み焼き』)など、プレイボーイ的描写も見られる。
結婚観については、当初雄山との関係が影を落としていて、雄山と母親が不幸な関係だと思いこんでいたから結婚はしないと頑なだったが、思いを寄せていた栗田ゆう子らの粘り強い行動で、自分自身は新しい家庭像を描くとし、ゆう子と結婚する決心をした。結婚した現在でもお互いを名字に「さん」付けで呼んで(TVアニメではゆう子に対しては「栗田くん」と呼んでいた)おり、下の名前を呼び合ったことはわずかである。
東京都中央区月島に夫婦親子5人で在住。結婚前は、どこにあるか記述はないが雑居ビル「グランドビル」屋上のペントハウスに住んでいた。ここには業務用さながらの厨房器具一式が備えられ、手入れが行き届いていた専門店顔負けの調理器具が揃えられていた。しかし、プライベートの部屋は乱雑そのものだった。
出社時は常に喪服と類似する黒のスーツ・黒のネクタイで、初期はサスペンダーを着用しており、ネクタイもかなり緩めである。初期は休日の海釣りや山歩きにまで黒のスーツ・黒のネクタイで来ていた。その事でゆう子に「同じ服ばっかり」とからかわれた事もある。現在はプライベートでは私服である。
連載中期からは眉毛が極太になっている。これは父の雄山も同様。

海原雄山との関係[編集]

雄山が自らの芸術のために母を犠牲にしたことで死に追いやったと思い込み、雄山とは長く絶縁状態だった。雄山と母親の関係は誤解だと周りがいくら説得しても頑として受け入れず、士郎の「10代は親父の美食の犠牲になった」という言葉、「おふくろを殺したのはあの海原(雄山)だ!」という捨て台詞から雄山を憎んでいた気持ちがはっきりとわかる(1巻『ダシの秘密』、47巻『病の秘密』など)。後に真相は異なることが判明するものの、小学館ビッグコミックスピリッツ』(2008年5月12日発売号)及び102巻『究極と至高の行方』まで和解には至らなかった。それは、士郎が長年抱き続けた雄山に対する敵愾心と亡き母親への憐憫の情によるコンプレックスから心に傷を負っていることにより、和解できなかったと伺い知ることができる(18巻『焙じ茶の心』、44巻『心の傷』他)。またゆう子や谷村部長など周囲の特に親しい人間は雄山と士郎の間にいくつもの共通点をみており、それが二人の和解が今まで難しかった原因であることを見抜いていた。
高校のころから唐山陶人の家で過ごすことが多く、大学時代は別のところで下宿していた。母の死去後に海原家を飛び出す際(原作では大学生の時、ドラマ版では高校生の時)海原雄山の絵画や陶器を全て破り捨て、破壊している。被害総額は数千万円から数億円とされる。ただし、雄山が幼少時の士郎のために作った食器類は別の所に保管され、全て無事であった。
名字の「山岡」は母の旧姓であり、通称ではなく戸籍上もそうだと思われる。どのような法手続を経て改姓したかは不明であるが、母方の親戚筋の養子となっていた可能性がある(父方の親類の話は一度も話題に出た事が無いが、9巻「新妻の手料理」で母方の親類に叔父がいると話している)。なお、「氏の変更届」は、家庭裁判所の許可が必要なので相当な理由がなければ受理されない。士郎の場合、雄山との確執であるため、受理されない可能性が高い。またゆう子との結婚前、ゆう子の両親に「海原雄山とは縁を切っていて、法的にも無関係である」旨の発言をしているが現実には実の血縁関係にある親子が法的に縁を切る方法は特別養子縁組以外に存在しない(この特別養子縁組は基本的に家庭裁判所の判断を要する)。これは作中の士郎と雄山の思い込みの可能性があり、戸籍上の養子縁組に出された扱いとして士郎が美食倶楽部などの相続権を有していると思しき描写もある(中川チヨがその旨を指摘している)。
初期の雄山との対決では士郎が勝つことも多かったが、雄山の過去や性格・態度における改善が見られるにつれて次第に勝てなくなり、「究極VS至高」の対決では雄山に勝ちを譲ってもらうか審査員の贔屓目がないと勝てないようになってしまった。しかし、雄山が時折独り言などで士郎を認める発言もしている。テレビドラマ「新・美味しんぼ3」ではスカウトした料理人の協力によって勝利している。
76巻『雄山の危機』で、士郎が僅かに「おやじ…」と雄山を呼ぶ声で回復に至った他、82巻『家庭のおやつ自慢大会』の時に周囲に気づかないくらい、さらっと「親父」と言っていたこともあった。
少年時代の士郎は雄山に叩き込まれた美食倶楽部で真面目に仕事をしており、進藤にも士郎が一番熱心だったと言わしめるほどで、雄山も士郎に対して何でも教えてくれた。ただし2回同じ事を聞くと殴られた様である。そのため、士郎は殴られないように教えられたことを何冊ものノートに書き留めており、保管してあったノートが再度見直されることもあった。
美食倶楽部には11巻『魚の醍醐味』まで足を踏み入れる場面が無かったが、次第に姿を現す回数が増えていき、中川夫妻を訪ねたり、雄山の代わりに料理の指揮を執るまでになった(76巻『雄山の危機』他)。
中川夫妻を初めとする美食倶楽部の調理人、従業員からは今も「士郎様」「若」と慕われており、それらの人々は雄山との断絶後に入った者も含めて、士郎が雄山と和解し、美食倶楽部に戻ってくる日を心待ちにしている。

趣味[編集]

登場当初は競馬好きだった。出社してからも競馬場に行くほどのめりこんでいたが、雄山との料理対決に完膚なきまでに敗北してからは一切止めた(5巻『もてなしの心』)。それでも競馬中継をテレビで見るシーンがある。18巻『生肉勝負!!前編』『続、生肉勝負』にあるように一時期解禁していたが、それ以降馬券を購入することは再び止め、競馬番組だけは現在も見ている。
音楽は ジャズが好き。 オーディオマニアとしての描写も見られ、レコードプレーヤーのカートリッジにこだわるほどの、重度のマニアぶりを披露する。
コンピュータにも興味があり、インターネットが普及する前からニフティサーブでの情報収集を提案していた。熱狂的なMacintosh派でウィンドウズをはじめとするマイクロソフトOSは毛嫌いし、「MS-DOSではなくSM-DOSだ」と非難している。
好きな作家は水上勉で、太宰治三島由紀夫は大嫌い。自動車は国産車を好み[2]、外車には否定的。
運動はあまり得意ではないが、ラグビーチームに入っている他、 サッカーも観戦を好む。野球は東西新聞社の野球部に所属してプレーしている。一回目の試合では背番号8でエラーとデッドボール、二回目の試合では背番号51で三振という記録がある。なお、以前はサーフィンを嫌っていたが、挑戦した時に見事ボードの上に立つことが出来てからは見方を変えた様である。

食の嗜好[編集]

食の好みに関しては日本食が主だが、中華料理も好む。食材について好き嫌いは殆ど無いが、幼少時は卵と牛肉が食べられなかった。これは士郎の嗅覚が生まれつき鋭敏だったことによるが、雄山の調理法により克服した(68巻『父と子』より)。ラーメンは「カン水うま味調味料の臭いがする(実際はうま味調味料は無臭である)」、吟醸酒は「吟醸香が苦手になった」との理由で、あまり好きではない(作者自身が、これらが苦手になった事実を反映させたもの。キャラである士郎は、嫌いというほどではない)。
調理法にも一家言をもっており、以前は冷やし中華を「あんなものに中華の名を使ってほしくない」と言う程嫌いだったが、雄山が冷やし中華を罵倒した際には冷やし中華の肩を持ち、最後は雄山に冷やし中華を料理と認めさせることに成功する。
酒は日本酒ウイスキーワイン焼酎など何でも飲む(吟醸酒以外)が、ビールに関しては麦芽ホップのみのもの、きちんとした製法で作ったオールモルトビール(特にヱビスビール)しか飲まず、米やトウモロコシなどのデンプン系の副原料を一部使用したピルスナー系のビール、ドライビール発泡酒リキュール(発泡性)・その他の醸造酒の類は「舌の上にピラミッドどころか電柱すら立たない」と全く飲む気もしない。日本酒も酒類審議会や大メーカーが適当に級種ラベルを貼っているだけの得体の知れないニセ酒は飲まない。
食に関しての考え方は突然宗旨替えをすることがある。多くはその理由を明らかにせず、従来からその考えだったかのような言動をとる。これも吟醸酒と同様に作者の心境が影響した可能性がある。また作中で結局元の主張に立ち返っている事もあり、ご都合主義的な設定変更の可能性もある。以下、その実例を示す。
  • カレー粉の香り付けに関して「使う半分だけ炒めれば炒めたことで引き出される香りと損なわれる香りの両方が楽しめる」(12巻『日本風カレー』より)と主張していたが、24巻「カレー勝負』では「炒めることで香りを引き出す」との料理人の主張に驚愕するなど、この発言自体をしていない前提で話が進む[3]
  • コメの輸入自由化問題については当初反対の立場だった(16巻『飯の友』より)が、36巻『日米コメ戦争』ではかつての自身の主張をそのまま論じる輸入反対論者に対しあからさまに困惑の表情を見せたり、国産米の残留農薬問題から一部肯定している。ただし、完全肯定ではない。
  • サラダへのドレッシングは「何もかけない方が美味い」(5巻『サラダと美容』)と主張したが、34巻『サラダ勝負』の冒頭では、一転してドレッシングを肯定した。ただし作中の究極対至高の対決でサラダについて探求した結果、最低限の味付けが良いと移行し、前の主張に近いものへと回帰した。

演じた声優・俳優[編集]

アニメでの声優は井上和彦。テレビドラマの演者は唐沢寿明、新章は松岡昌宏。映画版の役者は佐藤浩市

脚注[編集]

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  1. ^ 唐山陶人が「あの海原雄山という男どうしようもないわからず屋で、強情っぱりで、根性まがりで、うぬぼれが強くて、おまえ(士郎)にそっくりじゃな!!」と言ったこともある(第8巻『飲茶』より)。
  2. ^ 特にレトロな車を好む節があり、ホンダ・1300クーペSを見かけた際は咄嗟にタクシーを降り駆け寄った程(88巻『情熱!のお弁当論』)。
  3. ^ 市販のカレー粉は、原材料となる香辛料を炒めてあるため、これをさらに炒めたほうが良いかどうかは、各人で異論がある。なお、自分で香辛料を調合してカレー粉を自作する場合は、当然ながら炒めるべきである。