アイスリボン

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アイスリボンは日本の女子プロレス団体である。有限会社ネオプラス・アイスリボン事業部が運営する。

道場兼常設試合会場の
レッスル武闘館
アイスリボンのリングマット
中心選手である藤本つかさ

目次

概要 [編集]

2006年我闘姑娘選手代表であったさくらえみmixi発のプロレスプロジェクトとして立ち上げた。さくらがこのプロジェクトを始めた後、そこで結成された「アイスリボン軍」がひとつの団体として独立したのが「アイスリボン」である。なお、団体代表はネオプラスの事業部移管と同時に同社社長の佐藤肇に交代した。

2012年1月にさくらが退団すると、マッチメイクなどの業務は元NEO女子プロレス社長でアイスリボン旗揚げにも尽力した甲田哲也を経て、佐藤代表へと引き継がれた。退団発表前よりコーチを某男子レスラーが引き受けている。かつてはフリーランス時代の高橋奈苗がコーチを引き受けていた時期もあった。

興行形態 [編集]

初期には通常のプロレスのリングを使用せず、低反発マットの上で試合を行っていた。手軽に行える反面、ロープやコーナーポストの存在を前提とする攻撃方法が使用できないため、特に上位の選手には柔軟かつ大胆な発想(いわゆる「プロレス頭」)が求められる。当初はウレタンマットを用いていたが、後に薄いユニエバーの青いマットに切り替えられた。また、コーナーポストの代用品として、赤と青のテープがそれぞれ貼られた脚立が使われる。そのメリットとして、次のことが挙げられる。

  • 持ち運びが容易である
  • 予算削減
  • 観客との距離が近くなる

後に通常より一回り小さいリングが常設された道場兼会場を作ったため、マットでの試合はリングが設営できそうもない場所での出張興行(おでかけプロレス)で使用する程度となる。なお、さくらが退団後にタイで旗揚げした我闘雲舞が日本での一部興行を除き同様の形態で行っている。

道場兼会場完成後は原則として隔週(さくら時代は毎週)水曜と毎週土曜にアイスリボン道場で開催される他、1~2ヶ月に1回程度の頻度で後楽園ホール新木場1stRINGなど外部の会場にてビッグマッチを開いている。また年に数回、「おでかけプロレス」も開催する。そのため、年間100大会以上にも上る。これは巡業形態を採らない団体では大阪プロレスに次いで多い。2010年まで北沢タウンホールおよび板橋グリーンホールでの興行はNEOとの昼夜興行として開催されていた。首都圏以外では大阪・名古屋・札幌・仙台・長野でも開催実績がある。地方興行の中にはアイスリボン単独での開催の他、親会社ネオプラスが参画する大日本プロレス(BJW)や、大阪プロレスなどの地元インディー団体との昼夜興行となる場合もある。不定期で他団体との合同興行や試合提供を行うこともある。

自主興行は通常写真・動画の撮影は一切禁止となっている(道場マッチや板橋では紙テープの投げ入れも禁止)。これについては肖像権の問題もあるが、「カメラを持ってると拍手ができないため」とさくらがコメントしている[1]。ただし、「シャッターリボン」と呼ばれる写真撮影が認められる大会(動画は禁止)も月1回行われている。さくら退団後の新生アイスリボンでも継続され、我闘雲舞でも同様の措置が採られている。

興行の模様は1、2大会ごとにDVD化され、それをネオプラスが販売している。

選手育成 [編集]

所属選手は旗揚げから一貫して元我闘姑娘あるいは所属としてデビュー(再デビュー含む)した選手のみで構成されている。

団体が開講しているプロレスサークルなどでトレーニングを重ねた後、練習生としてエキシビションを行いやがてデビューに至る。このエキシビションを公開プロテストと見る向きもあるが、藤本つかさ成宮真希のようにエキシビションなしでデビューした選手も存在する。

旗揚げ当初は我闘姑娘の流れから、小学生や中学生がデビューもしくは我闘姑娘から移籍してきたが、2009年の段階で小学生レスラーはアイスリボン生え抜きのりほのみとなり、以降は他団体と同様、15歳以上の選手がデビューするようになる。2010年1月より、久しぶりの小学生レスラーの卵であるつくし(同年4月に中学進学)とくるみ(2012年4月に中学進学)が練習生として加わった。

それ以外にも門戸を広げ、グラビアアイドル・女優や総合格闘家として活動する選手や主婦・OL兼業の選手もおり、バラエティ豊かな構成となっている。また、多くの団体が若手育成に苦戦する中、独自の選手育成システムを構築することで、選手の定着率を上げている。ただし所属のまま長期休業しているレスラーも多い。

リングネームはタレント出身者を除きほとんどはさくらが独断で命名しており、特にしもうま和美以降は地名を使った命名が目立つようになっている。ちなみに地名の付かない選手は「正統派」であるとされる(2011年3月18日の19時女子プロレスにてコメント)。

マッチメイク [編集]

道場での試合終了後は必ず座談会が行われ、各選手のマイクパフォーマンスが聞ける。その内容と、試合後に観客に配布されるアンケートに記載される意見が次回大会のカード編成に繋がっている。ストーリー性やテーマに富んだカードが多い半面、他団体に比べ各大会のカード発表が著しく遅いという傾向も見られる。

団体内に典型的なヒールレスラーはおらず(かつて腹黒キャラの都宮ちい(現・ミクロ)がいた程度)、年齢とキャリアが比例しないため世代間抗争も余り見られない。2010年9月23日の後楽園大会で、同じ2006年に旗揚げされた団体・センダイガールズとの団体対抗戦で全敗したのがきっかけで仙女との団体間抗争に発展したが、2011年12月25日の後楽園大会でさくらえみ・つくし組がインターナショナル・リボンタッグ王座を懸けて里村明衣子仙台幸子に勝利したことで一応の終結となった(2008年から始まった仙女との関係は抗争終結後も継続中)。

さくら時代にはトーナメント戦の開催はあれどリーグ戦は一切行わなかった(JWPのリーグ公式戦を興行内で組んだことはあった)。しかし、新生アイスでは2013年に成宮真希が負傷のため返上したICE×60王座を懸け、団体初のリーグ戦を開催した。

参戦選手 [編集]

特色の1つとして、フリーランスやインディー団体(主にDDT系列やKAIENTAI-DOJO・BJW、過去にはZERO1も)などの男子レスラーの参戦が他団体より多いことが挙げられ、「アイスリボン男子部」と呼ばれる(さくらがデビューした団体が男女混合だったことも影響している。一時男子部は「プロレスリングワラビー」として独立していた)。しかし、新生アイスでは男子選手の参戦は減少しており、現在は後楽園大会を始めとするビッグマッチや特別な大会のみにほぼ限定されている。

選手層がまだ薄かった初期にはNEOやJWPなどの他団体、フリーランスの女子選手も頻繁に参戦していたが、NEO解散や所属選手の増加などもあり減少傾向にある。水曜日の道場マッチでは学生・兼業レスラーの参加が難しいため、男女を問わずゲスト選手が頻繁に参戦する。外国人選手は他団体が招いた選手が適宜参戦していたが、2011年にイギリスのプロレスリングEVEとの対抗戦を機にエイプリル・デイヴィッズが来日し、初の直接招聘となった。最近では、REINAが招いた外国人選手の参戦が目立つようになった。

他団体交流 [編集]

JWP
前述の通り初期から相互に参戦。特に道場開設後はJWPでデビューした若手選手の参戦も目立っている。2012年7月にはJWPとの合同興行も横浜で開催されている。
センダイガールズ
旗揚げ当初は交流は無かったが、2008年に同団体が主催した若手主体のトーナメント「じゃじゃ馬トーナメント」にアイスリボンから1名がエントリーされたのを機に交流が始まった。2010年9月には対抗戦も行われ、里村明衣子代表とさくらとの運営方針の違いを巡り、団体抗争に発展。タッグベルトも一時期流出している。抗争終結後も仙台出身の藤本つかさを中心に交流は続いている。
OZアカデミー
それまでは選手の自主興行に招聘される程度だったが、2012年12月に志田光アジャ・コングと行動を共にする様になった事により本格的に相互参戦が始まった。
WAVE
いわゆる「大人の事情」で関係は断っていたが、フリーとして参戦していた植松寿絵のWAVE入団(現在は選手引退して専任コーチ)がきっかけとなり2012年に入るとアイス選手の参戦が本格化。藤本つかさに至っては大畠美咲と組んでタッグベルトも獲得している。また、同年9月後楽園では対抗戦も決行した。
スターダム
鎖国」を敷いている為、他団体交流には消極的だったが、2012年12月後楽園にフリー時代にアイスに参戦していた高橋奈苗らが参戦。翌2013年1月には逆に藤本つかさが参戦を果たしている。生え抜きでは別ブランド「Teens」ではあるが岩谷麻優須佐えりが参戦経験あり。また、リング外では世羅りさと翔月なつみ(床田菜摘)が同じ劇団「水色革命」に所属する。
ディアナ
旗揚げ当初は関係を断っていたが、2012年以降に星ハム子堀田祐美子率いる堀田暴走軍に加入し、アイス後楽園大会で一騎打ちも行っている。2013年1月の横浜赤レンガ大会にはSareeeも参戦し、アイスが制作に関わる映画「太陽からプランチャ」にも出演。
WNCSMASH
さくらとTAJIRIがかつて同僚だった関係もあり、SMASH時代には相互参戦が行われていた。特に真琴はアイス所属時代から常連参戦しており、後に移籍が実現した。
SMASH解散後に旗揚げされたWNCでは旗揚げ戦に紫雷美央の代役としてりほが参戦して真琴とタッグを組んだ。志田光も選手の自主興行に参戦。
DDTユニオンプロレス
男子インディー団体では最も古くから交流のある団体で、ミックスドマッチも頻繁に組まれている。
大日本プロレスFREEDOMS
別ブランドなどへの提供マッチが行われていたが、2008年の「金村事件」の影響で撤退。加えてDDTとは逆にミックスドマッチに消極的な登坂栄児社長(当時統括部長)の方針から、その後の相互参戦もグレート小鹿会長(りほとチームを組んだ)や"黒天使"沼澤邪鬼松本都絡み)といった限定的なものにとどまる。しかし、興行面では、BJW主催の夜興行の前にBJWのリングを借用して頻繁に昼興行を行う事がある(2012年7月15日札幌テイセン山川竜司引退興行など)。またFREEDOMSからも佐々木貴代表・葛西純らが参戦し、ハードコアマッチ(流血は無し)も行われている。GENTAROは選手としてのみならず脳梗塞で倒れるまでリングアナウンサーも引き受けた。
ZERO1
日高郁人がアイスの選手を指導した経験があり、アメリカ遠征前の2010年2月に壮行試合を組んだことがある。一方でさくらもその日高の地元である島根のZERO1興行に参戦している。また、大谷晋二郎代表はアイスへの参戦こそないものの19時女子プロレスの特番に出演した。

派生団体・別ブランド [編集]

19時女子プロレス
2010年6月に開始されたインターネット動画配信番組。詳細は19時女子プロレス参照。
Teens
2011年から開始された10代選手が中心たる新ブランド。休止期間を挟みおよそ月1回行われていたが、代表のみなみ飛香が無期限休業のため活動休止。
崖のふちプロレス
2011年に退団した元所属選手の松本都が旗揚げした。ただし、アイスリボン及びネオプラスは関わっていない。詳細は崖のふちプロレスを参照。
プロレスリングワラビー
アイスリボン男子部が独立して旗揚げされたが、現在は矢野啓太に権利が譲渡されている。詳細はプロフェッショナルレスリング・ワラビーを参照。
コラソン女子プロレス
植田朝日率いるコラソン・ジャパンとの共同事業として2013年より本格始動するプロジェクト。団体代表に元KAIENTAI-DOJOコミッショナー味方冬樹、コーチに元ビッグマウス・ラウド村上和成が就任。
信州ガールズプロレスリング
信州プロレスリングエンターテイメントとの共同事業として2013年に旗揚げされる地域密着型団体。詳細は信州ガールズプロレスリングを参照。

沿革 [編集]

2006年 [編集]

2007年 [編集]

2008年 [編集]

  • 1月、伊藤道場から市井舞が参戦したことで、我闘姑娘時代の所属選手とは一応の関係改善となった(さくらえみ代表の我闘姑娘時代の所属選手とは、関係を絶っていた)。
  • 3月8日南千住荒川区汐入公園南千住駅周辺)で「おでかけプロレス」を開催。
  • 3月14日、大日本で発生した、他団体選手の強制猥褻事件の影響で、横浜プロレスから撤退。同時にテレ玉版「大日大戦」のコーナーも打ち切りとなった。
  • 3月16日しもうま和美が勤務する福祉施設(三軒茶屋)のイベントに参加。翌2009年以降も参加。
  • 4月20日、牧場みのりがセンダイガールズプロレスリング主催「第1回じゃじゃ馬トーナメント」に出場。センダイガールズ進出(ただし個人参戦のみ)。
  • 7月、テレビ埼玉の番組の企画と、映画「スリーカウント」(監督窪田将治)制作のため、出演者を練習に参加させ、NEOの井上京子やさくらえみらも自ら出演。映画制作に取り掛かる。
  • 8月、体制を変更し、通常のプロレスのリングを使用したときもアイスリボンの名称で月一回開催。これを機に大会ナンバーもリセット。9月から千本桜ホールでの興行を再開し、市ヶ谷アイスボックスと併用する形となる。
  • 9月、栃木から都宮ちいが上京。わずか1か月の練習期間でデビューする。
  • 10月、ICE×60王座を新設。初代王者決定トーナメントを11月・12月にかけて開催。初代王者は聖菜。

2009年 [編集]

2010年 [編集]

2011年 [編集]

  • 1月4日、新木場1stRINGにて「新春リボン」を開催(観衆285人)。
  • 1月9日666「第11回YOUNGプロレス わっしょい」に試合提供。
  • 1月10日ガッツワールドVol.45に試合提供。
  • 1月15日、志田光率いる「1・2・3・志ー団!!」(昭和生まれ選手のうちマッスルビーナス+宮城もち)と真琴率いる「平成YTR」(飯田美花含む平成生まれ選手)の世代間抗争が本格的に始まる。しかし「カードが組みにくい」ことを理由に一か月程度で終了。
  • 1月30日、キックボクシング「J-GIRLS」に試合提供。
  • 2月6日、選手会興行として第2回名古屋大会「名古屋リボン with 今池商店街」(今池ガスホール)を開催(今池プロレスとの昼夜開催で、夜の今池プロレスにも一部選手出場。観衆211人)。
  • 2月11日KAIENTAI-DOJOとの合同興行「K-RIBBON」を開催(観衆120人)。
  • 2月14日毎日放送TBSで4月より放送されるドラマ「マッスルガール!」にJWPとともに協力することが明らかになる。
  • 2月26日、現道場におけるプロレス教室出身者としては第1号となる内藤メアリがデビュー。
  • 3月2日、内藤に続いて現道場におけるプロレス教室出身者である新田猫子がデビュー。
  • 3月12日16日3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)及び東京電力福島第一原子力発電所での事故による計画停電の影響で、道場マッチ2大会が中止。
  • 3月16日、震災・原発事故により中止が懸念されていた21日昼・後楽園大会の開催を正式決定(前日には同日夜同会場で開催予定の大日本プロレスも決行を正式に発表)。
  • 3月19日、現道場におけるプロレス教室出身者である成宮真希がデビュー(異例となるエキシビションなしでデビュー)。
    • 当初は3月12日デビュー予定だったが、震災・原発事故による大会中止のため延期されていた。
  • 3月21日、第5回後楽園大会「アイスリボン・マーチ2011」を開催(観衆737人)。この大会でたま子がデビュー。
    • 当日昼の同大会と夜の大日本プロレスは、震災で閉鎖されていた同ホールにおける再開後初のイベントとなった。
    • また、原発事故による電力事情悪化に伴い、映像の使用中止や一部照明を削減するなど節電した上で開催。
    • 被災により来場不能となった客に対するチケット払い戻しも同時に実施。
  • 3月26日、休業から復帰後にレギュラー参戦していたRayが正式入団。
  • 3月31日、SMASH後楽園大会に試合提供。
  • 4月16日、第3回大阪大会「大阪リボン」(大阪Mアリ)を開催(観衆224人。当日夜に同所で開かれた大阪プロレスにも一部選手出場)。
  • 4月24日、10代主催興行「Teens」第1回興行を開催(代表・みなみ飛香。観衆96人)。同日夜の666「第12回YOUNGプロレス わっしょい」にも試合提供。
  • 5月5日、第6回後楽園大会「GOLDEN RIBBON 2011」を開催(観衆749人)。
    • 2010年まで5月5日昼の後楽園興行は同年解散したNEOが開催しており、それを継承する形となった。
    • 当日は大日本が横浜文体で大会を開催していた為、一部の客が文体に流れ、観客動員は微増に止まった。
    • 後楽園の夜はブシロードレスリングが開かれた。
  • 5月25日、藤本つかさとのタイトルマッチに敗れた松本都が解雇される。新団体「崖のふちプロレス」設立へ。
  • 6月1日、19時女子プロレス旗揚げ1周年記念大会を開催(Ustreamで生中継。視聴者数1000人、累計8000人以上閲覧したことを6月6日の公式メールマガジン担当の志田光が公表した)。
  • 6月19日、「Teens」第3回興行にて、練習生の長野ドラミがデビュー。ガッツワールド茂木町民センター別館大会へ試合提供。
  • 6月25日、所属選手9人による総当り戦「逆境ナイン」(全72試合)を開催(観衆88人)。
  • 7月4日 - 7日、以下の地域で被災地キャラバンを実施(企画発案者・藤本つかさ)。
  • 7月10日、4年ぶりの横浜開催となる「横浜リボン」をラジアントホールで開催(観衆210人)。
  • 7月18日、666との合同興行「YOUNGリボン わっしょい vol.2」を開催(観衆666人)。
  • 8月21日、第7回後楽園大会「不思議の国のアイス2011」を開催(観衆786人)。真琴が退団しSMASHへ移籍。
  • 8月26日、都宮ちいが退団を表明。28日よりリングネームを「ミクロ」に変えてフリーとなる。19時女子プロレスがアイスリボンと合併し、所属選手である帯広さやかはアイスリボンへ移籍、認定王座であるインターネットシングル王座はアイスリボン管理のジュニア王座となる。
  • 8月31日、この日を以って、赤城はるなと井上由美子が引退、藤野恵美が退団、たま子が除籍になることが発表された。赤城は後日、引退試合を行い正式に退団。
  • 9月10日、666と合同でヤングリボン認定ミックスタッグ王座創設を発表。
  • 9月11日、FREEDOMS主催「東日本大震災復興支援チャリティープロレス」に試合提供。
  • 10月7日タイにてテレビ放送開始。
  • 10月8日9日イギリスの女子プロレス団体「EVE」に参戦。参加選手はさくらえみ・みなみ飛香・藤本つかさ・志田光の4人。その他の一部選手も北海道北都プロレス、メキシコのCMLLに遠征。
  • 10月21日ニコニコチャンネルでの公式チャンネル開設を発表(開通は10月19日)。
  • 10月27日、センダイガールズ主催・女子プロレス団体対抗Flashトーナメントに出場。1回戦でホストのセンダイガールズに破れ、初戦敗退。
  • 10月29日、道場マッチにてJWPの新人王戦「蒼星杯(ブルースターカップ)」公式リーグ戦(masu-meVS長野ドラミ)。
  • 11月22日、プロレスコラボイベント「P-W Remix vol.3」に試合提供(vol.1、2の提供元はともにZERO1だった)。
  • 12月17日韓国全羅南道高興郡に完成した金一記念体育館のこけら落とし興行(韓国プロレスリング連盟主催)に成宮真希と長野ドラミが参戦[3]
  • 12月25日、第8回後楽園ホール大会開催(観衆849人)。無期限休業中だった希月あおいが復帰。聖菜と牧場みのりが引退。

2012年 [編集]

2013年 [編集]

アイスリボン特殊ルール [編集]

  • 市ヶ谷時代
    • 関節技を掛けられているときに、マットの端に手か足が触れればエスケープとなる。ただし、両肩が付いてフォールカウントがなされた場合は、エスケープとはならず、キックアウトするなり、肩を上げるなりしてカウントを止めなくてはならない。
    • タッグ戦の際、「ダブル」と宣言した場合、ダブルでの攻撃が許可される。
    • 客席の椅子や、コーナー用の脚立をマットの中に持ってきて、そこからの攻防も認められる。その際、観客やレフェリー(主にさくらえみ)の援助を求めることも可能。ただし、椅子で殴る行為は反則となる。
    • 市ヶ谷に限り、壁や窓を使った攻撃も反則ではない。(壁に関しては、当初は反則だったが、壁にぶつかるのは仕方ないということで、2007年8月から、反則ではなくなった。)
    • 窓の外へ出た場合は、場外カウントが始まり、カウント20で試合終了となる。
  • 現行
    • タッグ戦の際、「ダブル」と宣言した場合、ダブルでの攻撃が許可される(市ヶ谷から継承)。
    • 場外カウントは10で試合終了となる。
  • ハードコアリボン(アイスリボン式ハードコアマッチ
    • レフェリーが「なんとなく危険」とみなした行為以外の全ての反則が容認される(流血戦になるのを防止するため)。
    • それ以外は通常のハードコアマッチに準ずる。
  • さくら式イリミネーションマッチ
    • 最初は6人(8人、10人)タッグマッチで試合を行い、試合が決着すると、それぞれの勝敗に関わった選手(フォール・ギブアップをとった選手ととられた選手)が退場、これを繰り返して、最後は残った選手でシングルマッチとなるが、これで勝利した方のチームが勝ちとなる。
    • 2002年に新日本プロレスで採用された「トライアスロン・サバイバー」と形式が似ているが、「さくら式」は最後のシングル次第で結果が決まるのに対し、「トライアスロン」は勝利数が多い方が勝ちになる。

タイトルホルダー [編集]

アイスリボンが管理・運営に当たるタイトルは以下の5種類。このうち、ヤングリボン認定ミックスタッグ王座は666(YOUNGプロレスわっしょい)との共同管理。これらのタイトルの特徴としてフルタイムで引き分け(TRCの場合は明確な勝利者がいない場合も含む)は王座剥奪となる(IW19・ミックスタッグ王座は除く)。

アイスリボンが管轄するチャンピオンベルトの保持者(2013年5月4日現在)
タイトル 保持者 歴代 防衛回数
インターナショナル・リボンタッグ王座 希月あおい&つくし
(青春緑)
31代目 1
ICE×60王座 つくし 17代目 2
トライアングルリボン王座(TRC) 松本都 14代目
インターネットシングル王座(IW19) 星ハム子 9代目 1
ヤングリボン認定ミックスタッグ王座 宮本裕向&世羅りさ 2代目

上記の他、タイトルマッチ形式ではない以下の企画色の濃い選手権も認定している。

  • ドロップキック選手権 - つくし
    我闘姑娘時代から継続。名前の通りドロップキックの技術を競う。風船を目掛けてドロップキックを繰り出し、観客の拍手と審査員の採点から勝者を決める。
  • 24の瞳選手権 - しもうま和美(3代目)
    挑戦者が11人抜き(1人につき1分1本勝負)に挑みタイトルに値する内容であればベルトが贈呈される。
  • うでたてくん - 飯田美花(初代)
    さくらえみが練習過程で始めた選手の腕立て伏せTwitCastingで撮影。男女誰でも参加でき、メトロノームでテンポを計り1回1.8秒の間隔で行う。100回で卒業となり、次の段階へ移行する。

大会最速記録 [編集]

  • 2011年6月11日現在
順位 勝利選手 記録 敗北選手 試合日 試合場所
1 つくし 4秒 さくらえみ 2011年6月11日 イサミレッスル武闘館
2 つくし 5秒 さくらえみ 2010年5月22日 イサミレッスル武闘館
つくし 松本都 2012年6月30日 イサミレッスル武闘館
3 藤本つかさ 6秒 さくらえみ 2010年1月4日 新木場1stRINGICE×60王座選手権
さくらえみ 志田光 2010年11月3日 イサミレッスル武闘館、24の瞳ベルト選手権

所属・参戦選手及びスタッフ [編集]

所属選手 [編集]

これまでの主な参戦選手 [編集]

JWP
センダイガールズ
エスオベーション
スターダム
ZABUN
プロレスリングWAVE
OSAKA女子プロレス
ディアナ
DDT
ユニオンプロレス
666
KAIENTAI-DOJO
WNC
FREEDOMS
大日本プロレス
海外

スタッフ [編集]

過去の所属選手・スタッフ [編集]

ホノ 引退(2007年9月8日)
きのこ 引退(2007年9月8日)
石井美紀 引退(2008年2月24日) 非常勤スタッフへ。
月丘ひかる 退団(2008年1月27日) 元ガールズプロレスキャンプ
夏実りか 退団(2008年2月7日) 元ガールズプロレスキャンプ
桃瀬麻美 退団。 芸能活動専念。元ガールズプロレスキャンプ
ひろせ友紀 退団(2009年1月18日) 芸能活動専念。元マッスルビーナス
植田ゆう希 退団(2009年1月18日) 芸能活動専念。元マッスルビーナス
森久ともよ 退団(2009年1月18日) 芸能活動専念。元マッスルビーナス
真悠いちこ 退団(2009年1月18日) 芸能活動専念。元マッスルビーナス
古賀祥子 退団(2009年1月18日) 芸能活動専念。元マッスルビーナス
しもうま和美 引退(2010年12月26日) 元雑草ガールズ
市井舞 引退(2011年4月15日) 団体預かりから、2010年12月29日にフリー契約。
松本都 退団(2011年5月25日) 新団体「崖のふちプロレス」設立。2012年よりレギュラー扱いで出戻り。元マッスルビーナス
真琴 退団(2011年8月21日) SMASHへ円満移籍。現WNC所属
都宮ちい 退団(2011年8月28日) ミクロへ改名、ワラビーへ入団。REINA所属を経て、フリーランス
赤城はるな 引退(2011年8月31日) 療養欠場のまま。元雑草ガールズ
井上由美子 引退(2011年8月31日) 療養欠場のまま。羽柴まゆみへ改名、REINAで復帰。総合格闘家(PUREBRED大宮所属)
藤野恵実 退団(2011年8月31日) 総合専念のため。総合格闘家(GODS所属)
たま子 除籍(2011年8月31日) 芸能活動等で出場継続が不可能となり。
聖菜 引退(2011年12月25日) 元ライト姉妹
牧場みのり 引退(2011年12月25日)
さくらえみ 退団(2012年1月7日) 一身上の都合で。元団体代表。現我闘雲舞代表。
Ray 退団(2012年5月14日) フリーランス。
長野ドラミ 無期限休業(2012年6月17日) 学業専念のため
みなみ飛香 退団(2012年12月31日) 学業専念のため休業のまま。Teens代表。
りほ 退団(2012年9月23日) 我闘雲舞へ移籍後、里歩へ改名。元ライト姉妹。
帯広さやか 退団(2012年12月31日) 我闘雲舞へ移籍。元19時女子プロレス代表。
堀田祥子 退団(2013年3月29日) 芸能活動専念。新人デビュープロジェクト。
竹田彩乃 退団(2013年3月29日) 芸能活動専念。新人デビュープロジェクト。
若松江莉 退団(2013年3月29日) 芸能活動専念。新人デビュープロジェクト。
寺田浩子 退団(2013年3月29日) 芸能活動専念。新人デビュープロジェクト。
ミスター雁之助 最高顧問辞職 元最高顧問、レフェリー・リングアナウンサー
甲田哲也 卒業 マッチメイカー、ゴング・音響も担当。現東京女子プロレス代表

アイスリボン芸能部 [編集]

2010年より「アイスリボン芸能部」として、一部レスラーのメディア出演やタレント活動の窓口としている。

過去
  • さくらえみ
  • みなみ飛香
  • りほ
  • 真琴

脚注 [編集]

  1. ^ アイスリボン171観戦記 オープニング - アイスレコード
  2. ^ 【大船渡】女子プロレスに園児声援 5選手が訪問 - 岩手日報・被災地ニュース 2011年7月6日
  3. ^ “頭突き王”大木金太郎記念体育館、17日にオープン…プロレス大会も 中央日報 2011年12月14日
  4. ^ “【会見情報】信州プロレスリングエンターテイメントとアイスリボンが業務提携!!” (プレスリリース), ネオプラス・アイスリボン事業部, (2013年3月1日), http://ice-ribbon.ne07.jp/page/newsData_656.html 
  5. ^ 藤本つかさ (2013年5月5日). “5月4日横浜リボンチケットについて”. プロレスでハッピー!アイスリボン!!. 2013年5月5日閲覧。

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]