アイスリボン

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アイスリボンは、日本女子プロレス団体。運営はネオプラス アイスリボン事業部。キャッチフレーズは「プロレスでハッピー!」。

概要[編集]

2006年我闘姑娘選手代表であったさくらえみmixi発のプロレスプロジェクトとして立ち上げた。さくらがこのプロジェクトを始めた後、そこで結成された「アイスリボン軍」がひとつの団体として独立したのが「アイスリボン」である。なお、代表はネオプラスの事業部移管と同時に同社社長の佐藤肇に交代した。

2012年1月にさくらが退団すると、マッチメイクなどの業務は元NEO女子プロレス社長でアイスリボン旗揚げにも尽力した甲田哲也を経て、佐藤代表へと引き継がれた。退団発表前よりコーチを某男子レスラーが引き受けている。かつては日高郁人やフリーランス時代の高橋奈苗がコーチを引き受けていた時期もあった。

興行形態[編集]

初期には通常のプロレスのリングを使用せず、低反発マットの上で試合を行っていた。手軽に行える反面、ロープやコーナーポストの存在を前提とする攻撃方法が使用できないため、特に上位の選手には柔軟かつ大胆な発想(いわゆる「プロレス頭」)が求められる。当初はウレタンマットを用いていたが、後に薄いユニエバーの青いマットに切り替えられた。また、コーナーポストの代用品として、赤と青のテープがそれぞれ貼られた脚立が使われる。そのメリットとして、次のことが挙げられる。

  • 持ち運びが容易である
  • 予算削減
  • 観客との距離が近くなる

後に通常より一回り小さいリングが常設された道場兼会場を作ったため、マットでの試合はリングが設営できそうもない場所での出張興行(おでかけプロレス)で使用する程度となる。なお、さくらが退団後にタイで旗揚げした我闘雲舞が日本での一部興行を除き同様の形態で行っている。

道場兼会場完成後は原則として隔週(さくら時代は毎週)水曜と毎週土曜にアイスリボン道場で開催される他、1~2ヶ月に1回程度の頻度で後楽園ホール新木場1stRINGラジアントホールなど外部の会場にてビッグマッチを開いている。また年に数回、「おでかけプロレス」も開催する。そのため、年間100大会以上にも上る。これは巡業形態を採らない団体では最も多い。2010年まで北沢タウンホールおよび板橋グリーンホールでの興行はNEOとの昼夜興行として開催されていた。首都圏以外では大阪・名古屋・札幌・仙台・長野・広島でも開催実績がある。地方興行の中にはアイスリボン単独での開催の他、親会社ネオプラスが参画する大日本プロレス(BJW)や、大阪プロレスなどの地元インディー団体との昼夜興行となる場合もある。不定期で他団体との合同興行や試合提供を行うこともある。

自主興行は通常写真・動画の撮影は一切禁止となっている(道場マッチや板橋では紙テープの投げ入れも禁止)。これについては肖像権の問題もあるが、「カメラを持ってると拍手ができないため」とさくらがコメントしている[1]。ただし、「シャッターリボン」と呼ばれる写真撮影が認められる大会(動画は禁止)も月1回行われている。さくら退団後の新生アイスリボンでも継続され、我闘雲舞でも同様の措置が採られている。

興行の模様は1、2大会ごとにDVD化され、それをネオプラスが販売している。

選手育成[編集]

所属選手は旗揚げから4団体所属の紫雷美央を除き一貫して元我闘姑娘(他団体経由含む)あるいは所属としてデビュー(再デビュー含む)した選手のみで構成されている。

団体が開講しているプロレスサークルなどでトレーニングを重ねた後に練習生となるが、他団体のようなプロテストは課されることなく団体がトレーニングの成果をエキシビションなどで見極めた上でデビューに至る。このエキシビションを公開プロテストと見る向きもあるが、藤本つかさ成宮真希のようにエキシビションなしでデビューした選手も存在する。

旗揚げ当初は我闘姑娘の流れから、小学生や中学生がデビューもしくは我闘姑娘から移籍してきたが、2009年の段階で小学生レスラーはアイスリボン生え抜きのりほ(現:里歩)のみとなり、以降は他団体と同様、15歳以上の選手がデビューするようになる。2010年1月より、久しぶりの小学生レスラーの卵であるつくし(同年4月に中学進学)とくるみ(2012年4月に中学進学)が練習生として加わった。新生アイスでは小学生のデビューこそ皆無だが、中学生としては2013年に弓李優華がデビューしている(両者とも2014年中学卒業)。

それ以外にも門戸を広げ、グラビアアイドル・女優や総合格闘家として活動する選手や主婦・OL兼業の選手もおり、バラエティ豊かな構成となっている。また、多くの団体が若手育成に苦戦する中、独自の選手育成システムを構築することで、選手の定着率を上げている。ただし所属のまま長期休業しているレスラーも多い。

さくら時代にデビューした選手のリングネームはタレント出身者を除きほとんどはさくらが独断で命名しており、特にしもうま和美以降は地名を使った命名が目立つようになっている。ちなみに地名の付かない選手は「正統派」であるとされる(2011年3月18日の19時女子プロレスにてコメント)。新生アイスでも地名由来の選手として世羅りさがいる。

さくら時代は退団してフリー、あるいは他団体に移籍した選手を出戻りとしてマットに上げることはしなかった。ただ松本都は2011年の退団時こそさくらより「アイスリボンのリングに二度と上げない」と通達されていたが、半年後に出戻り参戦を果たし、年明けのさくら退団後はレギュラー復帰した。2013年には真琴も2年ぶりに参戦した。

マッチメイク[編集]

道場での試合終了後は必ず座談会が行われ、各選手のマイクパフォーマンスが聞ける。その内容と、試合後に観客に配布されるアンケートに記載される意見が次回大会のカード編成に繋がっている。ストーリー性やテーマに富んだカードが多い半面、他団体に比べ各大会のカード発表が著しく遅いという傾向も見られる。

団体内に典型的なヒールレスラーはおらず(かつて腹黒キャラの都宮ちい(現・ミクロ)がいた程度)、年齢とキャリアが比例しないため世代間抗争も余り見られない。2010年9月23日の後楽園大会で、同じ2006年に旗揚げされた団体・センダイガールズとの団体対抗戦で全敗したのがきっかけで仙女との団体間抗争に発展したが、2011年12月25日の後楽園大会でさくらえみ・つくし組がインターナショナル・リボンタッグ王座を懸けて里村明衣子仙台幸子に勝利したことで一応の終結となった(2008年から始まった仙女との関係は抗争終結後も継続中)。一方、2012年9月23日の後楽園大会でプロレスリングWAVEとも団体対抗戦を行ったが、こちらはWAVEに一部選手がレギュラー参戦する程度で本格的な抗争には至っていない。

さくら時代にはトーナメント戦の開催はあれどリーグ戦は一切行わなかった(JWPのリーグ公式戦を興行内で組んだことはあった)。しかし、新生アイスでは2013年に成宮真希が負傷のため返上したICE×60王座を懸け、団体初のリーグ戦を開催した。

参戦選手[編集]

特色の1つとして、フリーランスやインディー団体(主にDDT系列やKAIENTAI DOJOFREEDOMSZERO1)などの男子レスラーの参戦が他団体より多いこと(さくらがデビューした団体が男女混合だったことも影響している)が挙げられ、「アイスリボン男子部」と呼ばれる(男子の試合をメインとした興行も1度だけあった)。一時男子部は「プロレスリングワラビー」として独立していた。しかし、新生アイスでは男子選手の参戦は減少しており、現在は後楽園大会を始めとするビッグマッチや特別な大会、提供試合のみにほぼ限定されている。

選手層がまだ薄かった初期にはNEOやJWPなどの他団体、フリーランスの女子選手も頻繁に参戦していたが、NEO解散や所属選手の増加などもあり減少傾向にある。土曜日の道場マッチでは純血メンバーのみで開かれること(いわゆる「純血リボン」)が多いものの、水曜日など平日は学生・兼業レスラーの参加が難しいため、男女を問わずゲスト選手が頻繁に参戦する。2014年現在、他団体ではJWP・WAVE・WNC-REINA世界プロレス協会の若手が主に参戦する。

外国人選手は他団体が招いた選手が適宜参戦していたが、2011年にイギリスのプロレスリングEVEとの対抗戦を機にエイプリル・デイヴィッズが留学生として来日し、初の直接招聘となり、以降もイギリスから留学生を適宜招き入れている。

他団体との交流[編集]

JWP女子プロレス
前述の通り初期から相互に参戦。特に道場開設後はJWPでデビューした若手選手の参戦も目立っている。2011年にJWPが復活させた「タッグリーグ・ザ・ベスト」にはアイスより毎年参戦。2012年7月にはJWPとの合同興行も横浜で開催されている。2014年現在つくしがレギュラー参戦中。
LLPW-X
旧LLPW時代と比べて団体活動が縮小されたため、交流はほとんどないが、数少ないものとしてアイガーがトライアングルリボン王座を奪取している。
センダイガールズプロレスリング
旗揚げ当初は交流は無かったが、2008年に同団体が主催した若手主体のトーナメント「じゃじゃ馬トーナメント」にアイスリボンから1名がエントリーされた(当初はJWP所属を予定していたが長期欠場のため代役)のを機に交流が始まった。
2010年9月には対抗戦も行われ、里村明衣子代表とさくらとの運営方針の違いを巡り、団体抗争に発展。タッグベルトも一時期流出(十文字姉妹が獲得)している。
抗争終結後もアイス側からは宮城出身の藤本つかさを、センダイガールズ側からはデビュー時からアイス選手と対戦してきた花月を中心に交流は続いている。
OZアカデミー女子プロレス
それまでは選手の自主興行に招聘される程度だったが、2012年12月に志田光アジャ・コングと行動を共にする様になった事により両者間を中心に本格的な交流が始まった。志田の退団後は表向きの交流は一旦途絶えたが、退団直前に紫雷美央が兼任所属。美央を通じた合同興行の開催され、アイス横浜大会に尾崎魔弓代表が参戦し、逆にアイスからは星ハム子が参戦。
プロレスリングWAVE
いわゆる「大人の事情」で関係は断っていたが、フリーとして参戦していた植松寿絵のWAVE入団(現在は引退)がきっかけとなり2012年に入るとアイス選手の参戦が本格化。藤本つかさが大畠美咲と、志田光が桜花由美とそれぞれ組んでタッグベルトを獲得するなど結果を残している。また、同年9月後楽園では対抗戦も決行した。その後もWAVE側からは主に渋谷シュウが参戦しトライアングルリボン王座も獲得。2014年にはWAVE新人第1号の夏すみれも参戦。
スターダム
鎖国」を敷いている為、他団体交流には消極的だったが、2012年10月に志田光、12月後楽園には逆にフリー時代にアイスに参戦していた高橋奈苗らが参戦。翌2013年1月には藤本つかさが参戦を果たしている。
生え抜きでは別ブランド「Teens」ではあるが岩谷麻優須佐えりが参戦経験あり。両国国技館大会には藤本、世羅りさ山口ルツコが参戦し、逆にアイス新宿FACE大会にも高橋と須佐が、神栖大会にも高橋が参戦した。また、リング外では世羅と翔月なつみ(床田菜摘)が同じ劇団「水色革命」に所属する。2014年には「Tenn&Jr.」に彩羽匠コグマが参戦した。
ワールド女子プロレス・ディアナ
旗揚げ当初は関係を断っていたが、2012年12月31日のアイス後楽園大会で堀田祐美子星ハム子と一騎打ちを行い、引き分けたのを機にハム子が堀田暴走軍に加入し、ディアナに常連参戦。逆に2013年1月の横浜赤レンガ大会にはSareeeも参戦し、アイスが制作に関わる映画「太陽からプランチャ」にも出演。12月15日のディアナ新宿大会にくるみが来場し、31日のアイス後楽園大会と翌年1月4日横浜で井上京子とタッグを組んでいる。
WNC-REINASMASH
さくらとTAJIRI選手代表がかつて同僚だった関係もあり、SMASH時代には相互参戦が行われていた。特に真琴はアイス所属時代から常連参戦しており、後に移籍が実現した。TAJIRIもアイス参戦経験あり。JCBホール(現:TDCホール)でのSMASHではアイス所属選手で「JCB戦隊アイッシュ」を結成している。
SMASH解散後に旗揚げされたWNCでは旗揚げ戦に紫雷美央の代役としてりほが参戦して真琴とタッグを組んだ。志田光も選手の自主興行に参戦。アイスには真琴・朱里華名に加え、WNCや生え抜きの小林香萌日向小陽も参戦。WNCには主にTAJIRIと同郷の成宮真希が参戦。
REINAにはついては、団体化とプロモーション化が繰り返されているが、アイスからも適宜参戦し、マッスルビーナスがREINA世界タッグ王座を獲得した後、インターナショナル・リボンタッグ王座と統一されアイスに定着していた。一方でREINAからもセウシスCMLLからREINAに来日中の選手が参戦している。2014年8月の後楽園大会にアレックス・リーも参戦。成宮はCMLL-REINAインターナショナルジュニア王座を奪取した。
世界プロレス協会
REINAから独立して団体化後はしばらく交流がなかったが、2014年8月の「Teens&Jr.」に世プロより参戦を表明し、それに先駆け6月14日の道場マッチに石橋葵神田愛実が参戦。
DDTプロレスリングユニオンプロレス
男子インディー団体では最も古くから交流のある団体で、ミックスドマッチも頻繁に組まれている。
また8月の両国国技館日本武道館で開催されるDDT最大級の大会にも参戦。逆にユニオンプロレスの紅一点チェリーがアイスに常連参戦しており、東京女子プロレス所属当時のNOZOMI高木三四郎大社長も参戦経験あり。松永智充は道場開設以後、選手ではなくレフェリーとして参加していたが、2013年に選手として初参戦。
KAIENTAI DOJO
DDT同様古くから交流のある男子団体で、K-DOJOから主に若手選手が参戦している。バンビアップルみゆき(当時)ら女子選手やTAKAみちのく代表も参戦経験あり。また、合同興行を開催した事もある。
大日本プロレス
こちらもDDT同様古くから交流のある男子団体だが、DDT・K-DOJOと事情が大きく異なる。
2007年から別ブランドや六角橋商店街大会などへの提供マッチが行われ、李日韓レフェリーも選手として参戦していたが、2008年初頭の「金村キンタロー強制猥褻事件」の影響で撤退し、大日本との関係も一時悪化。
加えてDDTとは逆に、女子部の失敗という過去から大日本所属選手とのミックスドマッチに消極的な登坂栄児社長の方針から、関係改善後の相互参戦もグレート小鹿会長(当時社長。りほとチームを組んだ)、"黒天使"沼澤邪鬼松本都絡み)、神谷ヒデヨシ(世羅りさ絡み)といった、極めて限定的なものにとどまり、逆にアイス勢が大日本に参戦する場合も試合提供もしくは大日本参戦選手とのミックスなる。
一方で親会社ネオプラスが大日本に参画している為、興行面では、大日本主催の夜興行の前に大日本のリングを借用して昼興行を行う事がある(2011年3月21日後楽園大会や、2012年7月15日札幌テイセン「札幌リボン」→「山川竜司引退興行」など)。
2013年下半期に入り、大日本の北陸遠征に星ハム子と藤本つかさが帯同しシングルを行ったのを皮切りに、地方興行を中心に試合提供を行う機会が増加、2014年3月21日に開催された博多スターレーン大会でもWAVEとの対抗戦が行われている[2]。逆に大日本からもアイス道場マッチで橋本和樹vs河上隆一の提供試合が行われている。
プロレスリングFREEDOMS
FREEDOMSからも佐々木貴代表・葛西純らが参戦し、ハードコアマッチ(流血は無し)も行われている。但し当初は前出の「金村事件」に端を発した旗揚げの経緯から参戦に対して批判の声も上がった。
GENTAROは選手としてのみならず脳梗塞で倒れるまでリングアナウンサーも引き受けた。そのため、「GENTARO AID」が決定した際には重複していた道場マッチの時間を変更した上で試合提供した。そして2014年の自主興行にもアイスから一部選手が参戦。
大阪プロレス
さくらの師匠だったブラックバファローを中心に交流が行われ、アイスの大阪大会は大阪プロの協力を得て同本拠地であった大阪ミナミ ムーブ・オン アリーナで開催。19時女子プロレスを大阪から配信した際にも大阪プロから試合提供された。また、大阪プロ所属選手も上京してアイスの大会に参戦。退団直前の志田光も大阪プロに参戦した。
プロレスリングZERO1
日高郁人がアイスの選手を指導した経験があり、アメリカ遠征前の2010年2月に壮行試合を組んだことがある。一方でさくらもその日高の地元である島根のZERO1興行に参戦している。また、藤本が豊田真奈美とシングルマッチで対戦して、豊田がアイスに関わるきっかけをつくったのも島根のZERO1興行である(日高と豊田はともに島根県益田市出身)。2013年には志田光が初参戦を果たし、日高の愛弟子である夕陽と対戦した。
大谷晋二郎社長はアイスへの参戦こそないものの19時女子プロレスの特番に出演した。
2014年の仙台大会はZERO1との昼夜興行として開催されている。
同年3月には引退を表明した夕陽が最初で最後のアイス参戦。5月にはZERO1のチャリティー興行「あなたのレスラーズ」に試合提供。
WRESTLE-1
2013年に武藤敬司が中心となって旗揚げされた新団体で、女子プロレスマッチにアイスからも適宜出場している。2013年は成宮真希、藤本つかさ、世羅りさ、2014年は志田光も参戦。
DRAGON GATE
2014年のアイス大阪大会にMr.キューキュー・谷嵜なおき・豊中ドルフィンが参戦。
全日本プロレス
地方大会にアイスから試合提供が行われることもある。
北都プロレス
星ハム子が北海道出身と言うこともあり定期的に参戦中。また過去に合同興行北都リボン開催のほか、道場マッチの特別レフェリーとしてクレイン中條と参戦選手として池田昌樹とルー・ルルルが参戦。
九州プロレス
2014年に団体初の熊本大会に成宮真希凱旋として試合提供した。

アイスリボンの別ブランド、派生団体[編集]

19時女子プロレス
2010年6月から2013年まで放送されたインターネット動画配信番組。詳細は19時女子プロレス参照。
Teens
2011年から開始された10代選手が中心たる新ブランド。休止期間を挟みおよそ月1回行われていたが、代表のみなみ飛香が無期限休業のため活動休止。しかし、2014年につくしがプロデューサーに就任し、10代に加えキャリア3年未満も対象とした「Teens&Junior」として再開。
アイスリボンフェスタ
アイスリボンと他ジャンルとの融合をテーマにしたお祭り的別ブランド。2013年12月1日に第1回開催。
崖のふちプロレス
2011年に退団した元所属選手の松本都が旗揚げした。詳細は「崖のふちプロレス」を参照。
プロレスリングワラビー
アイスリボン男子部が独立して旗揚げされたが、現在は矢野啓太に権利が譲渡されている。詳細はプロフェッショナルレスリング・ワラビーを参照。
コラソン女子プロレス
植田朝日率いるコラソンジャパンとの共同事業として始動するプロジェクト。代表に味方冬樹、コーチに村上和成が就任。
信州ガールズプロレスリング
信州プロレスリングエンターテイメントとの共同事業として2013年に旗揚げされる地域密着型団体。詳細は信州ガールズプロレスリングを参照。

歴史[編集]

2006年[編集]

2007年[編集]

2008年[編集]

  • 1月、伊藤道場から市井舞が参戦したことで、我闘姑娘時代の所属選手とは一応の関係改善となった(さくらえみ代表の我闘姑娘時代の所属選手とは、関係を絶っていた)。
  • 3月8日南千住荒川区汐入公園南千住駅周辺)で「おでかけプロレス」を開催。
  • 3月14日、大日本で発生した、他団体選手の強制猥褻事件の影響で、横浜プロレスから撤退。同時にテレ玉版「大日大戦」のコーナーも打ち切りとなった。
  • 3月16日しもうま和美が勤務する福祉施設(三軒茶屋)のイベントに参加。翌2009年以降も参加。
  • 4月20日、牧場みのりがセンダイガールズプロレスリング主催「第1回じゃじゃ馬トーナメント」に出場。センダイガールズ進出(ただし個人参戦のみ)。
  • 7月、テレビ埼玉の番組の企画と、映画「スリーカウント」(監督窪田将治)制作のため、出演者を練習に参加させ、NEOの井上京子やさくらえみらも自ら出演。映画制作に取り掛かる。
  • 8月、体制を変更し、通常のプロレスのリングを使用したときもアイスリボンの名称で月一回開催。これを機に大会ナンバーもリセット。9月から千本桜ホールでの興行を再開し、市ヶ谷アイスボックスと併用する形となる。
  • 9月、栃木から都宮ちいが上京。わずか1か月の練習期間でデビューする。
  • 10月、ICE×60王座を新設。初代王者決定トーナメントを11月・12月にかけて開催。初代王者は聖菜。

2009年[編集]

2010年[編集]

2011年[編集]

  • 1月4日、新木場1stRINGにて「新春リボン」を開催(観衆285人)。
  • 1月9日666「第11回YOUNGプロレス わっしょい」に試合提供。
  • 1月10日ガッツワールドVol.45に試合提供。
  • 1月15日、志田光率いる「1・2・3・志ー団!!」(昭和生まれ選手のうちマッスルビーナス+宮城もち)と真琴率いる「平成YTR」(飯田美花含む平成生まれ選手)の世代間抗争が本格的に始まる。しかし「カードが組みにくい」ことを理由に一か月程度で終了。
  • 1月30日、キックボクシング「J-GIRLS」に試合提供。
  • 2月6日、選手会興行として第2回名古屋大会「名古屋リボン with 今池商店街」(今池ガスホール)を開催(今池プロレスとの昼夜開催で、夜の今池プロレスにも一部選手出場。観衆211人)。
  • 2月11日KAIENTAI-DOJOとの合同興行「K-RIBBON」を開催(観衆120人)。
  • 2月14日毎日放送TBSで4月より放送されるドラマ「マッスルガール!」にJWPとともに協力することが明らかになる。
  • 2月26日、現道場におけるプロレス教室出身者としては第1号となる内藤メアリがデビュー。
  • 3月2日、内藤に続いて現道場におけるプロレス教室出身者である新田猫子がデビュー。
  • 3月12日16日3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)及び東京電力福島第一原子力発電所での事故による計画停電の影響で、道場マッチ2大会が中止。
  • 3月16日、震災・原発事故により中止が懸念されていた21日昼・後楽園大会の開催を正式決定(前日には同日夜同会場で開催予定の大日本プロレスも決行を正式に発表)。
  • 3月19日、現道場におけるプロレス教室出身者である成宮真希がデビュー(異例となるエキシビションなしでデビュー)。
    • 当初は3月12日デビュー予定だったが、震災・原発事故による大会中止のため延期されていた。
  • 3月21日、第5回後楽園大会「アイスリボン・マーチ2011」を開催(観衆737人)。この大会でたま子がデビュー。
    • 当日昼の同大会と夜の大日本プロレスは、震災で閉鎖されていた同ホールにおける再開後初のイベントとなった。
    • また、原発事故による電力事情悪化に伴い、映像の使用中止や一部照明を削減するなど節電した上で開催。
    • 被災により来場不能となった客に対するチケット払い戻しも同時に実施。
  • 3月26日、休業から復帰後にレギュラー参戦していたRayが正式入団。
  • 3月31日、SMASH後楽園大会に試合提供。
  • 4月16日、第3回大阪大会「大阪リボン」(大阪Mアリ)を開催(観衆224人。当日夜に同所で開かれた大阪プロレスにも一部選手出場)。
  • 4月24日、10代主催興行「Teens」第1回興行を開催(代表・みなみ飛香。観衆96人)。同日夜の666「第12回YOUNGプロレス わっしょい」にも試合提供。
  • 5月5日、第6回後楽園大会「GOLDEN RIBBON 2011」を開催(観衆749人)。
    • 2010年まで5月5日昼の後楽園興行は同年解散したNEOが開催しており、それを継承する形となった。
    • 当日は大日本が横浜文体で大会を開催していた為、一部の客が文体に流れ、観客動員は微増に止まった。
    • 後楽園の夜はブシロードレスリングが開かれた。
  • 5月25日、藤本つかさとのタイトルマッチに敗れた松本都が解雇される。新団体「崖のふちプロレス」設立へ。
  • 6月1日、19時女子プロレス旗揚げ1周年記念大会を開催(Ustreamで生中継。視聴者数1000人、累計8000人以上閲覧したことを6月6日の公式メールマガジン担当の志田光が公表した)。
  • 6月19日、「Teens」第3回興行にて、練習生の長野ドラミがデビュー。ガッツワールド茂木町民センター別館大会へ試合提供。
  • 6月25日、所属選手9人による総当り戦「逆境ナイン」(全72試合)を開催(観衆88人)。
  • 7月4日 - 7日、以下の地域で被災地キャラバンを実施(企画発案者・藤本つかさ)。
  • 7月10日、4年ぶりの横浜開催となる「横浜リボン」をラジアントホールで開催(観衆210人)。
  • 7月18日、666との合同興行「YOUNGリボン わっしょい vol.2」を開催(観衆666人)。
  • 8月21日、第7回後楽園大会「不思議の国のアイス2011」を開催(観衆786人)。真琴が退団しSMASHへ移籍。
  • 8月26日、都宮ちいが退団を表明。28日よりリングネームを「ミクロ」に変えてフリーとなる。19時女子プロレスがアイスリボンと合併し、所属選手である帯広さやかはアイスリボンへ移籍、認定王座であるインターネットシングル王座はアイスリボン管理のジュニア王座となる。
  • 8月31日、この日を以って、赤城はるなと井上由美子が引退、藤野恵美が退団、たま子が除籍になることが発表された。赤城は後日、引退試合を行い正式に退団。
  • 9月10日、666と合同でヤングリボン認定ミックスタッグ王座創設を発表。
  • 9月11日、FREEDOMS主催「東日本大震災復興支援チャリティープロレス」に試合提供。
  • 10月7日タイにてテレビ放送開始。
  • 10月8日9日イギリスの女子プロレス団体「EVE」に参戦。参加選手はさくらえみ・みなみ飛香・藤本つかさ・志田光の4人。その他の一部選手も北海道北都プロレス、メキシコのCMLLに遠征。
  • 10月21日ニコニコチャンネルでの公式チャンネル開設を発表(開通は10月19日)。
  • 10月27日、センダイガールズ主催・女子プロレス団体対抗Flashトーナメントに出場。1回戦でホストのセンダイガールズに破れ、初戦敗退。
  • 10月29日、道場マッチにてJWPの新人王戦「蒼星杯(ブルースターカップ)」公式リーグ戦(masu-meVS長野ドラミ)。
  • 11月13日成田市・公津フェスタ(京成電鉄本線公津の杜駅・駅前ロータリー)にてイベント開催[4]
  • 11月22日、プロレスコラボイベント「P-W Remix vol.3」に試合提供(vol.1、2の提供元はともにZERO1だった)。
  • 12月17日韓国全羅南道高興郡に完成した金一記念体育館のこけら落とし興行(韓国プロレスリング連盟主催)に成宮真希と長野ドラミが参戦[5]
  • 12月25日、第8回後楽園ホール大会開催(観衆849人)。無期限休業中だった希月あおいが復帰。入れ替わりで聖菜と牧場みのりが引退。

2012年[編集]

2013年[編集]

2014年[編集]

  • 1月4日昼、新春リボンをラジアントホールにて開催(夜のWNCにも志田光が参戦)。
  • 1月12日、2年ぶり2度目の長野大会「新春・長野リボン」を信州プロレスアリーナにて開催。
  • 1月15日、元WRESTLING DREAMERSのはやてをルチャコーチに迎えてルチャサークル開講を発表。
  • 1月22日、フリー参戦していた紫雷美央と所属契約(OZアカデミーWAVEユニオンとの4団体同時契約)。
  • 2月9日昼、3年ぶりの大阪大会「大阪リボン2014」を道頓堀アリーナにて開催。
  • 2月15日昼、2年ぶり2度目の仙台大会「仙台リボン2014」を宮城野区文化センターにて開催。
    • 夜開催のZERO1からも横山佳和橋本大地が参戦。
    • 逆にZERO1の大会にて記録的豪雪により一部選手が到着出来ない事態が発生した為、一部のアイス選手がZERO1にも緊急参戦。
  • 3月9日昼、名古屋大会「名古屋リボン」を露橋スポーツセンターにて開催(夜はFREEDOMS)。
  • 3月18日(広島)-22日(高松)、後述の広島大会のPRを兼ねて大日本の西日本遠征に一部選手が帯同し試合提供。このうち21日博多スターレーン大会ではWAVEとの団体対抗戦を実施。
  • 3月30日昼、第16回後楽園ホール大会開催(夜はRISE 98)。志田光がこれを最後に退団。入れ替わりで宮城もちが復帰、あきば栞がデビューする。
  • 5月6日昼、横浜ラジアントホールにてZERO1・WNC・FREEDOMSとの4団体合同で「横浜GWプロレス祭り」を開催[10]
    • 5日はZERO1(13時~)・WNC(18時~)、6日はアイス(12時~)・FREEDOMS(17時~)。
    • この4大会はニコニコプロレスチャンネルにてニコ生配信
      • 実況:鈴木健.txt(4大会全て)
      • 解説:須山浩継(アイスのみ)
      • 休憩中ゲスト:アブドーラ小林(大日本社員と共にアイスに客として来場[11]、ノーギャラ)。
      • 6日昼アイスにて、新日本が持っていたニコプロ中継総合視聴者数の最高記録を更新(タイムシフト含め、最終的に6704人が視聴)。
  • 5月10日、Nキューブ解散興行を開催。
  • 5月28日、この日まで行われた5月開催の道場マッチの月間平均入場者数が100人を突破。
  • 5月31日、相模原市体育館にて行われたZERO1「あなたのレスラーズ相模原チャリティー大会」に試合提供。
  • 6月4日、道場マッチで藤田あかねが復帰。河崎実監督「電エースタロウ」への全面協力を発表。
  • 6月7日昼、旗揚げ8周年記念大会を北沢タウンホールにて開催。寿ゆりがデビュー。
  • 6月15日昼、初の広島大会「広島リボン」開催(広島県立広島産業会館東館
    • 夜の大日本「広島“大”熱狂プロレス」とのダブルヘッダーとして同大会のメインでデスマッチヘビー級王座(vs伊東竜二戦)を戴冠した宮本裕向(666・廿日市市出身)が参戦。
    • 一方で同じくダブルヘッダー予定だったレイパロマダブプロレス)がアイスの試合で負傷したため、代替として一部のアイス参戦選手が大日本にも緊急参戦。但し大日本側の方針(前述)から、大日本正式所属選手とではなく参戦選手(塚本拓海ら)とのミックスドマッチとなる[12]
  • 8月10日、世羅りさ凱旋大会として広島県世羅郡世羅町せらにしタウンセンターにて「世羅リボン」開催。
  • 8月14日昼、後楽園ホールで「Teens&Junior」開催(夜は大日本)。
    • 10代に加えキャリア3年未満も対象とし、さらに「若手の壁」となるベテラン・中堅も含め11団体から参戦。
    • そのうちWAVEからは野中美智子リングアナウンサーも参加。
  • 8月31日昼、第17回後楽園ホール大会を開催(夜はWRESTLE-1)。
    • 他所の興行で「アイスリボンにメイン・セミは無理」と吐き捨てたダンプ松本に遺恨決着を要求した藤本つかさが一騎打ち。
    • 日時など詳細は未定であるがフジテレビにてドキュメンタリー番組が放送されることが発表される。
  • 9月11日、新宿FACEにてWAVE、OZアカデミー、ユニオンとの合同興行「M.I.O.(ミッション・イン・オーダテ)」を開催。
  • 9月28日、相模原市体育館にてFREEDOMS協力の下でおでかけプロレス開催。
  • 10月19日、全日本プロレス福山大会に試合提供予定。
  • 12月7日、新田猫子凱旋大会として岐阜市文化センター催し広場にて「岐阜リボン」を開催予定。
  • 12月28日、第18回後楽園ホール大会を開催予定。

アイスリボン特殊ルール[編集]

  • 市ヶ谷時代
    • 関節技を掛けられているときに、マットの端に手か足が触れればエスケープとなる。ただし、両肩が付いてフォールカウントがなされた場合は、エスケープとはならず、キックアウトするなり、肩を上げるなりしてカウントを止めなくてはならない。
    • タッグ戦の際、「ダブル」と宣言した場合、ダブルでの攻撃が許可される。
    • 客席の椅子や、コーナー用の脚立をマットの中に持ってきて、そこからの攻防も認められる。その際、観客やレフェリー(主にさくらえみ)の援助を求めることも可能。ただし、椅子で殴る行為は反則となる。
    • 市ヶ谷に限り、壁や窓を使った攻撃も反則ではない。(壁に関しては、当初は反則だったが、壁にぶつかるのは仕方ないということで、2007年8月から、反則ではなくなった。)
    • 窓の外へ出た場合は、場外カウントが始まり、カウント20で試合終了となる。
  • 現行
    • タッグ戦の際、「ダブル」と宣言した場合、ダブルでの攻撃が許可される(市ヶ谷から継承)。
    • 場外カウントは10で試合終了となる。
  • ハードコアリボン(アイスリボン式ハードコアマッチ
    • レフェリーが「なんとなく危険」とみなした行為以外の全ての反則が容認される(流血戦になるのを防止するため)。
    • それ以外は通常のハードコアマッチに準ずる。
  • さくら式イリミネーションマッチ
    • 最初は6人(8人、10人)タッグマッチで試合を行い、試合が決着すると、それぞれの勝敗に関わった選手(フォール・ギブアップをとった選手ととられた選手)が退場、これを繰り返して、最後は残った選手でシングルマッチとなるが、これで勝利した方のチームが勝ちとなる。
    • 2002年に新日本プロレスで採用された「トライアスロン・サバイバー」と形式が似ているが、「さくら式」は最後のシングル次第で結果が決まるのに対し、「トライアスロン」は勝利数が多い方が勝ちになる。

大会最速記録[編集]

2011年6月11日現在

順位 勝利選手 記録 敗北選手 試合日 試合場所
1 つくし 4秒 さくらえみ 2011年6月11日 イサミレッスル武闘館
2 つくし 5秒 さくらえみ 2010年5月22日 イサミレッスル武闘館
つくし 松本都 2012年6月30日 イサミレッスル武闘館
3 藤本つかさ 6秒 さくらえみ 2010年1月4日 新木場1stRINGICE×60王座選手権
さくらえみ 志田光 2010年11月3日 イサミレッスル武闘館、24の瞳ベルト選手権

タイトル[編集]

アイスリボンが管理、運営に当たるタイトルは以下の4種類。このうちヤングリボン認定ミックスタッグ王座は666(YOUNGプロレスわっしょい)との共同管理である。これらのタイトルの特徴としてフルタイムで引き分け(TRCの場合は明確な勝利者がいない場合も含む)は王座剥奪となる(ミックスタッグ王座は除く)。

アイスリボンが管理する王座
タイトル 保持者 歴代 防衛回数 次期挑戦者
ICE×∞王座 藤本つかさ 18代目 8 希月あおい
トライアングルリボン王座 新田猫子 18代目
インターナショナル・リボンタッグ王座 .STAP
成宮真希&世羅りさ
33代目 6
ヤングリボンミックスタッグ王座 宮本裕向
世羅りさ
2代目
過去に存在した王座

上記の他、タイトルマッチ形式ではない以下の企画色の濃い選手権も認定している。

  • ドロップキック選手権 - 世羅りさ
我闘姑娘時代から継続。名前の通りドロップキックの技術を競う。風船を目掛けてドロップキックを繰り出し、観客の拍手と審査員の採点から勝者を決める。
挑戦者が11人抜き(当初は1人につき1分1本勝負。現在は選手ごとに時間が変わる)に挑みタイトルに値する内容であればベルトが贈呈される。
さくらえみが練習過程で始めた選手の腕立て伏せTwitCastingで撮影。男女誰でも参加でき、メトロノームでテンポを計り1回1.8秒の間隔で行う。100回で卒業となり、次の段階へ移行する。

所属選手、主要参戦選手[編集]

所属選手[編集]

崖のふちプロレス[編集]

信州ガールズプロレスリング[編集]

練習生見習い[編集]

スタッフ[編集]

レフェリー[編集]

リングアナウンサー[編集]

ルチャサークルコーチ[編集]

事業部長[編集]

広報兼映像班[編集]

過去の所属選手[編集]

ホノ 引退(2007年9月8日)
きのこ 引退(2007年9月8日)
石井美紀 引退(2008年2月24日) 非常勤スタッフへ。
月丘ひかる 退団(2008年1月27日) 元ガールズプロレスキャンプ
夏実りか 退団(2008年2月7日) 元ガールズプロレスキャンプ
桃瀬麻美 退団。 芸能活動専念。元ガールズプロレスキャンプ
ひろせ友紀 退団(2009年1月18日) 芸能活動専念。元マッスルビーナス
植田ゆう希 退団(2009年1月18日) 芸能活動専念。元マッスルビーナス
森久ともよ 退団(2009年1月18日) 芸能活動専念。元マッスルビーナス
真悠いちこ 退団(2009年1月18日) 芸能活動専念。元マッスルビーナス
古賀祥子 退団(2009年1月18日) 芸能活動専念。元マッスルビーナス
しもうま和美 引退(2010年12月26日) 元雑草ガールズ
市井舞 引退(2011年4月15日) 団体預かりから、2010年12月29日にフリー契約。
松本都 退団(2011年5月25日) 新団体「崖のふちプロレス」設立。2012年よりレギュラー扱いで出戻り。元マッスルビーナス
真琴 退団(2011年8月21日) SMASHへ円満移籍。現REINA所属
都宮ちい 退団(2011年8月28日) ミクロへ改名、ワラビーへ入団。現世界プロレス協会所属
赤城はるな 引退(2011年8月31日) 療養欠場のまま。元雑草ガールズ
井上由美子 引退(2011年8月31日) 療養欠場のまま。羽柴まゆみへ改名し世界プロレス協会で復帰。総合格闘家
藤野恵実 退団(2011年8月31日) 総合専念のため。総合格闘家
たま子 除籍(2011年8月31日) 芸能活動等で出場継続が不可能となり。
聖菜 引退(2011年12月25日) 元ライト姉妹
牧場みのり 引退(2011年12月25日)
さくらえみ 退団(2012年1月7日) 一身上の都合で。元団体代表。現我闘雲舞代表。
Ray 退団(2012年5月14日) フリーランス。
長野ドラミ 無期限休業(2012年6月17日) 学業専念のため
りほ 退団(2012年9月23日) 我闘雲舞へ移籍後、里歩へ改名。元ライト姉妹。
みなみ飛香 退団(2012年12月31日) 学業専念のため休業のまま。Teens代表。
帯広さやか 退団(2012年12月31日) 我闘雲舞へ移籍。元19時女子プロレス代表。
堀田祥子 退団(2013年3月29日) 芸能活動専念。新人デビュープロジェクト。
竹田彩乃 退団(2013年3月29日) 芸能活動専念。新人デビュープロジェクト。
若松江莉 退団(2013年3月29日) えーりんへ改名し、2014年4月5日 東京女子プロレスで再デビュー。新人デビュープロジェクト。
寺田浩子 退団(2013年3月29日) 芸能活動専念。新人デビュープロジェクト。
志田光 退団(2014年3月30日) フリーランス。元マッスルビーナス

過去のスタッフ[編集]

フリー、他団体参戦選手[編集]

女子プロレスラー[編集]

Teens&Jr.参戦選手

プロレスラー[編集]

来日外国人選手[編集]

マスコットキャラクター[編集]

現在の主なタッグチーム[編集]

ドロップキッカーズ
.STAP
らぶりーぶっちゃーず
ジェラシータイフーン

過去の主なタッグチーム[編集]

マッスルビーナス

試合中継[編集]

終了したテレビ番組

アイスリボン芸能部[編集]

2010年より「アイスリボン芸能部」として、メディア出演やタレント活動の窓口としている。

過去の芸能部所属選手
  • さくらえみ
  • みなみ飛香
  • りほ
  • 真琴
  • 志田光

脚注[編集]

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  1. ^ アイスリボン171観戦記 オープニング - アイスレコード
  2. ^ 福岡・博多スターレーン大会 2014年03月21日 - 大日本プロレス公式HP
  3. ^ 【大船渡】女子プロレスに園児声援 5選手が訪問 - 岩手日報・被災地ニュース 2011年7月6日
  4. ^ 【告知】13日アイスリボン成田おでかけプロレス - 女子プロとテツ三昧 2011年11月12日。
  5. ^ “頭突き王”大木金太郎記念体育館、17日にオープン…プロレス大会も 中央日報 2011年12月14日
  6. ^ “【会見情報】信州プロレスリングエンターテイメントとアイスリボンが業務提携!!” (プレスリリース), ネオプラス・アイスリボン事業部, (2013年3月1日), http://ice-ribbon.ne07.jp/page/newsData_656.html 
  7. ^ 藤本つかさ (2013年5月5日). “5月4日横浜リボンチケットについて”. プロレスでハッピー!アイスリボン!!. 2013年5月5日閲覧。
  8. ^ SKIPシティ夏祭りでお出かけプロレス ニコニコ動画 2013年7月20日配信
  9. ^ 10/1(火)今井良晴追悼興行 後楽園ホール大会 決定カードのお知らせ9月19日 大日本プロレス
  10. ^ 5月に「横浜GWプロレス祭り」開催 2014年2月13日閲覧
  11. ^ 大人の階段登る - A・小林のギャンギャンブログ 2014年5月6日
  12. ^ 「広島“大”熱狂プロレス」広島県立産業会館・東館大会 2014年6月15日 - 大日本プロレス公式サイト

外部リンク[編集]