SMASH (格闘技団体)

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株式会社スマッシュ
SMASH
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
160-0023
東京都新宿区西新宿1-22-2
新宿サンエービル14階
設立 2010年2月2日
業種 サービス業
事業内容 総合格闘技興行
プロレス興行
代表者 代表取締役 酒井正和
主要株主 クォンタムジャンプジャパン
関係する人物 TAJIRI(創業者)
外部リンク SMASH公式サイト
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SMASH(スマッシュ)は、日本総合格闘技プロレス団体

概要[編集]

東京都新宿区をホームタウンとした地域密着型の団体。総合格闘技プロレスキックボクシングの3部門を柱にエンターテインメント融合路線を特徴として「世界に通用する選手育成を目指したコンテンツ」を目指す。団体名には「破壊的ヒットを飛ばす」という思いが込められている。

当初中核となっていたプロレス団体「SMASH」は2012年3月を以って解散。

2012年6月からは総合格闘技「パンクラス」の運営母体となるとともに、並行してプロレス興行「天龍プロジェクト」も運営する。

歴史[編集]

旗揚げ[編集]

2009年12月、給料、経費不払い問題、イベント自体の考えに乖離がありに予定されていたハッスル4大会の開催中止を発表。当時最高顧問であった酒井はハッスルとの関係解消と新団体SMASHを設立を発表し、払い戻し対象のチケットを持っていたファンを対象に無料招待シートを設けた[1][2][3]

2010年[編集]

3月26日新宿FACEで『SMASH.1』開催、超満員札止めとなる[4][5]

4月23日、SMASH新人レスラー第1号児玉ユースケと香港出身女子レスラーリン・バイロンが共にデビュー[6]

5月29日、フィンランドのFCF勢が参戦し、TAJIRIがFCF王座を獲得[7]

7月24日、昼夜ダブルヘッダー開催を敢行、両興行とも超満員となる[8]。FCF総帥スターバック初参戦。

10月30日、KUSHIDAがOVEヘビー級王座に挑戦[9]

11月22日JCBホール(現東京ドームシティホール)進出が実現し、超満員札止めとなる3,200人を動員した[10][11]

2011年[編集]

3月31日、初の後楽園ホール大会を開催[12]。この大会をもってKUSHIDAが退団。

6月9日、SMASH初代王座決定トーナメント開幕。

11月24日、SMASHトレーニングキャンプ出身レスラー第1号、土肥孝司がデビュー。

2012年[編集]

1月8日、ブル中野引退興行に、真琴が出場。

1月9日、朱里がKrush.15でキックデビュー。

2月10日、SMASHプロレス部門の活動休止を発表。酒井代表とTAJIRIが今後の方向性について意見が食い違い、何度も協議した結果、3月でSMASHの活動休止で合意した。

2月19日、2度目のTDCホール大会開催。全日本プロレスのKENSOが「ALL TOGETHER」仙台大会を蹴って出場することが発表されている。

3月14日、後楽園ホール大会「SMASH FINAL」を以て団体の活動終了。株式会社スマッシュは年内まで天龍プロジェクトの運営を行っていく(開催予定として押さえられていた後楽園ホールも天龍プロジェクトで使用する)。TAJIRIら所属選手は3月の契約解除を待って新団体を立ち上げる方針とされ、契約切れ後の同年4月5日に新団体「Wrestling New Classic 」の設立を発表した[13]。この日を持ってSMASHの管理する全王座と団体を完全封印した。

5月31日、総合格闘技パンクラスのブランド名及び運営権をドン・キホーテより取得。

11月30日、Googleとパートナーシップ契約を締結。Youtube公式チャンネル「SMASH CHANNEL」を取得し、過去の試合映像などを配信予定。この頃より酒井はSMASH復活を示唆するコメントをするようになった。

2013年[編集]

1月4日、Eagle株式会社とスマーフォンアプリケーション事業で業務提携。

2月24日、前年にWNCを退団した華名率いる「トリプルテイルズ.S」興行に酒井が来場し、SMASH復活を約束するやりとりが行われた。

SMASHプロレス部門[編集]

世界最高峰の団体WWEで長年活躍したTAJIRIがソフト面を、ハード面は酒井が担当。TAJIRIは「自分のやりたいことを好き勝手に実験する舞台。アメプロも、ストロングも、ルチャもなんにも関係ありません。ただひたすら、ファンが欲するものを。俺自身も欲するものを。本当にやりたかったことを、好き勝手にやります」

海外からは、元WWEスーパースターや往年のレジェンド、日本では知られていない未知の強豪など、世界各地から選手を招聘。対戦構想は日本人選手vs外国人選手を基軸に、リアルプロレス的要素もふんだんに取り入れられた。

興行は大きく分けて「ナンバーシリーズ」と「ハウス・ショー」がある。「ナンバーシリーズ」は2011年以降主に後楽園ホールで開催されたが、ビッグマッチはTDCホールとなる。「ハウス・ショー」は旗揚げの地たる新宿FACEなどで開催された。

SMASHワールドトライアウト[編集]

査定試合。国内外問わずレスラーが挑む査定試合。旗揚げ前に公式サイトにて募集を告知(英語とスペイン語による発信)。世界各国から1週間で約50通の申込みがくる。旗揚げ戦にて史上初の日本発トライアウトが実現した。

合格者

SMASHトレーニングキャンプ[編集]

2011年より新人レスラー育成の場として開かれている。第1号選手は土肥孝司

タイトル[編集]

所属選手、主要参戦選手[編集]

スタッフ[編集]

レフェリー[編集]

リングアナウンサー[編集]

過去の所属選手[編集]

フリー、他団体参戦選手[編集]

来日外国人選手[編集]

フリー
FCF
フィンレー軍
コバック軍
キム軍

興行[編集]

大会名 開催年月日 会場 開催地 入場者数
SMASH.FINAL 2012年3月14日 後楽園ホール 日本の旗東京都文京区 1,300
SMASH.25 2012年2月19日 東京ドームシティホール 日本の旗東京都文京区 3,000
We are SMASH 2012年1月19日 新宿FACE 日本の旗東京都新宿区 600
SMASH.24 2011年12月30日 後楽園ホール 日本の旗東京都文京区 1,600
SMASH live in Osaka 2011年11月25日 大阪ミナミ ムーブ・オン アリーナ 日本の旗大阪市 272
SMASH.23 2011年11月24日 後楽園ホール 日本の旗東京都文京区 1,500
SMASH.22 2011年10月28日 1,550
SMASH live in Osaka 2011年10月26日 大阪ミナミ ムーブ・オン アリーナ 日本の旗大阪市 272
SMASH.21 2011年9月8日 後楽園ホール 日本の旗東京都文京区 1,500
SMASH.20 2011年8月11日 1,500
SMASH.19 2011年7月15日 1,500
SMASH.18 2011年6月9日 1,500
SMASH.17 2011年5月3日 1,300
SMASH live in Nagoya 2011年5月1日 テレピアホール 日本の旗名古屋市 400
SMASH.16 2011年4月30日 IMPホール 日本の旗大阪市 600
SMASH.15 2011年3月31日 後楽園ホール 日本の旗東京都文京区 1,200
SMASH.14 2011年2月25日 新宿FACE 日本の旗東京都新宿区 600
SMASH live in Osaka 2011年1月30日 世界館 日本の旗大阪市 250
SMASH.13 2011年1月29日 新宿FACE 日本の旗東京都新宿区 600
SMASH.12 580
ハプニングEve' 2010年12月24日 570
SMASH.11 2010年12月11日 600
SMASH.10 2010年11月22日 JCBホール
(現・東京ドームシティホール)
日本の旗東京都文京区 3,200
SMASH.9 2010年10月30日 新宿FACE 日本の旗東京都新宿区 590
SMASH.8 2010年9月24日 600
SMASH.7 2010年8月30日 600
SMASH.6 2010年7月24日 600
SMASH.5 590
SMASH.4 2010年6月25日 600
SMASH.3 2010年5月29日 590
SMASH.2 2010年4月23日 590
SMASH.1 2010年3月26日 600

SMASH総合格闘技部門[編集]

1999年、横浜ベイスターズドラフト1位入団の古木克明[14]に格闘家転身を打診、さらにPRIDEで活躍した小路晃を専属コーチにおき、2009年12月8日スマッシュの旗揚げ記者会見に併せ、古木の入団を発表する[15]。古木の他にモンゴル出身の元女子プロレスラーエスイとも契約。2010年12月31日、古木は総合格闘家転身1年足らずで『Dynamite!! 〜勇気のチカラ2010〜』への出場を果たす[16][17]

アマチュアDEEP[編集]

2010年4月、総合格闘技の老舗団体DEEPとの業務提携により、「アマチュアDEEP」を開催[18][19]。 DEEP事務局によって定期的に開催されていたアマチュアDEEPを株式会社スマッシュが運営することを発表[20]。アマチュアDEEPでは、アマチュア選手の育成および発掘、ならびにレフェリー・ジャッジの育成を目的としており、イベントプロデューサーには小路晃が就任した。株式会社スマッシュの運営によるアマチュアDEEPの第1回大会は、2010年6月26日に西調布格闘技アリーナで行われ、古木克明が長南亮を相手にエキシビションマッチも行った。

ジャパンMMAリーグ[編集]

2011年から、プロ歴が浅い選手を中心としたチーム対抗戦「ジャパンMMAリーグ(JML)」をDEEPと合同開催、酒井がコミッショナーを務める[21][22]

パンクラス[編集]

2012年6月からはスマッシュ パンクラス事業本部を設立し、総合格闘技パンクラスの運営を株式会社パンクラスより継承する。

新体制となっての第1回大会は、6月2日「PANCRASE 2012 PROGRESS TOUR」ディファ有明大会にて開催。

パンクラスのプロレス部門である「パンクラスMISSION」については継続され、所属の冨宅飛駈鈴木みのるはスマッシュ傘下となった天龍プロジェクトに参戦している。

その他の活動[編集]

スマッシュ サポーターズクラブ

2010年7月1日設立。新宿区内のゴミ拾い清掃や地域イベント出演等の地域密着活動、また飲食店舗との協力関係、スポンサーを結び、お互いに支援的にPRしていく活動を行っている。

はじめてのプロレス

2010年9月12日、東京・足立区立伊興小学校にて開催。PTA側から「子供たちに生で見せてあげたい」という要望から実現。同小学校で主催・開催されている『2010!! ファミリーフェスタいこう』のイベントで提供マッチを敢行した。 2011年も同小学校で開催した他、TAJIRIが在住する八王子市の幼稚園でも開催した。アイスリボンの「おでかけプロレス」と趣旨が似ているが、こちらはリングを設置している。

オフィシャル電子雑誌「SMASH×SMASH」

2010年11月17日より発売開始された。創刊号はオールカラー110頁。編集は元『週刊プロレス』編集長の佐久間一彦。創刊号はMAGASTORE(マガストア)の売り上げランキングで初登場第3位となる。

SMASH LABEL

MACKA-CHIN (NITRO MICROPHONE UNDERGROUND) など世界的アーティストとのコラボとして、入場テーマ曲など製作・販売のため設立。コンピレーションCD「SMASH LABEL 01」が発売された。

オフィシャルファンクラブ

年会費が他の団体と比べ高値であるが、特典がこれまでの試合を収めたDVD-BOXなど豪華であった。現在活動終了。

SMASH CAMP

2008年より、酒井代表により学生たちのパフォーマンスLIVEおよび地域活性化プロジェクトである。元々ハッスル時代に「ハッスルどライヴ」として行われていたものをSMASHに移して開始された。

アフターパーティー

試合終了後、予約定員制によるファンとの交流会。その日の試合に出場した、ほとんど選手が参加していた。

注目の話題[編集]

華名のマニフェスト

2010年5月上旬、酒井代表と華名が会談で意気投合したことで、「SMASH.3」より参戦。朱里との抗争で度々口にした「華名のマニフェスト」を、「週刊プロレス」8月18日号にて、五箇条女子プロレス改革として発表した。発表後には、某大物女子レスラーからTAJIRI経由で抗議電話が来たり、JWPのレスラー陣がSMASHに乱入して抗争に発展するなど、物議を醸した。2010年8月13日Ustream『SMASH LIVE SHOW』にて、『“是か非か!?”華名のマニフェスト、あなたはどう考える?』を開催し、Twitterにて寄せられた意見、質問に対し、華名選手が自ら答えた。

棚橋との共闘

2010年5月8日、新日本プロレス・JCBホール大会にKUSHIDAが出場。シリーズ最終戦(6月13日・後楽園ホール)にてて矢野通と対戦。試合後、矢野と外道がKUSHIDAと乱闘。そこに棚橋弘至が救出した。6月19日、新日本・大阪府立体育会館での、棚橋vs矢野との髪切りマッチでは、棚橋が勝利を飾ったものの、矢野が棚橋の髪を刈ろうとしリング上で大乱闘が始まり、KUSHIDAが救援に駆けつけるも、飯塚に返り討ちにあう。すると、そこにTAJIRIが現われ毒霧を放ち、矢野をバズソーキックで沈める。この救出劇をきっかけに、棚橋、TAJIRI、KUSHIDAはユニット“棚スマ”を結成、後に開催された『J SPORTS CROWN』無差別級6人タッグトーナメントに出場し準優勝を飾る。棚橋とTAJIRIは「G1 TAG LEAGUE 2010」にも出場している。

脚注[編集]

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  1. ^ ハッスル元最高顧問が新団体「スマッシュ」を旗揚げ 元オリックス・古木克明が参戦発表”. オリコン (2009年12月8日). 2009年12月9日閲覧。
  2. ^ ハッスルが分裂、新団体スマッシュを設立”. スポーツナビ (2009年12月9日). 2009年12月9日閲覧。
  3. ^ 新団体『スマッシュ』を立ち上げました!!”. アメブロ スマッシュの挑戦 (2009年12月10日). 2009年12月10日閲覧。
  4. ^ SMASH旗揚げ戦に超満員札止め600人 TAJIRIが盟友ドリーマーとの再会に涙”. スポーツナビ (2010年3月26日). 2010年3月26日閲覧。
  5. ^ スマッシュが超満員の観客と共に船出”. スポーツナビ (2010年3月27日). 2010年3月27日閲覧。
  6. ^ 香港出身の女子レスラー・リンが鮮烈デビュー TAJIRI、WWE時代の盟友ユージンと和解”. スポーツナビ (2010年4月23日). 2010年4月23日閲覧。
  7. ^ TAJIRIがFCF王座を奪取 "空飛ぶオカマ"に観客が大熱狂”. スポーツナビ (2010年5月29日). 2010年5月29日閲覧。
  8. ^ TAJIRI陥落、大原裏切り…昼夜Wヘッダーまさかの結末=SMASH 正式決定した年内JCBホール大会へ暗雲立ち込める?”. スポーツナビ (2010年7月24日). 2010年7月24日閲覧。
  9. ^ TAJIRIが快勝、打倒・フィンランド王者へ決死の覚悟=SMASH KUSHIDA、惜しくもベルト届かず イサミがJCB参戦”. スポーツナビ (2010年10月30日). 2010年10月30日閲覧。
  10. ^ SMASH初のJCB大会開催、TAJIRI「全キャリアを懸けて」王座戦=見どころ”. スポーツナビ (2010年11月22日). 2010年11月22日閲覧。
  11. ^ TAJIRIが宿敵からFCF王座を奪回ハードコアマッチに客席が大熱狂”. スポーツナビ (2010年11月22日). 2010年11月22日閲覧。
  12. ^ 本来は同月18日に開催予定だったが、11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)の影響で会場が使用不可になり中止。一旦は代替開催日を5月と発表したが、3月末に後楽園ホールの使用許可が出たため急遽開催を発表。余震が続いていたため、避難経路の説明や細心の注意を払う他、東京電力福島第一原子力発電所での事故の影響による東京電力管内電力事情悪化により照明の使用を制限して開催。同時に4月の新宿大会の中止が発表された。
  13. ^ TAJIRI新団体発表「若手を海外に」 - 日刊スポーツ・2012年4月6日
  14. ^ 21世紀の骨のあるヤツ 第27回 古木克明”. ぴあ. 2000年6月13日閲覧。
  15. ^ ハッスルが分裂、新団体スマッシュを設立 元オリックス古木が総合格闘家デビューを目指す]”. sportsnavi. 2009年12月8日閲覧。
  16. ^ 元プロ野球“ドラ1”選手、古木克明が格闘家デビュー!!”. DREAM OFFICIAL WEB SITE. 2010年12月21日閲覧。
  17. ^ 元横浜・古木克明が格闘家デビュー。誰が何と言おうと最高の試合だった!!”. Number. 2011年1月9日閲覧。
  18. ^ スマッシュが総合格闘技大会を開催”. nikkansuports.com. 2010年5月6日閲覧。
  19. ^ 6・26島田裕ニ&小路晃プロデュースでアマチュアDEEPが本格的にスタート”. GBR. 2010年5月6日閲覧。
  20. ^ SMASH (2010年4月17日). “SMASHが『アマチュアDEEP』の大会運営を行うことが決定!”. 2010年4月17日閲覧。
  21. ^ 【JML】DEEP&スマッシュが若手育成・道場対抗戦をコンセプトにした新イベントをスタート”. GBR. 2011年4月1日閲覧。
  22. ^ MMA若手育成のチーム対抗戦開幕。DEEPとスマッシュが協力”. BOUT REVIEW. 2011年4月5日閲覧。

外部リンク[編集]