メルク (ドイツ)

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メルク ケージーエーエー
Merck KGaA
(EMD Chemicals in the United States and Canada)
種類 株式合資会社KGaA
市場情報 FWBMRK
略称 メルク、EMD
本社所在地 ドイツの旗 ドイツ
ダルムシュタット
設立 1668年
業種 化学・医薬品
事業内容 化学品・医薬品研究・開発・製造販売
代表者 カール-ルドウィッグ・クライ(Karl-Ludwig Kley) CEO
売上高 77億ユーロ(2009年)
従業員数 33,062人(2009年)
決算期 12月31日
主要子会社 Merck Serono
関係する人物 Friedrich Jacob Merck 創業者
外部リンク www.merck.de
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メルク(Merck KGaA、FWBMRK北米における名称はEMD、いー・えむ・でぃー)は、ドイツダルムシュタットを本拠とする化学品医薬品メーカーである。

その始まりは17世紀にさかのぼり、現存する医薬品・化学品企業としては世界で最も長い歴史を有しているとされる[1]。メルクの資本の70%は創業家であるメルク家によって所有されており、市場では残りの30%が取引されている[1]

しばしば混同される企業として、アメリカ合衆国ニュージャージー州を拠点とする世界的な製薬企業、メルク(Merck & Co.、メルク・アンド・カンパニー)がある[2]。実際には両社は起源を同一とするものの、互いに全く関係のない別個の企業、企業グループである[2]。アメリカ合衆国のメルクは、「メルク」の名称使用権を北米に限って有しており[2]、日本を含むその他の国や地域では「MSD(Merck Sharp and Dohme)」と名乗っている。

概要[編集]

メルクでは67カ国で約3万8千人の従業員が医薬品・化学品事業に従事しており、化学品分野では、液晶および有機EL関連材料自動車塗装や化粧品向けのパール顔料コンシューマーヘルス関連試薬などのライフサイエンス関連バイオテクノロジー産業向け特殊化学品の製造・販売を行っている[1]。また、医療用医薬品分野では、2007年に設立されたメルクセローノが、領域、神経変性疾患領域、不妊治療領域、内分泌領域、自己免疫疾患および炎症性疾患領域、心血管/代謝領域の治療薬を販売している。

メルクの歴史は、フリードリッヒ・ヤコブ・メルクが1668年、ドイツ・ダルムシュタットで薬局、「天使薬局(Engel-Apotheke)」の経営権を取得したことに始まった。19世紀前半にはアルカロイドの調合に成功、それを紹介した6代目、エマニュエル・メルクによって、それまでの薬局から研究開発を行う製薬企業への業務変革がなされた。さらに1880年頃から1900年頃にかけては本国外のロンドンニューヨークモスクワなどにも拠点を設置、世界的に事業を展開するようになった。

メルク本社の施設群
(ドイツ・ダルムシュタット

しかしながら、第一次世界大戦末期の1918年、メルクがドイツ国外に有していた多くの事業拠点は連合国に接収され、アメリカ合衆国では、メルク(Merck & Co.、メルク・アンド・カンパニー)が新たな独立企業として事業を始めることとなった。

メルクが現在のメルク(Merck KGaA)として株式を一部のみ公開、フランクフルト証券取引所に上場したのは1995年のことである。現在は株式の約30%程度を公開しているが、残りの70%はメルク一族が所有している。また、2010年にはマサチューセッツ州を拠点とする世界的なバイオサイエンス企業、ミリポア(Millipore)を買収してライフサイエンスの分野で事業規模を拡大した[3]

メルク(Merck GKaA)は、アメリカ合衆国を拠点に同じく世界企業へと発展した、メルク(Merck & Co.、メルク・アンド・カンパニー)との区別のため、「ドイツのメルク、ドイツ・メルク(German Merck)」、「メルク・ダルムシュタット(Merck Darmstadt)」などと呼ばれることもある。 正式には米国とカナダのみEMD (Emmanuel Merck Darmstadt)という商標を使い、それ以外の国ではMerckの商標を利用している。

日本での事業[編集]

2007年平成19年)以降、日本での事業は化成品メーカーとしてのメルク株式会社と、純粋な製薬企業であるメルクセローノ株式会社の二社体制となっている。

一時はメルク製薬株式会社という製薬会社も有していたが、その事業分野であったジェネリック医薬品などの取り扱いがリストラされたことから、売却されて消滅した。

メルク株式会社[編集]

1968年昭和43年)、メルクの日本法人として 東京都港区に設立されたメルク・ジャパン株式会社(エー・メルク・ヤーパン株式会社[3]が始まりである。メルク株式会社は現在、ディスプレイ用液晶材料の主要サプライヤーとしても知られ、約700名の従業員を雇用している[4]

1975年昭和50年)には、神奈川県厚木市近郊に配送センター(厚木事業所)を建設し、1991年平成3年)には本社を現在地である東京都目黒区(目黒雅叙園・アルコタワー)に移転した。2002年平成14年)、メルク株式会社に社名変更。2007年平成19年)には医薬品事業を分離し、新たに設立されたメルクセローノ株式会社に統合した。

2011年平成23年)11月には、その前年にメルク(Merck KGaA)がアメリカ合衆国のバイオサイエンス企業、ミリポア(Millipore Corp.)を買収したのに伴って、同社の日本法人であった日本ミリポア株式会社を統合した[4]

メルクセローノ株式会社[編集]

メルクセローノ株式会社(東京・白金)は、2007年平成19年)10月に設立されたメルクセローノの日本法人である。

スイス、セローノ社の日本法人として1976年昭和51年)から事業を行っていたセローノ・ジャパン株式会社に、メルク株式会社の医療用医薬品事業部を分離・統合することによって設立され、主に、「」、「不妊症」、「内分泌代謝」の3領域における治療薬の開発・販売を行っている[5]

メルク製薬株式会社[編集]

1998年平成10年)1月、メルク(Merck KGaA)は日本での医薬品事業への参入を目的に、スウェーデンの製薬企業(当時)アストラの日本法人(当時)、アストラ・ジャパンから、「保栄事業部[6]」を買収、メルク・ホエイ株式会社を設立してジェネリック医薬品ビジネスに参入した[7][8]。商品にはジェネリック医薬品の他、アナフィラキシーショックの補助治療薬「エピペン注射液」などがあった。

その後、2001年平成13年)10月には、ナガセ医薬品株式会社の医薬営業部門を統合、2005年平成17年)1月には模範薬品を合併して事業を拡大、2006年平成18年)7月にはメルク・ホエイをメルク(Merck KGaA)の完全子会社として、「メルク製薬株式会社」に社名変更した[8]

しかしながら2007年平成19年)5月、メルク(Merck KGaA)はジェネリック医薬品事業をアメリカ合衆国のマイランに売却して同事業から撤退、2008年平成20年)5月、日本のメルク製薬もマイラン製薬(東京)に吸収されて消滅した。

脚注[編集]

  1. ^ a b c メルクグループ Merck KGaA, Darmstadt, Germany 最新版 18/04/2011、平成23年12月7日閲覧
  2. ^ a b c メルクはメルクとは違います Merck KGaA, Darmstadt, Germany 最新版 31/10/2011、平成23年12月7日閲覧
  3. ^ a b 会社沿革 Merck KGaA, Darmstadt, Germany 最新版 31/10/2011、平成23年12月7日閲覧
  4. ^ a b メルク株式会社 Merck KGaA, Darmstadt, Germany 最新版 28/10/2011、平成23年12月7日閲覧
  5. ^ メルクセローノ株式会社 Merck KGaA, Darmstadt, Germany 最新版 24/10/2011、平成23年12月7日閲覧
  6. ^ 1950年昭和25年)に設立された保栄薬工(ほえいやっこう)株式会社を前身とする
  7. ^ マイラン製薬について マイラン製薬株式会社、平成23年12月7日閲覧
  8. ^ a b Shipper マイラン製薬 Cargoリポート, 2009 January

外部リンク[編集]