トマーシュ・ロシツキー
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| 名前 | |||||||
| 本名 | Tomáš Rosický | ||||||
| 愛称 | リトル・モーツァルト[1] | ||||||
| ラテン文字 | Tomas ROSICKY | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | |||||||
| 生年月日 | 1980年10月4日(31歳) | ||||||
| 出身地 | プラハ | ||||||
| 身長 | 180cm[2] | ||||||
| 体重 | 70kg[2] | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| 在籍チーム | |||||||
| ポジション | MF | ||||||
| 背番号 | 7 | ||||||
| 利き足 | 右足 | ||||||
| ユースクラブ1 | |||||||
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| クラブチーム1 | |||||||
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| 代表歴 2 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2011年7月21日現在。 2. 2011年10月11日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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トマーシュ・ロシツキー(Tomáš Rosický, 1980年10月4日 - )はチェコ・プラハ出身の同国代表、プレミアリーグ、アーセナルFC所属のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。
目次 |
[編集] クラブ経歴
かつてACスパルタ・プラハに所属していたサッカー選手である父イジー[2]と卓球選手であった母エヴァ[2]の間にプラハで生を受けた。ČKDコンプレソリー・プラハでサッカーを始め、兄イジーとともに1987年にスパルタ・プラハに加入した。1999年4月14日に行われたカップ戦の1.FCブルノ戦でトップチームデビューを果たすと、5月16日に行われたFKヤブロネツ97戦でリーグデビューを飾り、その後の2試合もスターティングメンバーとして試合に出場した[3]。翌シーズンからは多くの出場機会を与えられ、9月11日に行われ7-0で勝利したSKディナモ・チェスケー・ブジェヨヴィツェ戦で2ゴールを挙げ、初ゴールを記録した[3]。スパルタ・プラハでレギュラーとして活躍し、チャンピオンズリーグでも印象深い活躍を見せ、インテルナツィオナーレ・ミラノ、SSラツィオ(ともにイタリア・セリエA)、バイエルン・ミュンヘン(ドイツ・ブンデスリーガ1部)、アーセナルFC(FAプレミアリーグ)などのビッグクラブから獲得のオファーが来る中、2000-01シーズン途中、当時ブンデスリーガ史上最高額の2500万マルクの移籍金でボルシア・ドルトムントに移籍した[4]。
ボルシア・ドルトムントでは10番を与えられ、2001年1月14日に行われたDFBハレンポカールでドルトムントデビューを飾り、2001年2月2日に行われたTSV1860ミュンヘン戦に60分から出場し、ブンデスリーガデビューを果たした[3]。 2001年8月11日のVfLヴォルフスブルク戦で初ゴールを挙げ[3]、2001-02シーズンは中心選手として、チームの優勝、マイスターシャーレ獲得に貢献し、フェイエノールトに敗れはしたが、チームはUEFAカップの決勝にも進出した[5]。2003-04シーズンは、UEFAチャンピオンズリーグ本戦への出場を逃し[6]、自身も2004年2月28日のブレーメン戦で腕を骨折するなど苦しんだ[7]。チームの財政難から移籍話が絶えず、自身も2005-06シーズン終了後にはドルトムントからの移籍を希望し[8]、一時はアトレティコ・マドリードと合意間近と見られていたが[9]、最終的にアーセナルへと移籍した[10]。
2006年5月23日にアーセナルと契約を結んだ[4][11]。移籍金の額は公表されていないが、1000万ユーロだと言われている。8月8日に行われたチャンピオンズリーグ予備予選3回戦のディナモ・ザグレブ戦でデビューを飾り、9月13日に行われたハンブルガーSV戦でロングレンジからシュートを決め、初ゴールを記録した。リーグ戦での初ゴールは、2007年2月11日に行われたウィガン・アスレティックFC戦で決めたものである[12]。
2008年1月26日に行われたFAカップのニューカッスル・ユナイテッドFC戦でハムストリングを負傷[13]。当初は数週間で復帰する見込であると伝えられていたが、最終的に残りのシーズンを欠場することとなった。オフに手術を受け、9月に復帰する予定であるとされていたが怪我は完治せず、11月に2度目の手術を受けた[13]。 長いリハビリを経て2009年5月14日に全体練習に復帰したが[14]、アーセン・ヴェンゲル監督の判断により、2008-09シーズンは一試合も出場することなくシーズンを終えた。
2009年7月18日に行われたバーネットFCとのプレシーズンマッチにキャプテンマークを巻いて前半の45分間に出場し、18ヶ月ぶりにピッチに立った[15]。復帰戦となった9月12日に行われたマンチェスター・シティFC戦には52分から出場し、2-4で敗れたものの、1ゴール、1アシストの活躍を見せた[16]。
[編集] 代表経歴
各年代の代表を経た後、2000年2月23日の対アイルランド戦でA代表デビュー[17]。同年に開催されたEURO2000にも出場した。EURO2004では、10番を背負い、準決勝まで進んだチェコ代表チームにおいて5試合中4試合に出場、2006 FIFAワールドカップでは3試合に出場しグループリーグ突破はならなかったものの、アメリカ代表戦では印象的なミドルシュートを含む2得点を挙げた[18]。ワールドカップ終了後には、パベル・ネドベドの代表引退に伴い、史上最年少でキャプテンに指名された[19]。EURO2008もチームの中心として活躍を期待されたが、シーズン中に負った膝の怪我が完治せず、エントリーは見送られた[20]。
2009年9月9日に行われたワールドカップ予選のサンマリノ代表戦にスターティングメンバーとして56分間出場し、怪我から回復して初めて公式戦のピッチに立った[21]。
[編集] 代表で記録したゴール
2011年2月10日現在
[編集] 獲得タイトル
- ガンブリヌス・リーガ:1998-99、1999-2000
- ブンデスリーガ:2001-02
- チェコ年間最優秀選手:2001、2002、2006年
[編集] 個人成績
| 所属クラブ | シーズン | 背番号 | リーグ戦 | カップ戦[22] | UEFA主催[23] | 期間通算 | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | アシスト | 出場 | 得点 | アシスト | 出場 | 得点 | アシスト | 出場 | 得点 | アシスト | |||
| スパルタ・プラハ | 1998–99 | 25 | 3 | 0 | - | 2 | 0 | - | 0 | 0 | - | 5 | 0 | - |
| 1999-00 | 25 | 24 | 5 | - | 2 | 1 | - | 12 | 2 | - | 38 | 8 | - | |
| 2000-01 | 25 | 14 | 3 | - | 2 | 0 | - | 8 | 1 | - | 24 | 4 | - | |
| 期間通算 | 67 | 12 | - | |||||||||||
| ボルシア・ドルトムント | 2000–01 | 10 | 15 | 0 | - | 1 | 0 | - | 0 | 0 | - | 16 | 0 | - |
| 2001–02 | 10 | 30 | 5 | - | 2 | 0 | - | 15 | 1 | - | 47 | 6 | - | |
| 2002–03 | 10 | 30 | 3 | - | 2 | 0 | - | 7 | 3 | - | 39 | 6 | - | |
| 2003–04 | 10 | 19 | 2 | - | 4 | 2 | - | 4 | 0 | - | 27 | 4 | - | |
| 2004–05 | 10 | 27 | 4 | - | 2 | 0 | - | 0 | 0 | - | 29 | 4 | - | |
| 2005–06 | 10 | 28 | 5 | - | 0 | 0 | - | 0 | 0 | - | 28 | 5 | - | |
| 期間通算 | 178 | 25 | - | |||||||||||
| アーセナル | 2006-07 | 7 | 26 | 3 | 3 | 5 | 2 | 1 | 6 | 1 | 0 | 37 | 6 | 4 |
| 2007-08 | 7 | 18 | 6 | 2 | 1 | 0 | 0 | 5 | 1 | 0 | 24 | 7 | 2 | |
| 2008-09 | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | |
| 2009-10 | 7 | 25 | 3 | 4 | 1 | 0 | 0 | 7 | 0 | 1 | 33 | 3 | 5 | |
| 2010-11 | 7 | 21 | 0 | 2 | 8 | 1 | 2 | 5 | 0 | 1 | 34 | 1 | 5 | |
| 期間通算 | 128 | 17 | 16 | |||||||||||
- (2011年7月1日現在)
[編集] 補足
- 小さい頃から憧れていた選手は元ドイツ代表ローター・マテウス。ドルトムント時代は、同じくチェコ代表の長身プレイヤー・コレルと共にディーノ(恐竜)とベイビー(子供)という愛称で呼ばれた。
- デビュー時からナイキ製のスパイクを使用していたが、2007-08シーズンのプレシーズンマッチではプーマ製のスパイクを使用し、2009-10シーズンからはプーマ製のスパイクを使用している。
- リトル・モーツァルトと呼ばれているが、モーツァルトの身長は160cmなので、モーツァルトよりも20cmほど大きい。
[編集] 脚注
- ^ Little Mozart goes home intending to upset his first love
- ^ a b c d Rosicky profil
- ^ a b c d Tomas Rosicky
- ^ a b Arsenal secure Rosicky transfer
- ^ Feyenoord 3-2 Dortmund
- ^ Former champions Dortmund fall
- ^ ROSICKY ENJOYING EURO 2004
- ^ ロシツキー「アトレティコ・マドリーでプレーしたい。全ては夏に解決するよ」
- ^ A・マドリー、1000万ユーロでロシツキー獲得へ
- ^ ロシツキー、小さなサッカー大国から世界へ
- ^ Czech midfielder Rosicky signs for Arsenal
- ^ Arsenal 2-1 Wigan
- ^ a b ロシツキーがひざを再手術
- ^ Rosicky - I was nervous before first session
- ^ Tomas Rosicky injury stuns Arsenal as Czech star is ruled out for six weeks
- ^ City fire out title warning
- ^ Rosicky reprezentace
- ^ United States 0-3 Czech Republic
- ^ ロシツキーが25歳でチェコ代表キャプテンに
- ^ ロシツキー、EURO出場を断念
- ^ Czech Republic 7-0 San Marino
- ^ ドイツのカップ戦はDFBハレンポカール、DFBポカール、DFBリーガポカールを、イングランドのカップ戦はFAカップ、リーグカップ、コミュニティーシールドを含む。
- ^ チャンピオンズリーグ予備予選、チャンピオンズリーグ、UEFAカップ。
[編集] 外部リンク
- OFFICIAL Tomas Rosicky オフィシャルウェブサイト。(チェコ語)(英語)
- プロフィール クラブ公式サイトのプロフィール。(英語)
- プロフィール チェコサッカー協会のプロフィール。(チェコ語)
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1 アルムニア | 2 ディアビ | 3 サニャ | 4 メルテザッカー | 5 フェルメーレン | 6 コシールニー | 7 ロシツキー | 8 アルテタ | 9 朴 | 10 ファン・ペルシ | 11 A・サントス | 12 アンリ | 13 シュチェスニー | 14 ウォルコット | 15 チェンバレン | 16 ラムジー | 17 ソング | 18 スキラシ | 19 ウィルシャー | 20 ジュルー | 21 ファビアンスキ | 23 アルシャヴィン | 25 ジェンキンソン | 27 ジェルヴィーニョ | 28 ギブス | 29 シャマフ | 30 ベナユン | 39 コクラン 監督: ベンゲル |
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