トマーシュ・ロシツキー

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トマーシュ・ロシツキー Football pictogram.svg
Tomas Rosicky 2007.jpg
名前
本名 Tomáš Rosický
愛称 リトル・モーツァルト[1]
カタカナ トマーシュ・ロシツキー
基本情報
国籍 チェコの旗 チェコ
生年月日 1980年10月4日(34歳)
出身地 プラハ
身長 178cm[2]
体重 65kg[2]
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 アーセナル
ポジション MF(OMF)
背番号 7
利き足 右足
ユース
1986-1987
1987-1998
チェコの旗 ČKDコンプレソリー・プラハ
チェコの旗 スパルタ・プラハ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1998-2001
2001-2006
2006-
チェコの旗 スパルタ・プラハ
ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント
イングランドの旗 アーセナル
41 (8)
149 (20)
158 (17)
代表歴2
1995-1996
1996
1997-1998
1998-1999
1999
2000-
チェコの旗 チェコ U-15
チェコの旗 チェコ U-16
チェコの旗 チェコ U-17
チェコの旗 チェコ U-18
チェコの旗 チェコ U-21
チェコの旗 チェコ
10 (0)
12 (5)
16 (6)
9 (3)
2 (0)
99 (22)[3]
1. 国内リーグ戦に限る。2014年10月25日現在。
2. 2014年11月16日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

トマーシュ・ロシツキーTomáš Rosický, チェコ語発音: [ˈtomaːʃ ˈrosɪt͡skiː] , 1980年10月4日 - )はチェコプラハ出身の同国代表サッカー選手プレミアリーグアーセナルに所属している。ポジションはミッドフィールダー。チェコ代表ではキャプテンを務める。

クラブ経歴[編集]

ドルトムント時代

かつてスパルタ・プラハに所属していたサッカー選手である父イジー[2]卓球選手であった母エヴァ[2]の間にプラハで生を受けた。ČKDコンプレソリー・プラハでサッカーを始め、兄イジーとともに1987年にスパルタ・プラハに加入した。1999年4月14日に行われたカップ戦の1.FCブルノ戦でトップチームデビューを果たすと、5月16日に行われたFKヤブロネツ97戦でリーグデビューを飾り、その後の2試合もスターティングメンバーとして出場した[4]。翌シーズンからは多くの出場機会を与えられ、9月11日に行われ7-0で勝利したSKディナモ・チェスケー・ブジェヨヴィツェ戦で2得点を挙げ、初得点を記録した[4]。スパルタ・プラハでレギュラーとして活躍し、チャンピオンズリーグでも印象深い活躍を見せ、インテルラツィオ(ともにセリエA)、バイエルン・ミュンヘンブンデスリーガ1部)、アーセナルプレミアリーグ)などのビッグクラブから獲得のオファーが来る中、2000-01シーズン途中に当時ブンデスリーガ史上最高額の2500万マルク移籍金ボルシア・ドルトムントに移籍した[5]

ボルシア・ドルトムントでは10番を与えられ、2001年1月14日に行われたDFBハレンポカールでドルトムントデビューを飾り、2001年2月2日に行われた1860ミュンヘン戦に60分から出場し、ブンデスリーガデビューを果たした[4]2001年8月11日VfLヴォルフスブルク戦で初得点を挙げ[4]、2001-02シーズンは中心選手として、チームの優勝、マイスターシャーレ獲得に貢献し、フェイエノールトに敗れはしたが、チームはUEFAカップの決勝にも進出した[6]。2003-04シーズンは、UEFAチャンピオンズリーグ本戦への出場を逃し[7]、自身も2004年2月28日ブレーメン戦で腕を骨折するなど苦しんだ[8]。チームの財政難から移籍話が絶えず、自身も2005-06シーズン終了後にはドルトムントからの移籍を希望し[9]、一時はアトレティコ・マドリードと合意間近と見られていたが[10]、最終的にアーセナルへと移籍した[11]

2006年5月23日にアーセナルと契約を結んだ[5][12]。移籍金の額は公表されていないが、1000万ユーロだと言われている。8月8日に行われたチャンピオンズリーグ予備予選3回戦のディナモ・ザグレブ戦でデビューを飾り、9月13日に行われたハンブルガーSV戦でロングレンジからシュートを決め、初得点を記録した。リーグ戦初得点は、2007年2月11日に行われたウィガン・アスレティック戦で決めたものである[13]

2008年1月26日に行われたFAカップニューカッスル・ユナイテッド戦でハムストリングを負傷[14]。当初は数週間で復帰する見込であると伝えられていたが、最終的に残りのシーズンを欠場することとなった。オフに手術を受け、9月に復帰する予定であるとされていたが怪我は完治せず、11月に2度目の手術を受けた[14]。 長いリハビリを経て2009年5月14日に全体練習に復帰したが[15]アーセン・ヴェンゲル監督の判断により、2008-09シーズンは一試合も出場することなくシーズンを終えた。

2009年7月18日に行われたバーネットとのプレシーズンマッチにキャプテンマークを巻いて前半の45分間に出場し、18ヶ月ぶりにピッチに立った[16]。復帰戦となった9月12日に行われたマンチェスター・シティ戦には52分から出場し、2-4で敗れたものの、1ゴール、1アシストの活躍を見せた[17]

代表経歴[編集]

各年代の代表を経た後、2000年2月23日アイルランド代表戦でA代表デビュー[18]。同年に開催されたEURO2000にも出場した。EURO2004では、10番を背負い、準決勝まで進んだチェコ代表チームにおいて5試合中4試合に出場、2006 FIFAワールドカップでは3試合に出場しグループリーグ突破はならなかったものの、アメリカ代表戦では印象的なミドルシュートを含む2得点を挙げた[19]。ワールドカップ終了後には、パベル・ネドベドの代表引退に伴い、史上最年少でキャプテンに指名された[20]EURO2008は、シーズン中に負った膝の怪我が完治せず、招集は見送られた[21]

2009年9月9日に行われたワールドカップ予選サンマリノ代表戦にスターティングメンバーとして56分間出場し、怪我から回復して初めて公式戦のピッチに立った[22]

代表で記録したゴール[編集]

2014年3月5日現在

ゴール 日付 会場 対戦国 スコア 結果 大会 詳細
1. 2001年10月6日 レトナ・スタジアムプラハ ブルガリアの旗 ブルガリア 1–0 6–0 2002 FIFAワールドカップ予選 [1]
2. 5–0 [2]
3. 2002年8月21日 アンドルーヴ・スタディオンオロモウツ スロバキアの旗 スロバキア 3–1 4–1 親善試合 [3]
4. 4–1 [4]
5. 2002年10月12日 スタディオヌル・リパブリカンキシナウ モルドバの旗 モルドバ 2–0 2–0 UEFA EURO2004予選 [5]
6. 2003年4月30日 ナ・スティナドレフテプリツェ トルコの旗 トルコ 1–0 4–0 親善試合 [6]
7. 2004年2月18日 スタディオ・レンツォ・バルベラパレルモ イタリアの旗 イタリア 2–2 2–2 親善試合 [7]
8. 2004年6月2日 レトナ・スタジアムプラハ ブルガリアの旗 ブルガリア 3–0 3–1 親善試合 [8]
9. 2004年10月13日 リパブリカン・スタジアムエレバン アルメニアの旗 アルメニア 2–0 3–0 2006 FIFAワールドカップ予選 [9]
10. 2005年3月26日 ナ・スティナドレフテプリツェ フィンランドの旗 フィンランド 2–0 4–3 2006 FIFAワールドカップ予選 [10]
11. 2005年3月30日 エスタディ・コムナル・ダンドラ・ラ・ベリャアンドラ・ラ・ベリャ アンドラの旗 アンドラ 4–0 4–0 2006 FIFAワールドカップ予選 [11]
12. 2005年6月4日 ウ・ニシ・スタジアムリベレツ アンドラの旗 アンドラ 6–1 8–1 2006 FIFAワールドカップ予選 [12]
13. 2005年6月8日 ナ・スティナドレフテプリツェ マケドニア共和国の旗 マケドニア 5–1 6–1 2006 FIFAワールドカップ予選 [13]
14. 2005年10月12日 ヘルシンキ・オリンピック・スタジアムヘルシンキ フィンランドの旗 フィンランド 1–0 3–0 2006 FIFAワールドカップ予選 [14]
15. 2005年11月16日 レトナ・スタジアムプラハ ノルウェーの旗 ノルウェー 1–0 1–0 2006 FIFAワールドカップ予選 [15]
16. 2006年6月12日 ヴェルティンス・アレーナゲルゼンキルヒェン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 2–0 3–0 2006 FIFAワールドカップ [16]
17. 3–0 [17]
18. 2007年9月8日 スタディオ・オリンピコサン・マリノ サンマリノの旗 サンマリノ 1–0 3–0 EURO2008予選 [18]
19. 2007年11月17日 レトナ・スタジアムプラハ スロバキアの旗 スロバキア 3–0 3–1 EURO2008予選 [19]
20. 2011年2月9日 スタディオ・アルト・ドロシナプーラ クロアチアの旗 クロアチア 2–2 2–4 親善試合 [20]
21. 2013年9月6日 レトナ・スタジアムプラハ アルメニアの旗 アルメニア 1–1 1–2 2014 FIFAワールドカップ予選 [21]
22. 2014年3月5日 レトナ・スタジアムプラハ ノルウェーの旗 ノルウェー 1–0 2–2 親善試合 [22]

獲得タイトル[編集]

チェコの旗 スパルタ・プラハ
ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント
イングランドの旗 アーセナル
個人

個人成績[編集]

所属クラブ シーズン 背番号 リーグ戦 カップ戦[23] UEFA主催[24] 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
スパルタ・プラハ 1998–99[25] 25 3 0 2 0 0 0 5 0
1999-2000[25] 25 24 5 3 1 12 2 39 8
2000-01[25] 25 14 3 2 0 7 1 23 4
期間通算 41 8 7 1 19 3 67 12
ボルシア・ドルトムント 2000–01 10 15[26] 0[26] 1 0 0 0 16 0
2001–02 10 30[26] 5[26] 2 0 15 1 47 6
2002–03 10 30[26] 4[26] 2 0 7 3 39 7
2003–04 10 19[26] 2[26] 4 2 4 0 27 4
2004–05 10 27[26] 4[26] 2 0 0 0 29 4
2005–06 10 28[26] 5[26] 0 0 0 0 28 5
期間通算 149 20 11 2 26 4 186 25
アーセナル 2006-07 7 26 3 5 2 6 1 37 6
2007-08 7 18 6 1 0 5 1 24 7
2008-09 7 0 0 0 0 0 0 0 0
2009-10 7 25 3 1 0 7 0 33 3
2010-11 7 21 0 8 1 5 0 34 1
2011-12 7 28 1 2 0 8 1 38 2
2012-13 7 10 2 3 0 3 1 16 3
2013-14 7 27 2 4 1 8 0 39 3
2014-15 7 3 0 2 0 3 0 8 0
期間通算 158 17 26 4 45 4 229 25
(2014年11月4日現在)

パーソナルライフ[編集]

ロシツキーはディフェンスの選手として15年のキャリアを送ったサッカー選手であるイジーの息子である。2013年6月にガールフレンドのラドカ・コクロヴァの間に息子トマーシュを授かり[27]、2014年5月に交際11年目にして入籍をした[28]

18ヶ月間怪我でピッチから離れていた時にギターの腕を磨き、チェコのロックバンドである「トゥリ・セストリィ」のコンサートで演奏を披露した[29]

脚注[編集]

  1. ^ Little Mozart goes home intending to upset his first love
  2. ^ a b c d Player Profile
  3. ^ Tomáš Rosický - STATISTIKY REPREZENTANTŮ”. FOTBAL.CZ. 2014年11月16日閲覧。
  4. ^ a b c d Tomas Rosicky
  5. ^ a b Arsenal secure Rosicky transfer
  6. ^ Feyenoord 3-2 Dortmund
  7. ^ Former champions Dortmund fall
  8. ^ ROSICKY ENJOYING EURO 2004
  9. ^ ロシツキー「アトレティコ・マドリーでプレーしたい。全ては夏に解決するよ」
  10. ^ A・マドリー、1000万ユーロでロシツキー獲得へ
  11. ^ ロシツキー、小さなサッカー大国から世界へ
  12. ^ Czech midfielder Rosicky signs for Arsenal
  13. ^ Arsenal 2-1 Wigan
  14. ^ a b ロシツキーがひざを再手術
  15. ^ Rosicky - I was nervous before first session
  16. ^ Tomas Rosicky injury stuns Arsenal as Czech star is ruled out for six weeks
  17. ^ City fire out title warning
  18. ^ Rosicky reprezentace
  19. ^ United States 0-3 Czech Republic
  20. ^ ロシツキーが25歳でチェコ代表キャプテンに
  21. ^ ロシツキー、EURO出場を断念
  22. ^ Czech Republic 7-0 San Marino
  23. ^ ドイツのカップ戦はDFBハレンポカールDFBポカールDFBリーガポカールを、イングランドのカップ戦はFAカップリーグカップコミュニティーシールドを含む。
  24. ^ チャンピオンズリーグ予備予選、チャンピオンズリーグ、UEFAカップ
  25. ^ a b c Sparta Praha
  26. ^ a b c d e f g h i j k l Borussia Dortmund
  27. ^ Tomáš Rosický je otcem, Radka Kocurová porodila syna
  28. ^ Tomáš Rosický a Radka Kocurová se po 11 letech vzali
  29. ^ Rock on, Tommy! Arsenal maestro Rosicky turns guitar hero to serenade Chelsea keeper Petr Cech

外部リンク[編集]