ラデク・ベイブル
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| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Radek Bejbl | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1972年8月29日(40歳) | |||||
| 出身地 | ニムブルク | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 (得点) | ||||
| 1990-1996 1996-2000 2000-2002 2002-2005 2005-2007 2007-2008 |
154 (28) 105 (2) 26 (0) 83 (2) 59 (3)) 8 (0) |
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| 代表歴 | ||||||
| 1992-1993 1995-2001 |
2 (0) 56 (3) |
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| 1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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ラデク・ベイブル(Radek Bejbl, 1972年8月29日 -)は、チェコの元サッカー選手。ポジションはMF(守備的MF)。
経歴 [編集]
1990年に18歳でSKスラヴィア・プラハへ入団し、選手生活をスタートすると、すぐに頭角を現し1995-96シーズンにガンブリヌス・リーガ優勝、UEFAカップベスト16進出に貢献した。この活躍によりスカウトの関心を集め、1996年にスペイン・プリメーラ・ディビシオンのアトレティコ・マドリードへ移籍した。アトレティコでもレギュラーに定着し、リーグ通算105試合に出場し、1996-97シーズンのUEFAチャンピオンズリーグベスト8進出や、1999年と2000年のコパ・デルレイ準優勝に貢献したが、タイトルとは縁がなく、2000年に2部降格が決まるとクラブを去り、フランス・リーグアンのRCランスへ移籍した。その後はSKスラヴィア・プラハ、オーストリアのラピード・ウィーン、FCスロヴァン・リベレツを渡り歩き、2008年に現役を引退した。
チェコスロバキア代表として、1992年1月4日のエジプト戦で代表デビューを飾り、国際Aマッチ2試合に出場した。1995年からはチェコ代表に選出。1996年の欧州選手権1次リーグ第2戦、対イタリア戦では決勝ゴールを決める活躍を見せ、同国の大会準優勝に貢献した。しかし1997年のFIFAワールドカップ・フランス大会予選ではスペインに競り負け、ワールドカップ出場は叶わなかった。UEFA欧州選手権2000に出場し、2001年6月6日の北アイルランド戦(試合は3-1でチェコの勝利)を最後に代表から退いた。チェコ代表通算では国際Aマッチ56試合に出場し、3得点を記録した。
外部リンク [編集]
- Profil auf fotbal.idnes.cz(チェコ語)
- Karriereverlauf(チェコ語)
- Landerspielstatistik(チェコ語)
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