サッカー北アイルランド代表

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サッカー北アイルランド代表
国または地域 北アイルランドの旗 北アイルランド
協会 アイリッシュ・フットボール・アソシエーション
愛称 Green & White Army
Norn Iron
監督 ナイジェル・ワージントン
最多出場選手 パット・ジェニングス(119試合)
最多得点選手 デイビット・ヒーリー(19得点)
初の国際試合 1882年2月18日イングランド
0-13
最大差勝利試合 1930年2月1日ウェールズ
7-0
最大差敗戦試合 1882年2月18日イングランド
0-13
W杯出場回数 3回
W杯初出場 1958 FIFAワールドカップ
W杯最高成績 ベスト8(1958
欧州選手権出場数 0回
欧州選手権最高成績

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サッカー北アイルランド代表Northern Ireland national football team)はアイルランドサッカー協会(en:Irish Football Association)により編成される北アイルランドサッカーのナショナルチームである。

アイルランド島の内アルスター6州から構成されるアイルランド北部を代表する。1922年にアイルランド自由国が成立し、アイルランド自由国から代表チームが構成される以前は、アイルランドは統一されたアイルランドサッカー協会(アイリッシュ・フットボール・アソシエーション)とサッカーアイルランド代表を有していた。これらの協会、代表の歴史は北アイルランドによって継承されている。

目次

[編集] 歴史

[編集] 誕生

イングランドで産声を上げたサッカーは、先ずスコットランド、ウェールズ、アイルランドといった連合王国に広まっていった。そのためアイルランドでの協会の設立は1880年と比較的早く、さらに1882年は最初の国際試合がイングランドとの間で行われた。この年の2月18日にベルファストで行われた試合ではイングランドに0-12と大敗し、これが現在に至るまで北アイルランドの最大失点での敗北となっている。

そして、この時点での協会及び代表はアイルランド島全島で統一された協会、ナショナルチームであった。即ちこの協会はアイルランドサッカー協会、代表はアイルランド代表と呼称されるものであった。

[編集] 分裂

19世紀から20世紀までの一連の独立運動を経て、アイルランドはイギリスと英愛条約を締結し、アイルランド島26州がイギリスから分離、アイルランド自由国を成立させた。これによりサッカーのナショナルチームは北部6州からなる協会、ナショナルチームと、アイルランド自由国を代表する協会、ナショナルチームの2つに分かれることになった。但し、分裂された側となる北部6州はそれまでのアイルランドサッカー協会を継続し続け、一方のアイルランド自由国では新しいサッカー協会(フットボール・アソシエーション・オブ・アイルランド)を設立した為、それ以前の協会、及び協会によって編成される代表の経歴に関しては北部6州の協会、代表によって受け継がれることになった。

但し、以降北部6州をからなるナショナルチームに関しては「北アイルランド代表」と呼称される事になった。

尚、ラグビーユニオンに関しては、アイルランド全島で統一された協会及びナショナルチームがこれ以降も継続された。このためラグビーのナショナルチームに関しては現在も「アイルランド代表」と呼称されている。

[編集] ワールドカップの成績

  • 1930 - 不参加
  • 1934 - 不参加
  • 1938 - 不参加
  • 1950 - 予選敗退
  • 1954 - 予選敗退
  • 1958 - ベスト8
  • 1962 - 予選敗退
  • 1966 - 予選敗退
  • 1970 - 予選敗退
  • 1974 - 予選敗退
  • 1978 - 予選敗退
  • 1982 - 2次ラウンド敗退
  • 1986 - グループリーグ敗退
  • 1990 - 予選敗退
  • 1994 - 予選敗退
  • 1998 - 予選敗退
  • 2002 - 予選敗退
  • 2006 - 予選敗退

[編集] 欧州選手権の成績

[編集] 選手

[編集] GK

[編集] DF

[編集] MF

[編集] FW

[編集] 外部リンク