サッカー南アフリカ共和国代表
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| 国または地域 | |
|---|---|
| 協会 | 南アフリカ共和国サッカー協会 |
| 愛称 | Bafana Bafana |
| 監督 | |
| 最多出場選手 | ショーン・バートレット(74試合) |
| 最多得点選手 | ショーン・バートレット ベネディクト・マッカーシー(28得点) |
| 初の国際試合 | 1947年5月10日対オーストラリア 2-1 |
| 最大差勝利試合 | 1955年9月17日対オーストラリア 8-0 |
| 最大差敗戦試合 | 1947年6月7日対オーストラリア 1-5 |
| FIFAワールドカップ | |
| 出場回数 | 2回 |
| 初出場 | 1998 FIFAワールドカップ |
| 最高成績 | 本大会出場(1998、2002) |
| アフリカネーションズカップ | |
| 出場回数 | 6回 |
| 最高成績 | 優勝(1996) |
サッカー南アフリカ共和国代表(South Africa national football team)は、南アフリカ共和国サッカー協会により構成されるサッカーのナショナルチーム。
アパルトヘイト政策により、長らくFIFAからの制裁を受けていたが、1991年に制裁を解かれ、国際舞台への復帰を果たすと1996年のアフリカネーションズカップで優勝、さらに1998年のフランスW杯に初出場し、アフリカを代表するナショナルチームとして成長を遂げた。この時の監督は元日本代表監督のフィリップ・トルシエであった。
2002年の日韓W杯にも2大会連続で出場を果たしたが、2006年のドイツW杯は予選でガーナに出場権を獲得される形で敗退している。
しかし、2010年のワールドカップは地元開催が決定しており、名将カルロス・アルベルト・パレイラを監督に招聘。ホスト国としての準備や強化、育成に注目が集まっていたが、2008年にパレイラは癌にかかった妻の介護のために辞任。後任として、Jリーグのベガルタ仙台を指揮した経験を持つジョエル・サンタナが就任した。2010年のアフリカ選手権予選では、8大会ぶりの予選敗退を喫した。
目次 |
[編集] ワールドカップの成績
- 1930 - 不参加
- 1934 - 不参加
- 1938 - 不参加
- 1950 - 不参加
- 1954 - 不参加
- 1958 - 不参加
- 1962 - 不参加
- 1966 - 不参加(FIFAの制裁下による)
- 1970 - 不参加(FIFAの制裁下による)
- 1974 - 不参加(FIFAの制裁下による)
- 1978 - 不参加(FIFAの制裁下による)
- 1982 - 不参加(FIFAの制裁下による)
- 1986 - 不参加(FIFAの制裁下による)
- 1990 - 不参加(FIFAの制裁下による)
- 1994 - 予選敗退
- 1998 - 1次リーグ敗退
- 2002 - 1次リーグ敗退
- 2006 - 予選敗退
- 2010 - 本大会出場(開催国)
-
- なお、この大会の予選は同年開催のアフリカネイションズカップの予選も兼ねているため、予選自体には参加した
[編集] アフリカネイションズカップの成績
- 1957 - アパルトヘイトにより参加資格喪失
- 1959~92 - CAFから追放、参加不可
- 1994 - 予選敗退
- 1996 - 優勝
- 1998 - 2位
- 2000 - 3位
- 2002 - ベスト8
- 2004 - 1次リーグ敗退
- 2006 - 1次リーグ敗退
- 2008 - 1次リーグ敗退
- 2010 - 予選敗退
[編集] 歴代監督
フィリップ・トルシエ(フランス)1998
カルロス・ケイロス(ポルトガル)1999 - 2002
スチュワート・バクスター(イングランド)2004 - 2005
カルロス・アルベルト・パレイラ(ブラジル)2006 - 2008
ジョエル・サンタナ(ブラジル)2008 -
[編集] 選手
[編集] GK
[編集] DF
[編集] MF
[編集] FW
[編集] 関連項目
- ズールー語 - 代表チームの愛称である『Bafana Bafana』(バファナ・バファナ)は、ズールー語で「少年たち」という意味
[編集] 外部リンク
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