ジョアン・モウティーニョ
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| 名前 | |||||||
| 本名 | ジョアン・フィリペ・イリア・サントス・モウティーニョ | ||||||
| ラテン文字 | João MOUTINHO | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | |||||||
| 生年月日 | 1986年9月8日(25歳) | ||||||
| 出身地 | ファーロ県, ポルティモン | ||||||
| 身長 | 170cm | ||||||
| 体重 | 63kg | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| 在籍チーム | |||||||
| ポジション | MF | ||||||
| 背番号 | 8 | ||||||
| 利き足 | 右足 | ||||||
| クラブチーム1 | |||||||
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| 代表歴 2 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。現在。 2. 2011年10月7日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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ジョアン・フィリペ・イリア・サントス・モウティーニョ(João Filipe Iria Santos Moutinho, 1986年9月8日 - )は、ポルトガル・ファーロ県出身のサッカー選手。FCポルト所属。ポルトガル代表である。ポジションはミッドフィールダー。
目次 |
[編集] クラブ経歴
[編集] スポルティング・リスボン
父親や兄弟もサッカー選手と言うスポーツ一家の4人兄弟の3番目として生まれ育った。地元のポルティモネンセSCの下部組織に入団し、14歳になる時にスポルティング・リスボンの下部組織に移った。2004年夏、まだ17歳であったがジョゼ・ペセイロ(José Peseiro)監督によってトップチームに招集され、出場した試合で光るプレーを見せた。2004-05シーズンはジュニアチーム登録であったが、トップチームの練習に帯同した。ジュニアチームでは、パウロ・ベント監督の下でミゲル・ヴェローゾやルイス・ナニと一緒にプレーし、全国リーグ優勝を果たした。2005年初め、タッサ・デ・ポルトガルのFCパンピリョーザ戦で20分間プレーしてトップチームデビューし、1月23日にはジル・ヴィセンテFC戦(3-0)でスーペル・リーガデビューを飾った。この際の背番号28は、かつてクリスティアーノ・ロナウドが着けていたものだった。非常に安定したプレーを基盤とし、ダイヤモンド型の4-4-2システムのどこでもプレーできるユーティリティ性ですぐにレギュラーポジションを獲得した。カウンターの際に発揮される彼のダイナミズムと素晴らしい決定力でファンのお気に入りとなり、レギュラーとなってからほとんど試合に欠場しなかった。2004-05シーズンのUEFAカップ・フェイエノールト戦とニューカッスル・ユナイテッドFC戦ではマン・オブ・ザ・マッチに選ばれ、決勝進出に大きく貢献した。2004-05シーズンはリーグ戦15試合に出場し、2位でシーズンを終えた。2005年夏には1年間の契約延長を果たした[1]。
初のフルシーズン参戦となった2005-06シーズン、モウティーニョはリーグで唯一全試合にフル出場する堅牢性を発揮し、いっそうの成長を見せた。最終節のSCブラガ戦(1-0)では決勝点を挙げ、2位でUEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。2006年夏にはベテランのリカルド・サ・ピントが移籍し、モウティーニョは19歳にして副キャプテンに就任した。2007年夏にはクストディオ・カストロとリカルド・ペレイラが移籍し、クラブのプロチーム化以降2番目の若さでのキャプテンに就任した。最年少記録は初代キャプテンのフランシススコ・ストロンプである。2007-08シーズンは攻撃的ミッドフィールダーのポジションでレアンドロ・ロマニョーリとコンビを組み、しばしばトップ下の位置から右サイドに移動して効果的な働きを見せた。このシーズンにはクラブのシンボルと言うべき存在となり、リーグを代表する選手として喝采を浴びた。2008年夏にはプレミアリーグのエヴァートンFCへの移籍が噂されたが、スポルティングに残留した[2][3]。2008-09シーズンのリーグ戦ではわずか3試合しか欠場せず、公式戦を通じて約50試合に出場した。UEFAチャンピオンズリーグでは決勝トーナメントに進出したが、バイエルン・ミュンヘンに2試合合計1-12と屈辱の結果で敗れた。モウティーニョはバイエルン戦でチーム唯一の得点を挙げている[4]。
[編集] FCポルト
2010年7月3日、スポルティングのライバルであるFCポルトと5年契約を結んだ[5]。移籍金は1100万ユーロが支払われ、それに加えて、FCポルトから他クラブに移籍する際に1100万ユーロ以上の移籍金が発生した場合のみ、その移籍金の25%をスポルティングに支払うという条件が付けられた[6][7]。スポルティングのジョゼ・エドゥアルド・ベッテンコート(José Eduardo Bettencourt)会長はモウティーニョの行為を遺憾だとし、彼を「腐ったリンゴ」と呼んだ。それにつけ加え、「果樹園に腐ったリンゴを放置するのは好ましくないため、この取引はスポルティングの意思で行われた」と述べた[8]。2010-11シーズンはチームのほとんどの試合に出場し、出場試合数は計60試合近くに達した。スーペル・リーガではクラブ史に残る独走で優勝を果たした。タッサ・デ・ポルトガルでは2得点を挙げ、特に準決勝ベンフィカ戦セカンドレグ(3-1)で記録した得点は、0-2で敗れたファーストレグから逆転を果たす重要なものだった[9]。
[編集] 代表経歴
[編集] 世代別代表
U-21ポルトガル代表としてUEFA U-21欧州選手権2大会に出場しており、2006年の母国ポルトガル大会ではU-21ドイツ代表相手に得点を奪った[10]。しかし、どちらの大会もグループリーグで敗退している。
[編集] A代表
スポルティング・リスボンからトップチームデビューしたばかりの2005年1月、エジプトとの親善試合でポルトガルA代表デビューした。2006 FIFAワールドカップ以来ずっと、常にA代表に招集され続けている。2008年5月31日、グルジアとの親善試合(2-0)でA代表初得点を挙げた。UEFA欧州選手権2008に出場する23人のメンバーに選ばれ、グループリーグ初戦のトルコ戦(2-0)ではラウル・メイレレスの得点をアシストした。2010 FIFAワールドカップの最終候補24人には選ばれず[11][12]、6人のバックアップメンバーに回った[13]。
[編集] 所属クラブ
スポルティング・リスボン 2005-2010
FCポルト 2010-
[編集] タイトル
- タッサ・デ・ポルトガル (2): 2006–2007, 2007–2008
- スーペルタッサ・カンディド・デ・オリベイラ (2): 2007, 2008
- スーペルタッサ・カンディド・デ・オリベイラ (1): 2010
- スーペル・リーガ (1): 2010-2011
[編集] 脚注
- ^ Sporting get more of João Moutinho UEFA.com、2005年6月10日
- ^ Everton bid for Moutinho rejected BBC Sport、2008年7月27日
- ^ Fulham sign Johnson from Everton BBC Sport、2008年8月7日
- ^ B Munich 7–1 Sporting (agg 12–1) BBC Sport、2009年3月10日
- ^ ポルトがJ・モウチーニョを獲得Goal.com、2010年7月5日
- ^ Moutinho swaps Sporting for Porto UEFA.com、2010年7月5日
- ^ “Comunicado João Moutinho [João Moutinho announcement]” (Portuguese). FC Porto. (2010年7月5日) 2010年7月6日閲覧。
- ^ Bettencourt: «Maçã podre que iria contaminar o grupo» (Bettencourt: "Rotten apple that would contaminate the group") Record 2010年7月5日 (ポルトガル語)
- ^ Benfica have no answer to Porto brilliance PortuGOAL 2011年4月20日
- ^ Moutinho misery for Germany UEFA.com、2006年5月28日
- ^ “Convocados revelados [Squad revealed]” (Portuguese). Portuguese Football Federation. (2010年5月10日) 2010年5月11日閲覧。
- ^ “Pepe in Portugal squad”. FIFA.com. (2010年5月10日) 2010年5月11日閲覧。
- ^ Release list of up to 30 players FIFA.com
[編集] 外部リンク
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1 エウトン | 4 マイコン | 5 A・ペレイラ | 7 ベルスキ | 8 モウティーニョ | 10 C・ロドリゲス | 11 クレーベル | 12 フッキ | 13 フシーレ | 14 ロランド | 15 ラファエウ | 17 ヴァレラ | 18 ワウテル | 19 J・ロドリゲス | 20 ジャルマ | 21 サプナル | 22 マンガラ | 23 ソウザ | 25 フェルナンド | 26 A・サンドロ | 27 イトゥルベ | 30 オタメンディ | 31 ラファエウ・ブラカリ | 35 ドフール | - M・ロペス | - L・ゴンサレス 監督: V・ペレイラ |
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