ラウル・メイレレス

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ラウル・メイレレス Football pictogram.svg
Raul Meireles'14 (2).JPG
名前
本名 ラウル・ジョゼ・トリンダーデ・メイレレス
Raúl José Trindade Meireles
ラテン文字 RAUL MEIRELES
基本情報
国籍 ポルトガルの旗 ポルトガル
生年月日 1983年3月17日(31歳)
出身地 ポルト
身長 179cm
体重 70kg
選手情報
在籍チーム トルコの旗 フェネルバフチェSK
ポジション MF
背番号 14
利き足 右足
ユース
1999-2001 ポルトガルの旗 ボアヴィスタ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2004 ポルトガルの旗 ボアヴィスタ 29 (0)
2001-2003 ポルトガルの旗 アヴェス (loan) 42 (1)
2004-2010 ポルトガルの旗 ポルト 138 (15)
2010-2011 イングランドの旗 リヴァプール 35 (5)
2011-2012 イングランドの旗 チェルシー 32 (2)
2012- トルコの旗 フェネルバフチェ 42 (3)
代表歴2
2003-2005 ポルトガルの旗 ポルトガル U-21 26 (2)
2006- ポルトガルの旗 ポルトガル 76 (10)
1. 国内リーグ戦に限る。2014年10月3日現在。
2. 2014年10月3日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ラウル・ジョゼ・トリンダーデ・メイレレスRaúl José Trindade Meireles, 1983年3月17日 - )は、ポルトガルポルト出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダーで、中盤ならどこでもこなせる。フェネルバフチェSK所属。

来歴[編集]

クラブ[編集]

ポルトガルのCDアヴェスボアヴィスタFCを経て2004年FCポルトに移籍。ポルト加入後はチャンピオンズリーグ優勝メンバーであるマニシェコスチーニャの抜けた穴を埋める活躍を見せた。

2010年8月28日、4年契約でリヴァプールFCに移籍した[1]。移籍金は1400万ユーロ(約15億3000万円)。ロイ・ホジソン監督の下では適応に苦しんだものの、シーズン中盤からは本来の働きを取り戻し、1月~2月にかけて中盤ながら5得点を挙げた。ホジソンが解任されてケニー・ダルグリッシュ新監督就任後はチーム復調のキープレイヤーとなった。また、そのような活躍からファンの選ぶシーズンMVPにも選出された[2]

2011年8月31日に同胞のアンドレ・ビラス・ボアス率いるチェルシーFCへ4年契約での完全移籍が発表された。チェルシーではセンターハーフを主戦場とし、FAカップ制覇と初めての欧州制覇にも貢献した。

2012年9月3日トルコフェネルバフチェSKへ4年契約で移籍[3] 。すぐさま中心選手の一人となり、公式戦18試合に出場し2得点を挙げていた。しかし、12月17日ガラタサライ戦 (1-2)で後半37分にこの試合2枚目のイエローカードを受け退場処分を受けた。その際、審判をゲイ呼ばわりし、唾を吐いた失態が重罰とトルコサッカー連盟が判断し、11試合の出場停止処分が科された[4]

代表[編集]

UEFA EURO 2008の代表にも選出され、グループリーグ初戦のトルコ戦では代表初ゴールを決めた。南アフリカW杯のメンバーにも選ばれ、2010年6月1日の親善試合・カメルーン戦では自身初の2得点を記録。本大会グループリーグ第2戦の北朝鮮戦では先制点を挙げ、7-0で圧勝した。

人物[編集]

  • 父親は古巣ボアヴィスタFCの理学療法士[5]
  • ピッチを離れれば、シャイで無口な性格だが、ファッションなどにはこだわりがあり、髪型をモヒカンスタイルにしたり、胸部分を除く全身に大掛かりなタトゥーが入っている。2011年現在、通算50回以上も針を入れており、タトゥーを入れるのが趣味だと本人は語っている。なお妻もタトゥーマニアである[6]

所属クラブ[編集]

ポルトガルの旗 CDアヴェス 2001-2003 (loan)

タイトル[編集]

クラブ[編集]

ポルトガルの旗 FCポルト
イングランドの旗 チェルシー
トルコの旗 フェネルバフチェSK

代表[編集]

ポルトガルの旗 ポルトガル代表

脚注[編集]

外部リンク[編集]