ブルーノ・ヴァーレ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ブルーノ・ヴァーレ Football pictogram.svg
名前
本名 Bruno Miguel Esteves Vale
カタカナ ブルーノ・ミゲル・エステヴェス・ヴァーレ
ラテン文字 BRUNO VALE
基本情報
国籍 ポルトガルの旗 ポルトガル
生年月日 1983年4月8日(31歳)
出身地 ポルトガルの旗 マファムデ
身長 193cm
体重 85kg
選手情報
在籍チーム キプロスの旗 アポロン・リマソール
ポジション GK
背番号 83
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2005
2003-2010
2005-2006
2006-2007
2007-2008
2008-2009
2009-2010
2010-2012
2012-
ポルトガルの旗 ポルトB
ポルトガルの旗 ポルト
ポルトガルの旗 アマドーラ (loan)
ポルトガルの旗 レイリア (loan)
ポルトガルの旗 ヴァルジン (loan)
ポルトガルの旗 セトゥーバル (loan)
ポルトガルの旗 ベレネンセス (loan)
ポルトガルの旗 オリヴェレンセ
キプロスの旗 A.リマソール
117 (0)
1 (0)
30 (0)
2 (0)
7 (0)
7 (0)
16 (0)
57 (0)
11 (0)
代表歴
2001-2003
2004-2006
2003
ポルトガルの旗 ポルトガル U-20
ポルトガルの旗 ポルトガル U-21
ポルトガルの旗 ポルトガル
15 (0)
19 (0)
1 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2012年11月16日現在。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

ブルーノ・ミゲル・エステヴェス・ヴァーレBruno Miguel Esteves Vale, 1983年4月8日 - )は、ポルトガルガイアマファムデ英語版出身の同国代表サッカー選手。ポジションはゴールキーパー

経歴[編集]

FCポルトの下部組織で2003年にトップチームに昇格すると、クラブでは第3GKの地位だったが驚くべくことにカザフスタンとの親善試合に向けポルトガル代表に初招集された。この試合は、途中からピッチに入り22分プレーし1-0で勝利した。翌年のアテネオリンピックのメンバーに選ばれ、SLベンフィカに所属するジョゼ・モレイラの控えを務めた。

2003年にトップ契約を果たすも、正GKのヴィトール・バイーアヌーノといった経験豊富なライバルが多いチームではなかなか出場機会が訪れず、2005年には後に正GKを長年務めることになるエウトンやU-21代表でポジション争いをするパウロ・リベイロ英語版が加入したことにより、夏に2010年まで契約延長した上でチームメイトのパウロ・マシャドと共にCFエストレラ・アマドーラへ貸し出された[1]。アマドーラでは正ゴールキーパーの座を射止め、2006 FIFAワールドカップの23名に選ばれた。しかし、大会前に行われたUEFA U-21欧州選手権2006セルビア・モンテネグロ戦で右足を骨折したことにより辞退を余儀なくされ、ワールドカップは代わりにスポルティング・ブラガパウロ・サントスが招集された[2]

2006-07シーズンは、再びレンタルの身となりウニオン・レイリアへ貸し出されるも殆ど出場出来ず、翌2007-08シーズンは2部ヴァルジンSC英語版へレンタル移籍した。2008年夏、再びレンタルで放出され2008-09シーズンをヴィトリア・セトゥーバルでプレーすることになった。次年の夏に加入したCFベレネンセスでも例年通りに控えや第3GKの地位だったが、ネルソン・ペレイラ英語版の負傷後は正GKを務めた。しかし、チームは下から2番目の順位に終わり降格した。

2010年夏、契約終了に伴いポルトから放出されたヴァーレは、2部のUDオリヴェレンセでキャリアを再開することになった。2012年6月26日、キプロス・ファーストディビジョンアポロン・リマソールと2年契約を結び、29歳にして初めて国外でプレーすることになった。

所属クラブ[編集]

ポルトガルの旗 CFエストレラ・アマドーラ 2005-2006 (loan)
ポルトガルの旗 ウニオン・レイリア 2006-2007 (loan)
ポルトガルの旗 ヴァルジンSC 2007-2008 (loan)
ポルトガルの旗 ヴィトリア・セトゥーバル 2008-2009 (loan)
ポルトガルの旗 CFベレネンセス 2009-2010 (loan)

脚注[編集]

  1. ^ ポルト、若手2人の将来に期待
  2. ^ Bruno Vale's finals end in tears

外部リンク[編集]