カザン

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カザン
Казань
Qazan

カザン・クレムリン
市旗 市章
位置
タタールスタン共和国内のカザンの位置の位置図
タタールスタン共和国内のカザンの位置
ロシア連邦内のタタールスタン共和国の位置の位置図
ロシア連邦内のタタールスタン共和国の位置
座標 : 55°45′0″N, 49°7′0″E
歴史
建設 ~1005年
行政
ロシア ロシア
 連邦管区 沿ヴォルガ連邦管区
 行政区画 タタールスタン共和国
 市 カザン
市長 İlsur Metşin
地理
面積  
  市域 425.2km2
標高 116m
人口
人口 (2008年現在)
  市域 1,120,238人
その他
等時帯 モスクワ時間UTC+3
夏時間 モスクワ夏時間UTC+4
郵便番号 420xxx
市外局番 +7 843
ナンバープレート 16, 116
公式ウェブサイト : http://www.kzn.ru/
ショッピングセンター

カザンタタール語Qazanロシア語Казань カザーニ)はロシア連邦に属するタタールスタン共和国首都である。ロシア語名に沿ってカザニともいう。ヴォルガ川に臨む商工業都市。水上・陸上交通の要衝。人口は約115万人(2002年)。モスクワ東800km。

目次

[編集] 歴史

11世紀初頭にヴォルガ・ブルガール人によって建設された。15世紀にはカザン・ハン国の首都として栄えたが、1552年カザンはイヴァン4世(イヴァン雷帝)に占領される。破壊されたカザン・ハン国の城砦のあとにはカザン・クレムリンが建設された。1708年にカザン・ハン国が廃止され、カザンはロシア帝国の地方都市、カザン県の県都となった。1774年プガチョフの乱で破壊された。

20世紀になり、カザンはタタール文化の中心都市として復興した。ロシア革命後の1920年タタール自治共和国の首都となる。第一次大戦後、国際的な孤児となったドイツの軍部は、同じく共産主義国家として国際的に認められないソ連と秘密協定を結び、この地に戦車の開発・訓練基地 (Inspektion 6 Kraftfahrwesen) を設け、ソ連軍と共にヴェルサイユ条約が禁止する戦車の研究開発を1933年まで継続した。第二次世界大戦中は疎開により各種の工場が移転してきており、工業が発展している。1930年代から1970年代にかけて都市改造が行われた。2005年には建都1000年を記念して様々な祭典が催され、地下鉄が開業した。

[編集] 経済・産業

ヴォルガ川を使った水上交通、陸上交通の要衝として、タタールスタン共和国の経済の中心地である。機械工業化学工業石油化学工業皮革工業が盛んである。地下鉄もある。

カザンの象徴、ジランダ(Zilant、竜)。カザン地下鉄の駅入口

[編集] 教育

1804年に創立されたカザン大学では、トルストイレーニンも学んでいる。

[編集] 見所

カザン・クレムリン内のブラゴヴェシェンスキー(生神女福音)聖堂

[編集] 姉妹都市

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