グルジア人
グルジア人(ぐるじあじん、英: Georgians、グルジア語: ქართველები, k'art'velebi)は、グルジアの国民であり、またコーカサス地方出身の民族である。自称は「カルトベリ」。コーカサスで最も古い民族であり、グルジアを中心にトルコ、ロシア、アメリカ合衆国、イランその他の国に住む。南コーカサス語族に属する言語を話す。人種系統は地中海人種に属する。
最も早くコーカサスに定住した人たちを祖としながら、グルジアの人々は民族の統合と、国家の形成に複雑なプロセスを経験してきた。現在、グルジア人は異なる風俗習慣や方言をもつ多様な準民族(Sub-ethnic groups)集団からなっている。このような準民族のなかには独自の言語を持ち、バイリンガルなミンゲレリア人、ラズ人、スヴァン人、と純粋なグルジア人がいる。
純粋なグルジア人は5世紀以来書かれてきた独自のグルジア文字を持ち、グルジア語は公用語とされ、グルジア国内に住むすべてのグルジア人がこの言葉の教育を受けている。
古代のグルジア人は古代ギリシャ・ローマにコーカサス・イベリア人、あるいはコルキス人として知られてきた。イベリアというのはコーカサス地方を指したギリシャ・ローマ的な古称であり、現代のバスク人などイベリア半島の先住民族とコーカサス・イベリア人が同じ起源を持つという説が根強くある。
グルジア人の大多数はキリスト教徒で、4世紀以来独立したグルジア正教会に忠実である。4世紀はじめにキリスト教化し、史上二番目に古いキリスト教国として327年に国教化した。トルコ、イラン、アゼルバイジャン、アジャリア自治共和国にはイスラム教徒のグルジア人がおり、またカトリック教徒のグルジア人も存在する。
東西の十字路に位置するグルジアは、長い歴史を通じて多くの文明に影響されてきた。グルジア人は他文化の特徴を吸収し、独自の伝統と調和させ、中世には高度な文化を形成した。古代の部族連合に起源を持つグルジア人は11世紀はじめには高度に組織化された封建王国を樹立し、13世紀のモンゴル帝国による侵略までコーカサスに覇をとなえた。
近隣諸国の脅威と、国内の絶え間ない不安定を抱えながら、グルジア人は程度の差はあれ、独立を維持してきたが、19世紀はじめにロシア帝国に併合され、ソビエト連邦から1991年、独立した。
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