寧城県
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| 中華人民共和国 内モンゴル自治区 寧城県 |
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| 簡体字 | 宁城 |
| 繁体字 | 寧城 |
| 拼音 | Níngchéng |
| カタカナ転記 | ニンチェン |
| 国家 | 中華人民共和国 |
| 自治区 | 内モンゴル |
| 地級市 | 赤峰市 |
| 行政級別 | 市轄区 |
| 面積 | |
| - 総面積 | 4,305 km² |
| 人口 | |
| - 総人口(2004) | 60 万人 |
| 経済 | |
| 電話番号 | 0476 |
| 郵便番号 | 024200 |
| 行政区画代碼 | 150429 |
| 公式ウェブサイト: http://www.ningcheng.gov.cn/ | |
寧城県(ねいじょう-けん)は中華人民共和国内モンゴル自治区赤峰市に位置する県。県人民政府の駐地は天義鎮。
歴史[編集]
契丹文化の発祥の地の一つであり、史書には「紫蒙之野」として現れている。
寧城県の大明鎮・鉄匠営子郷は、遼の陪都・中京大定府の所在地である。1006年に西遼河の支流・老哈河の沖積平野上にあるこの地に中京が定められた。都の北には七金山(現在の九頭山)が、西には馬盂山があり、南は老哈河に面する地勢であった。『遼史・地理志』巻三十九には、「中京大定府……有七金山、馬盂山、雙山、松山、土河……」との記述がある。中京は1122年に金の軍隊に占領された。
金の海陵王(完顔亮)は1153年(天徳五年)に中都(現在の北京)に遷都したが、この際にもとの遼の中京を陪都・北京大定府としている。
元の初期、北京大定府は北京総管府と改められたが、1288年に武平路と改められ兵を置いた。明の初期には大寧都指揮使司(都司)が、1387年(洪武二十年)に大寧衛が置かれたが、1403年(永楽元年)に衛が撤収されモンゴルのホルチン部(哈剌嗔)などとの雑居地になった。
1961年、中華人民共和国国務院は寧城県を全国重点文物保護単位として公布し現在に至っている。
行政区画[編集]
10鎮、18郷を管轄:
- 鎮:天義鎮、大城子鎮、大明鎮、二龍鎮、八里罕鎮、小城子鎮、汐子鎮、城関鎮、頭道営子鎮、熱水鎮
- 郷:忙農営子郷、五化郷、山頭郷、西泉郷、鉄匠営子郷、必斯営子郷、楡樹林子郷、大双廟郷、甸子郷、石仏郷、黒里河郷、三座店郷、四道溝郷、存金溝郷、馬架子郷、布日嘎蘇台郷、八肯中郷、一肯中郷
外部リンク[編集]
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