アテネ憲章

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アテネ憲章(アテネけんしょう、The Athens Charter)とは近代建築運動の中、「機能的都市」を議題とした1933年のCIAM(近代建築国際会議)で採択された都市計画及び建築に関する理念。近代都市のあるべき姿を提案している。全95条からなる。

概要[編集]

アテネ憲章は、1933年に行われたCIAM(近代建築国際会議)第4回会議における成果であり、郡市を「住む、働く、憩う、移動する」(第77条)という観点から検証している。その後世界各地で計画された新都市に大きな影響を与えたとされる。

建築家ル・コルビュジエが提唱した「輝く都市」の理念に沿った内容で、都市の機能は住居・労働・余暇・交通にあり、都市は「太陽・緑・空間」をもつべきである、としている(高層ビル建設によるオープンスペースの確保、地域を用途別に区画、歩道・車道の分離など)。

アテネ憲章は機能主義による明快な都市計画理論として、各国の都市計画に大きな影響を与えたが、1950年代にはCIAM内部でも批判が起こり、その後も様々な立場から批判を受けた。

文献[編集]

  • ル・コルビュジエ、吉阪隆正編訳 『アテネ憲章』 SD選書102.鹿島出版会、1976年
  • 「アテネ憲章成立過程の再考」(「建築雑誌」1999年6月)[1]
John R.Goldの論文の紹介