タンペレ

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タンペレ
Tampere / Tammerfors
フィンランドの旗
Tampere.jpg
タンペレの市章
市章
愛称 : Manchester of the North, Manse (北のマンチェスター)
位置
タンペレの位置の位置図
タンペレの位置
座標 : 北緯61度30分0秒 東経23度46分0秒 / 北緯61.50000度 東経23.76667度 / 61.50000; 23.76667
歴史
設立 18世紀後半
行政
フィンランドの旗 フィンランド
 県 ピルカンマー県
 郡 タンペレ郡
 市 タンペレ
地理
面積  
  市域 689.59 km2 (266.3 mi2)
    陸上   525.03 km2 (202.7 mi2)
    水面   164.56 km2 (63.5 mi2)
人口
人口 (2010年現在)
  市域 211,691人
    人口密度   403.2人/km2(1044.3人/mi2
その他
等時帯 EET (UTC+2)
夏時間 EEST (UTC+3)
公式ウェブサイト : http://www.tampere.fi
街の教会
タンペレ大学
湖の夕暮れ

タンペレTampere)は、フィンランドピルカンマー県の都市。タンペレ郡に属する。スウェーデン語ではタンメルフォシュTammerfors)と称する。語源は古スウェーデン語のdamber(ダム)+fors(急流)。

人口は約20万人、フィンランド第2の都市で、ピルカンマー地方の中心都市。

地勢・産業[編集]

ネシ湖ピュハ湖に挟まれた地峡地帯に位置する都市。二つの湖を結ぶタンメルコスキ川の急流を利用して水力発電が行われており、製紙、皮革、繊維産業などが発展していたが、近年は、ノキア(NOKIA)などのIT産業やITを活用した機械工業が主要産業。約140キロ南西にトゥルク、160キロ南東にヘルシンキが位置している。

歴史[編集]

18世紀後半、スウェーデン王のグスタフ3世のもとで建設された。フィンランドが帝政ロシアの支配下に入ったのちは、紡績業などを中心として工業が発達した。1876年には鉄道も開通している。工業化にともなって労働者の数も年々増加し、フィンランドにおける労働運動、そして社会主義・共産主義運動の中心地であった。レーニンが最初にスターリンに出会ったのがタンペレであったなど、ソビエト連邦の歴史ともつながりが深い。世界で唯一のレーニン博物館がある。1917年には亡命中のレーニンがこの地で『国家と革命』を執筆している。1918年に勃発したフィンランド内戦で最大の戦いが、この都市で起こった。

観光[編集]

市立図書館の階下に、「ムーミン谷博物館(w:Moomin Museum)」がある。フィンランド人の作家、画家であるトーベ・ヤンソンの作品であるムーミンに関連するものが多く展示されている。

スポーツ[編集]

タンペレを本拠地に置くサッカークラブチームは複数存在している。タンペレ・ユナイテッドTPVが有名である、2008年シーズン、前者はヴェイッカウスリーガ(1部相当)に、後者はウッコネン(2部相当)にそれぞれ所属している。

過去には、1976年冬季オリンピックの開催都市に立候補したこともあるが、落選している。

交通[編集]

タンペレ出身の人物[編集]

姉妹都市[編集]

外部リンク[編集]