サン=ジェルマン=アン=レー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
サン=ジェルマン=アン=レー
Blason ville fr Saint-Germain-en-Laye 2 (Yvelines).svg

Saint-Germain-en-Laye - place du Marché-Neuf.jpg
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) イル・ド・フランス地域圏
(département) イヴリーヌ県
(arrondissement) サン=ジェルマン=アン=レー郡
小郡 (canton) 2郡庁所在地
INSEEコード 78551
郵便番号 78100
人口動態
人口 41,100人
2005年
人口密度 851人/km²
地理
座標 北緯48度32分06秒 東経2度03分10秒 / 北緯48.5349度 東経2.0529度 / 48.5349; 2.0529座標: 北緯48度32分06秒 東経2度03分10秒 / 北緯48.5349度 東経2.0529度 / 48.5349; 2.0529
標高 平均:78 m
最低:22 m
最高:107 m
面積 48.27km² (18.64ha)
サン=ジェルマン=アン=レーの位置(フランス内)
サン=ジェルマン=アン=レー
サン=ジェルマン=アン=レー
テンプレートを表示
サン=ジェルマン=アン=レー城

サン=ジェルマン=アン=レーフランス語英語等:Saint-Germain-en-Laye)は、フランスイル・ド・フランス地域圏イヴリーヌ県パリの西部)の都市。パリやセーヌ川を一望できる台地にある。

サン=ジェルマン=アン=レー城 (en) を中心に発展した。当地の住民をフランス語では Saint-Germanois(e) (仮名転写:サン=ジェルマノワ<男性>、サン=ジェルマノワーズ<女性>)と呼称する。ただし、フランスには他にも「サン=ジェルマン」で始まる地名はいくつもあり、その住民も同様に呼称される。 作曲家クロード・ドビュッシー生誕の地でもある。イル・ド・フランス地域圏(パリ郊外)では、随一の高級住宅地であるとされる。

歴史[編集]

1124年ルイ6世によって最初の城塞(16世紀以降の名称:シャトー・ヴィユー[château vieux、意:古城])が築かれた。16世紀には、アンリ2世によってシャトー・ヌフ(château neuf、意:新城)が建造され、以後、1689年に当時の国王ルイ14世ヴェルサイユに移り住むまで、王の居城であった。

1837年にはパリサン・ラザール駅からサン=ジェルマン=アン=レーへの鉄道が開通する。これはパリ発の鉄道としては初めての路線であったが、フランス初の鉄道はリヨンが発祥である。まず1836年に手前の駅シャトゥーまでが開通した後、翌年にセーヌ川を渡る高架橋が建設され、サンジェルマンまで延長された。

サン=ジェルマン=アン=レー条約[編集]

フランスの歴史上、この名で呼ばれる条約は多い。以下は全て、サン=ジェルマン=アン=レー条約(Traité de Saint-Germain-en-Laye)と呼ばれるものである。

当地にゆかりのある有名人[編集]

当地で生まれた有名人[編集]

生まれ以外でゆかりのある有名人[編集]


サン=ジェルマン=アン=レーの眺望

交通[編集]

画像-1
画像-2
画像-3
画像-4
画像-5

鉄道[編集]

RER A線の終着駅である。前述のとおり、フランスで2番目、パリ発では初めての路線であるが、サン・ラザール駅発着の路線であったものが、パリ東部のバスティーユ駅ヴァンセンヌ線とを1961年にパリ市内を地下で結び、現在のRER A線となった。

グランド・サンチュールの駅も存在するが、長いこと廃線となっていた。しかし2004年ノワジー=ル=ロワ (en) とを結ぶ一部路線がグランド・サンチュール・ウェストとして旅客用路線としての営業を復活させた。RERとグランド・サンチュールの駅は離れている。連絡線は存在するが、現在[いつ?]は電気系統および運行会社が異なるため旅客用列車には使われておらず、両駅を結ぶナヴェット(シャトルバス)が運行されている(フランス語版ウィキペディア、当該項目も参照のこと)。

かつて19世紀にはサンジェルマン=アン=レーよりアシェール経由ポワシー (en) 行きのトラムウェイが運行されていた。これはサンジェルマンの森の中を通るトラムであったので、当時のポスターではロングスカートの婦人が車窓から森を眺める絵柄で半ば休日のピクニック用路線として宣伝されていた。現在[いつ?]は存在しない。

グランド・サンチュール・ウェストの駅

      [1] ゾーン コミューン 連絡[2] 座標
    ノアジー=ル=ロアフランス語版 5 ノアジー=ル=ロア 北緯48度50分29秒 東経2度03分43秒 / 北緯48.841334度 東経2.061900度 / 48.841334; 2.061900 (ノアジー=ル=ロア駅)
    サン=ノン=ラ=ブレテッシュ
フォレ=ドゥ=マルリ
フランス語版
5 レタン=ラ=ヴィルフランス語版 Transilien Ligne L du Transilien 北緯48度52分04秒 東経2度03分04秒 / 北緯48.867778度 東経2.051111度 / 48.867778; 2.051111 (サン=ノン=ラ=ブレテッシュ・フォレ=ドゥ=マルリ駅)
    マレイユ=マルリフランス語版 4 マレイユ=マルリフランス語版 北緯48度52分52秒 東経2度04分46秒 / 北緯48.881143度 東経2.07942度 / 48.881143; 2.07942 (マレイユ=マルリ駅)
    サン=ジェルマン=アン=レー=ベラール
フルキュ
フランス語版
4 サン=ジェルマン=アン=レー 北緯48度53分44秒 東経2度04分13秒 / 北緯48.895541度 東経2.070343度 / 48.895541; 2.070343 (サン=ジェルマン=アン=レー=ベラール・フルキュ駅)
    サン=ジェルマン=アン=レー
グランド=サンチュール
フランス語版
4 サン=ジェルマン=アン=レー 北緯48度54分15秒 東経2度04分23秒 / 北緯48.90404度 東経2.072983度 / 48.90404; 2.072983 (サン=ジェルマン=アン=レー=グランド=サンチュール駅)



観光名所[編集]

施設名のラテン文字表記はフランス語。

[■テンプレート下に画像あり] ルイ6世の時代からルイ14世の時代まで、国王の主要な居城の一つとして機能した。元イングランド王ジェームズ2世はルイ14世の保護の下この城に亡くなるまで住んでいた。現在の城はルネサンス様式のもので、フランソワ1世によって再建され、ナポレオン3世によって修復されたもの。
現在[いつ?]、サン=ジェルマン=アン=レー城内に設けられている。約2万5千年前(後期旧石器時代en])の女神像として有名な「ブラセンプーイのヴィーナス (en)」(■画像-3)を始めとして、先史時代からメロヴィング朝時代にかけての考古学的・歴史的遺物を展示。
  • サン=ジェルマン教会  Église Saint-Germain
[■画像-1]
  • 県立モーリス・ドニ(ル・プリゥレ)美術館  Musée départemental Maurice Denis, Le Prieuré (en/fr)
[■画像-2] 画家モーリス・ドニの旧邸宅を美術館にしたもので、彼や他のナビ派の作品を展示している。
  • ドビュッシー博物館  Musée Claude Debussy
作曲家クロード・ドビュッシーの生家。1階は観光案内所になっており、住居であった2階が展示室、3階が演奏室になっている。
  • サン=ジェルマン=アン=レー市立博物館  Musée municipal de Saint-Germain-en-Laye (fr)
初期フランドル派の画家ヒエロニムス・ボスの作品 "The Conjurer" (オランダ語原題:"De goochelaar"。■画像-4)などを展示。
  • その他
    • ウェルキンゲトリクスの像  Statue de Vercingétorix, Saint-Germain-en-Laye
エメ・ミレ (en) の手になる、ガリアの英雄ウェルキンゲトリクス銅像(■画像-5)。詳しくは別項「ウェルキンゲトリクス#フランス最初の英雄」を参照のこと。

姉妹都市[編集]

サン=ジェルマン=アン=レーの姉妹都市を示す。

脚注[編集]

  1. ^ 太字の駅は始発・終着列車がある
  2. ^ メトロ、列車、トラムなどのガイドされた交通機関フランス語版のみ記載している。バス路線などのその他の交通機関とはすべての駅で連絡する。

外部リンク[編集]