フォントネー=スー=ボワ
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| Fontenay-sous-Bois | |
|---|---|
| 行政 | |
| 国 | |
| 地域圏(Région) | イル・ド・フランス地域圏 |
| 県(département) | ヴァル=ド=マルヌ県 |
| 郡(arrondissement) | ノジャン=シュル=マルヌ郡 |
| 小郡(canton) | 2小郡庁所在地 |
| INSEEコード | 94081 |
| 郵便番号 | 94400 |
| 市長(任期) | ジャン=フランソワ・ヴォゲ (2008年 - 2014年) |
| 人口動態 | |
| 人口 | 51 727人 (2006年) |
| 人口密度 | 9 270人/km² |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯48度51分06秒 東経2度28分38秒 / 北緯48.851667度 東経2.477222度座標: 北緯48度51分06秒 東経2度28分38秒 / 北緯48.851667度 東経2.477222度 |
| 標高 | 平均:m 最低:44 m 最高:111m |
| 面積 | 5 58km² |
フォントネー=スー=ボワ (Fontenay-sous-Bois)は、フランス、イル・ド・フランス地域圏、ヴァル=ド=マルヌ県のコミューン。ヴァンセンヌの森の北端と接し、パリから約3km離れている。
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由来 [編集]
フォントネーとは、かつてこの領域内で流れ出ていた泉に由来する。フォントネーという名のコミューンは国内に31箇所あり、他と区別するためヴァンセンヌの森にちなみBoisをつけた。現在の名が定着したのは比較的最近で、18世紀にはFontenay-sur-le Bois de Vincennes、19世紀にはFontenay-sur-le-boisと呼ばれた。
歴史 [編集]
ルブフ修道士が記した『パリ司教の歴史』によれば、初めてフォントネーが記録されたのは847年である。
シャルル5世は、フォントネーの泉の水をボーテ=シュル=マルヌの城へ供給していた。水道管は村落を通過していた。王の自由民たちは水道管の洗浄と管理を行う代わり、オオカミ狩りをする特権と税収を得ていた。
アンシャン・レジーム時代にフォントネー領主であったのは、サン・ヴィクトル修道院であった。ワインの生産が一帯の重要な経済活動であった。