フィリップ1世 (オルレアン公)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
オルレアン公フィリップ

フィリップ・ド・フランス(Philippe de France)またはフィリップ・ドルレアン(Philippe d'Orléans, 1640年9月21日 - 1701年6月8日)は、フランスルイ13世と王妃アンヌ・ドートリッシュの次男で、ルイ14世の弟。オルレアン公(フィリップ1世)。ブルボン=オルレアン家(単にオルレアン家として知られる)の初代当主。

目次

[編集] 生涯

[編集] 幼少期・青年期

ドレスを着たオルレアン公とルイ14世

出生と同時にアンジュー公の称号を得る。叔父ガストンが亡くなるとオルレアン公の称号も手にすることになる。6歳ごろまではルイ14世と比べて少々女々しい性格を作るために、時折女装をさせていたが、幼少期からドレスを着ることに興味を持つようになる。この事は家庭教師により国王に伝えられている。フィリップの女装好きは成人しても続き、女性のように指輪やブレスレットを身に着け、リボンやレースで身を美々しく装うことを好んだ。2番目の妻であるリーゼロッテは「公爵はダンスが上手だが、女性側の踊り方で踊る。彼は女性のようなハイヒール靴を好むので、男性側として上手に踊れなかった」と記している。

マザランはイタリアのマンチーニ家の姪や甥をこの頃フランスに呼んでいるが、歴史家によると、若いフィリップに男色の手ほどきをしたのはフィリップ・マンチーニであったという説もある。フィリップはシャンボール城やオルレアンの領地を所有するだけでなく、多額の年金を国王から受けて生活した。この莫大な資産で作家のモリエールのパトロンとなり、パレ・ロワイヤルに音楽学校と舞曲学校を設立、援助し、多数の絵画コレクションや宝石を所有した。パレ・ロワイヤルは彼の住居であったが、ここはやがて豪華なフィリップの取り巻きたちの組織と化した。

[編集] 結婚

1661年3月31日カトリックに改宗した従姉に当たるイングランド王女アンリエット・アンヌチャールズ1世と王妃ヘンリエッタ・マリア・オブ・フランス(フランス王アンリ4世の娘)の子)と結婚した。フィリップは男色を好んだため夫婦間の性生活は疎遠であったといわれるが、3人の子をもうけている。フィリップは特にフィリップ・ド・ロレーヌ=アルマニャックやヴェルマンドワ伯ルイ・ド・ブルボンなど男性の寵臣を愛したことで知られる。イングランドとの友好を保つため、一時フィリップ・ド・ロレーヌ=アルマニャックは流刑となったが、1670年6月30日にアンリエットが突如死去すると(暗殺説もある)、フィリップ・ド・ロレーヌ=アルマニャックを呼び戻すという条件でプファルツ選帝侯女エリザベート・シャルロット(愛称:リーゼロッテ)と再婚する。しかしその後も女装を好み、男性たちと華麗な生活を繰り広げた。その様子は妃リーゼロッテがヨーロッパ中の宮廷の親戚、知人に宛てて日々書き連ねた6万通の膨大な手紙に残されている。

そんなフィリップをルイ14世は1677年ネーデルランド継承戦争に参加させている。フィリップの連勝はルイ14世を喜ばせた。フィリップは1701年6月8日サン=クルー脳卒中により死亡した。

[編集] 所有した称号

Monsieur, frère unique du roi, Fils de France, duc d'Anjou, puis duc d'Orléans , duc de Chartres, de Valois, de Nemours et de Montpensier, de Châtellerault, de Saint-Fargeau et de Beaupréau, Pair de France.

(殿下、王の唯一の弟、フランスの息子アンジュー公(出生から1668年まで)、オルレアン公シャルトル、ヴァロワ、ヌムール、モンパンシエ、シャトルロー、サン=ファルゴーおよびボープレウの公爵、フランスの重臣)

dauphins d'Auvergne、 et prince de Dombes, prince de Joinville, comte de Dourdan et de Romorantin, comte de Mortain, comte de Bar-sur-Seine, vicomte d'Auge et de Domfront, marquis de Coucy et de Folembray, marquis de Mézières, baron de Beaujolais, seigneur de Montargis, chevalier de l'Ordre du Saint-Esprit.

(オーヴェルニュのドーファン、ドンブ公、ジョアンヴィル公爵、ドゥルダンおよびロモランタンの伯爵、モルテーン伯爵、バル=シュル=セーヌ伯爵、オージュとドムフロンの子爵、クーシとフォランブレの侯爵、メジエーレ侯爵、ボジョレー男爵、モンタルジの領主、聖霊の騎士)

[編集] 子女

ルイ14世の家族

[編集] 参考文献

  • 宮本絢子『ヴェルサイユの異端公妃―リーゼロッテ・フォン・デァ・プファルツの生涯』 鳥影社、1999年

[編集] 関連項目

先代:
ガストン
オルレアン公
1660年 - 1701年
次代:
フィリップ2世
個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語