アンナ・マリーア・ドルレアンス

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サヴォイア公妃アンナ・マリーア
サヴォイア公妃アンナ・マリーア

アンナ・マリーア・ドルレアンス(Anna Maria d'Orléans, 1669年8月27日 - 1728年8月26日)は、サヴォイア公、のちサルデーニャ王となるヴィットーリオ・アメデーオ2世の妃。フランス語アンヌ・マリー・ドルレアン(Anne Marie d'Orléans)。

フランスルイ14世の弟であるオルレアン公フィリップ1世と、最初の妃アンリエットイングランドチャールズ1世の末娘)の次女として、サン・クルー城で生まれた。1684年4月10日、ヴェルサイユでヴィットーリオ・アメデーオと結婚した。2人の間には6子が生まれた。

アンナ・マリーアは、夫に先立ってトリノで1728年に亡くなった。 

ジャコバイトの継承問題[編集]

アンナ・マリーアの死後約80年を経た1807年枢機卿ヘンリー・ベネディクト・ステュアートが死んだ。この人物はアンナ・マリーアの叔父ジェームズ2世の男系最後の子孫だった。ジャコバイトたちは、チャールズ1世の子孫で最も年長の者を、イングランドスコットランドの正当な王位継承者とすることにした。当時この条件に最も当てはまったのは、アンナ・マリーアとヴィットーリオ・アメデーオ2世の曾孫、サルデーニャ王カルロ・エマヌエーレ4世だった。以後、アンナ・マリーアの子孫がジャコバイトの認める王位継承者となった。