河西回廊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
河西回廊を現代に伝える甘粛省の領域

河西回廊(かせいかいろう、河西走廊甘粛走廊)は、東は烏鞘嶺からはじまり、西は玉門関、南北は南山祁連山脈阿爾金山脈)と北山(馬鬃山合黎山および龍首山)の間の長さ約900km、幅数kmから近100kmと不規則な、西北-東南方向に走る狭く長い平地である。回廊の形を為し、黄河の西にあるために河西回廊と呼ばれる。地域では甘粛省蘭州と、6,500m級の祁連山脈を水源とする、砂漠河川に潤されるオアシス都市群、「河西四郡:武威(かつての涼州)、張掖甘州)、酒泉粛州)、敦煌瓜州)」を包括する。民族では漢族回族モンゴル族ユグル族チベット族など多くの民族が居住する。武帝が河西を開闢し、武威、張掖、酒泉、敦煌の四郡を列して以来、内陸の新疆に連なる重要な通路であり、古代のシルクロードの一部分として、古代中国と西方世界の政治・経済・文化的交流を進めた重要な国際通路であった。