青海
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青海(せいかい、Qinghai)は、中華人民共和国・チベット高原の中央部に分布する遊牧民の居住地域が、1724年 - 1732年に行われた雍正のチベット分割により南北に分割されることによって成立した地域単位。中華民国時期は省を発足させる条件のととのわない特別地区といちづけられていたが、1928年にいたり、国民政府が甘粛省(河西回廊)の西南部を割いて青海省を発足させた。
中国の現行の自治体としての情報については青海省を参照。
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[編集] 地理
河西回廊の西南部、四川地方の西部に位置する。チベット人の地理区分では、アムド地方の中央部から西北部を占める。モンゴル人は、この地のモンゴル人をデートモンゴル(高地モンゴル)と呼ぶ。
[編集] 沿革
- 1723年 - 1724年 : 清朝の青海出兵(いわゆる「ロブサンダンジンの乱」)。
- 1724年 - 1732年 : 雍正のチベット分割。従来、グシ・ハン一族に従属していたチベット系・モンゴル系の諸侯をダライラマ領に組み込むもの、清朝の支配下に組み込むものに二分、清朝の支配下にはいるものは、さらに理藩院の管轄下に置かれるもの(青海内の諸侯)と、兵部の管轄におかれるもの(この分割の際に甘粛、四川、雲南などに分属させられたもの → 土司)とに大別された。
- 1732年 : チベット高原の中央部に分布していた七十九族がタンラ山脈を境界として、玉樹四十族と西蔵の三十九族に分割される。西蔵と青海の境界が定まる。
- 1912年 : 中華民国のもとで青海特別地区。
- 1928年 : 青海省発足。
[編集] 青海地方の諸集団
- 青海蒙古三十旗 : グシ・ハン一族と、靡下のオイラト系モンゴル人。
- 玉樹四十族 : 旧七十族のうち、タンラ山脈の北側に分布するチベット系・モンゴル系の遊牧民集団。ナンチェン王に従属し、さらに個別に清朝から衛所の称号を受けた。