玉門関

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玉門関(ぎょくもんかん)は中華人民共和国甘粛省敦煌市の北西約90kmにある、かつて建設されたシルクロードの重要な堅固な関所の1つ。2度に渡り建立された。現存するの玉門関遺跡は唐代のものである。俗称は小方盤城。

唐代の玉門関遺跡

元来は代に武帝河西回廊を防衛する目的で、長城をこの地域に建設し紀元前108年から107年にその最西端に建造されたとされる。その後、六朝時代には交通の要綱として栄え、代に再建された際は安西の東側に建設された。同じく南西に設置された陽関とともに、西域交通で北ルートを通ると玉門関、南ルートでは陽関を通過していた。代になって西域交通が衰え、衰退した。

玉門関は、中国で古代より文化人が辺境の地での戦いや孤独な生活を思い詠嘆する地で、唐代の詩人王之渙は「羌笛何須怨楊柳、春風不度玉門関」(羌笛何ぞ須(もち)いん楊柳を怨むを、春風渡らず玉門関)と詠んでいる。

1988年全国重点文物保護単位に指定された。

関連項目[編集]

  • 李白 - 子夜呉歌という詩でこの門が歌われている。