前涼

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前涼
西晋 301年 - 376年 前秦
前涼の位置
前涼と周辺国。
公用語 漢語(中国語
首都 姑臧
涼州刺史・西平公・涼王
304年 - 310年 張軌
324年 - 346年 張駿
363年 - 376年 張天錫
変遷
建国 301年
前秦によって滅亡 376年

前涼(ぜんりょう、拼音:Qiánliáng、301年 - 376年)は、中国五胡十六国時代漢族張軌によって建てられた国。

歴史[編集]

始祖の張軌は前漢の高祖劉邦の縁戚である張耳の末裔と伝わり(『晋書』張軌伝)、西晋に仕えて尚書郎・散騎常侍などを務めていたが、八王の乱の混乱を見て中央にいることの危険を悟り、301年に護羌校尉・涼州刺史となって涼州に赴任した。そして同地の鮮卑を討って西を平定し、半独立勢力となる。

しかし張軌自身は晋の臣下としての立場を貫き、王号は称さず、永嘉の乱に際しては長安へ援軍を送った。この時に晋室より西平公に叙されている。

張軌が死ぬと子の張寔が跡を継いで、涼州刺史・西平公となる。張寔もまた晋の臣下としての立場を貫き、司馬睿東晋を復辟させるとこれに臣従した。しかしその一方では東晋の新元号大興を使わず、西晋の元号・建興を使い続けた。

その後、河東で前趙が勢力を拡大するとこれと対立するようになる。同じ頃、320年には劉弘が宗教反乱を起こし、涼の国内は騒然となる。張寔はこの反乱を収めたが、劉弘の信者の閻渉により暗殺された。

その跡は弟の張茂が継いだ。323年、前趙の劉曜が号28万の大軍をもって涼へ侵攻、張茂は降伏し、趙に臣従した。張茂は趙より涼王に封じられる。

張茂は324年に病死、その跡を甥の張駿(張寔の子)が継いだ。この頃には前趙は後趙との争いが激しく次第に衰退しており、張駿は南の成漢との交流を盛んにし、河東の権利を巡って前趙と抗争した。やがて前趙は後趙により滅ぼされ、後趙は張駿に官職を授けようとしたが、これを拒否した。更に亀茲鄯善と言った西域諸国を下して支配下に置き、前涼の最盛期を作った。

346年に張駿は死去し、次男の張重華が継ぐ。同年、後趙の麻秋が侵攻してきたが撃退し、翌年に再び12万の軍で攻めてきた麻秋を謝艾英語版に命じて打ち破った。この勝利に慢心した張重華は政治に興味を失い、讒言を信用して謝艾を地方へと左遷した。また後趙滅亡後に勢力を拡大してきた前秦苻健を討とうとしたが大敗した。

353年に張重華が死に、子の張耀霊が継ぐ。幼い張耀霊の後見として伯父の張祚が政治を見るようになるが、すぐに張耀霊を殺して涼王を称し、更に皇帝を僭称した。張祚は謝艾が張祚を警戒するようにと以前上奏していたことを危険視して、これを殺害し、また自分に諫言する者を殺し、農民には酷薄で恨みを買った。張祚は一族の河州刺史の張瓘によって、家族まとめて殺害され、張瓘により張耀霊の異母弟である張玄靚(張重華の庶子)が擁立される。

張瓘は専権を振るい、更には簒奪を企てるが、別の家臣によって殺される。更にその家臣が殺されて新しく専権を振るうものが登場、といったことが繰り返され、最終的に叔父の張天錫(張駿の末子)により張玄靚は殺害され、張天錫が即位する。

折りしも前秦苻堅による統一事業が進んでおり、376年に姚萇の軍に攻められて降伏、前涼は滅んだ。これにより前秦の華北統一が完成した。張天錫は前秦により北部尚書から右僕射に任ぜられるが、淝水の戦いの中で東晋へと逃れ、そこで没した。

歴代の前涼の王[編集]

姓・諱 廟号・諡号 在位 続柄 備考
1 張軌 太祖武穆公 301 – 314年 西晋の「西平公」
2 張寔 高祖昭公 314 – 320年 張軌の長男 西晋の「西平公」
3 張茂 太宗成烈王 320 – 324年 張軌の次男 西晋の「西平公」→ 323年前趙に降り前趙の「涼王」
4 張駿 世祖文王 324 – 346年 張寔の子 前趙の「涼王」→ 345年東晋に通じ東晋の「西平公」「仮涼王」を自称
5 張重華 世宗桓公 346 – 353年 張駿の次男 東晋の「西平公」「仮涼王」を自称 → 東晋の「涼王」を自称
6 張耀霊   哀公 353年 張重華の子 東晋の「涼王」を自称
7 張祚   威王 353 – 355年 張駿の長男 東晋の「涼王」を自称 → 353年「皇帝」を僭称
8 張玄靚   冲公 355 – 363年 張重華の庶子 東晋の「西平公」
9 張天錫   悼公 363 – 376年 張駿の末子 東晋の「西平公」

元号[編集]

  1. 建興317年-361年):西晋愍帝の年号を継続して使用。
  2. 和平354年-355年
  3. 升平361年-376年):東晋穆帝の年号を継続して使用。

参考資料[編集]

  • 魏書』(列伝第八十七 私署涼州牧張寔)
  • 晋書』(列伝第五十六 張軌)

関連項目[編集]