穆帝 (東晋)

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穆帝 司馬
東晋
第5代皇帝
王朝 東晋
在位期間 344年 - 361年
姓・諱 司馬聃
彭子
諡号 穆皇帝
廟号 孝宗
生年 建元元年(343年
没年 升平5年5月22日
361年7月10日
康帝
康献皇后
皇后 穆章皇后
陵墓 永平陵
年号 永和 : 345年 - 356年
升平 : 357年 - 361年

穆帝(ぼくてい)は東晋の第5代皇帝

生涯[編集]

建元2年(344年)に父の康帝が崩御したため、わずか2歳で即位。母の太后や重臣が政務を担ったが、やがて実権は荊州に勢力を持つ軍閥の桓温に牛耳られることとなった。桓温は、永和3年(347年)に四川地方の成漢を滅ぼし、永和12年(356年)には一時的にではあるが旧都洛陽を奪回するなど、軍事面において大きな戦果を挙げている。

升平5年(361年)に数え年19歳の若さで崩御し、従兄の司馬丕が即位した。