洛陽市

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中華人民共和国 河南省 洛陽市
別称:
旧称:洛邑、雒陽
河南省中の洛陽市の位置
河南省中の洛陽市の位置
中心座標 34°39′″N, 112°26′″E
簡体字 洛阳
繁体字 洛陽
Luòyáng
カタカナ転記 ルオヤン
国家 中華人民共和国
河南
行政級別 省会
市長 郭洪昌
面積
- 総面積 15,208 km²
- 市区 4,304 km²
海抜 1,892 m
人口
- 総人口(2006) 646 万人
- 市区人口(2006) 140 万人
経済
- GDP(2006) 1331.7 億元
- 一人あたりGDP 20,700元
電話番号 379
郵便番号 471000
ナンバープレート 豫C
行政区画代碼 410300
市花 ボタン
官方ウェブサイト http://www.ly.gov.cn/

洛陽市(らくよう-し)は、中国河南省西部にある都市。しばしば中国王朝の首都となった。

目次

[編集] 地理

河南省西部にあり、黄河の中流にある。

総面積は、15,208 平方キロメートルであり、区部の面積は 544 平方キロメートルである。黄河洛河伊河澗河瀍河が領域内を流れる。東に虎牢関、西に函谷関、北に邙山、南に伏牛山がある。中岳嵩山も隣接する。古くから、兵家必争の地であり、歴代の帝王が、都を建てようと考えた土地でもあった。

洛陽市の気候の特徴は、四季がはっきりわかれ、冬は寒くて降水が少なく、春は乾燥し風が多く、夏は、非常に暑く雨が集中して多い。秋には、晴れて日照時間が長い。年平均気温は、摂氏 14.7 度、年平均降水量は、601.6 ミリメートルである。

[編集] 歴史

東周洛邑と称され都都が設置されて以来、後漢曹魏西晋北魏後唐などの都城が設置され、また長安を都とした王朝でも、洛陽を副都とした王朝が多く中国古代の政治経済の中心地であった。元代以降は政治の中心が北京に移転したことよりその地位が低下したが、河南地域の中心地としての地位は現在まで受け継がれている。

清代には河南府の府治が設置され、中華民国が成立すると洛陽専区が設置されていた。(1948年に設置された洛陽市は県級市であり洛陽地区の管轄下に置かれた)1956年に地級市としての洛陽市が成立している。

2000年ユネスコ世界遺産に登録された竜門石窟は洛陽市郊外に位置している。これは493年太和17年)、北魏が洛陽に遷都した時代に建築が始まった石窟寺院であり、中唐まで、およそ3万体の仏像が石窟の中に作られたものである。

[編集] 行政区画

洛陽市は、下に6区1市8県の行政区を持つ。

  • 澗西区
  • 西工区
  • 老城区
  • 瀍河区
  • 洛竜区
  • 吉利区
  • 偃師市
  • 孟津県
  • 新安県
  • 宜陽県
  • 伊川県
  • 汝陽県
  • 嵩県
  • 洛寧県
  • 欒川県

[編集] 人口

総人口は、615万人であり、区部にはそのうち、140万人が住む。

洛陽市には様々な民族が居住している。あわせて32種類の民族がいる。その中で、漢民族は602万人で、市の人口の98.8%を占める。その他の少数民族は、8万人近くおり、市の人口の 1.2 パーセントを占める。回族満州族モンゴル族が割合と多い。

[編集] 教育

[編集] 観光

  • 龍門石窟 - 洛陽市の南方14キロメートルの竜門山西山にあり、中国の三大石刻芸術の宝庫であり、世界文化遺産にもなっている。
  • 白馬寺 - 洛陽市の東方7キロメートルにあり、仏教が中国に伝えられてから最初にできた寺である。「釈源」・「祖庭」と称えられている。
  • 関林廟 - 三国時代の大将関羽の衣冠が埋められている。
  • 白園 - 竜門山東山にあり、唐代の詩人白居易の墓である。
  • 古墓博物館 - 中国最初の地下式の古い墓の博物館である。
  • 洛陽牡丹 - 海外にも知れ渡るほどで、4月15日から4月25日まで行われる「牡丹花会」には見物人がとても多い。
  • 白雲山
  • 桜桃溝
  • 花果山
  • 鶏冠洞
  • 風穴寺
  • 黄河小浪底ダム

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[編集] 外部リンク

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