オドアケル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
オドアケルに帝冠を渡すロムルス・アウグストゥルス
オドアケルの金貨
オドアケルの王国の版図

オドアケルラテン語: Odoacer, 433年 - 493年3月15日)は、西ローマ帝国の軍人にして帝国を滅ぼした人物。東ゲルマン族英語版スキリア族英語版出身。西ローマ帝国の傭兵隊長を経てイタリア王に即位した。オドワカル (Odovacar) とも言う。イタリア語ではオドアクレ (Odoacre)。

476年、西ローマ皇帝ロムルス・アウグストゥルスを廃位し、東ローマ帝国皇帝ゼノンへ西ローマ皇帝位を返上、自らはゼノンの代理としてラヴェンナを中心としてイタリア統治を開始し、イタリア王に即位した。オドアケルはローマ元老院をそのまま残し、古代ローマ式の統治方法を採用した。

しかし、488年に東ローマ帝国への内政干渉に失敗する。それを口実に、ゼノンは東ゴートテオドリックにオドアケル討伐を命じた。翌年テオドリックはイタリアに侵攻を開始する。しだいにオドアケルは首都ラヴェンナへと追い込まれ、493年に降伏したが、その直後に暗殺された。

テオドリックはその功として東ローマ帝国からイタリア支配を承認され、東ゴート王国が成立した。


先代:
イタリア王
476年 - 493年
次代:
テオドリーコ
執筆の途中です この「オドアケル」は、イタリア歴史関連の書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています。(PJイタリア/P:イタリア