劉義慶

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劉義慶(りゅうぎけい、403年 - 444年)は、南北朝時代劉宋文人[1][2]。『世説新語』の撰者として知られる[1][2]

目次

[編集] 人物

劉義慶は劉宋・武帝の中弟である長沙景王劉道憐の子として403年東晋元興2年)に生まれた[1]彭城(現在の江蘇省徐州市)の人。武帝の少弟である劉道規に子がなかったための後を継ぎ臨川王となった[1][2]。幼時から武帝の寵愛を受け、文学を愛し、その居宅に鮑照袁淑陸展何長瑜をはじめ多くの文人を礼遇した[2]。丹楊尹・尚書左僕射等を歴任した後、432年元嘉9年)には荊州刺史に任ぜられた。439年(元嘉16年)に江州刺史に転じ、翌440年(元嘉17年)にはさらに南兗州刺史に転じた。444年(元嘉21年)に死亡した[1][2]

[編集] 作品

[編集] 関連項目

[編集] 伝記資料

  • 宋書』巻51(列伝第21)
  • 南史』巻13(列伝第3)

[編集] 脚注

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  1. ^ a b c d e 京大東洋史辞典編纂会『新編 東洋史辞典』、東京創元社、1990年、P888
  2. ^ a b c d e f 広島大学中文HP 〔『世説新語』とは〕,2010-08-25閲覧。
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