ザールブリュッケン

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紋章 地図
Deutschlandkarte, Wappen von Saarbrücken Deutschlandkarte, Position von Saarbrücken hervorgehoben
Basisdaten
連邦州: ザールラント州
郡: ザールブリュッケン都市連合
緯度経度: 北緯 49度 14分
東経 07度 00分
面積: 167.07 km²
人口:

176,996人(2012年12月31日現在) [1]

人口密度: 1,059 人/km²
失業率: 14.8% (2004年)
負債: 169,000,000 € (2006年6月30日現在)
外国人: 13.18% (2005年12月31日現在)
平均の標高: 海抜 230.1 m
郵便番号: 66001-66133 (旧: 6600)
市外局番: 0681, 06893, 06897, 06898, 06805
ナンバープレート: SB
自治体コード: 10 0 41 100
市の構成: 4 市区、20 小街区
市庁舎の住所: Rathaus St. Johann
66111 Saarbrücken
公式ウェブサイト: www.saarbruecken.de
E-Mail: kundenberatung@saarbruecken.de
行政
上級市長: シャルロッテ・ブリッツ (Charlotte Britz) (SPD)
市議会:
(2004年6月13日の選挙後)
CDU 37.9% (-4.6) - 28 議席 (-1)
SPD 33.5% (-6.3) - 24 議席 (-4)
GRÜNE 9.4% (+0.8) 7 議席 (+1)
FDP 5.8% (+1.1) - 4 議席 (+4)
その他 13.4% (+9.0) - 0 議席 (=)

ザールブリュッケン (Saarbrücken フランス語: Sarrebruck サルブリュック) は、ドイツ連邦共和国の都市。ザールラント州の州都。フランスに近く、豊富な地下資源などをめぐり、その帰属は中世から現代にいたるまで変転を繰り返してきた。

地勢・産業[編集]

ザールブリュッケン
Rosenstraße

フランス国境に隣接しており、フランス領のアルザスロレーヌに近い。その豊富な地下資源ゆえ、かつては炭鉱業・製鉄業で栄えたが、近年はこれらの産業が衰退の一途をたどっている。モーゼル川の支流であるザール川沿いに位置し、1993年末の洪水では甚大な被害を受けた。街の近隣には、産業遺跡として世界遺産に登録されたフェルクリンゲンの製鉄所(1986年に閉鎖)がある。また、約60キロ北東にカイザースラウテルンが位置している。

歴史[編集]

中世より、ライン川流域とフランドルの中継地点として、交易路の要所であった。1815年よりプロイセン王国の支配下に置かれ、引き続き北ドイツ連邦ドイツ帝国の一部となった。第一次世界大戦後、ヴェルサイユ条約の取り決めによって国際連盟の管理下に置かれたが、1935年の住民投票の結果を踏まえ、ドイツ領に復帰した。第二次世界大戦で激しい攻撃を受けた後、再びドイツから分離され、フランスの管理下に置かれることになったが、住民投票の結果、再度ドイツに復帰することが決定され、1957年1月1日を以ってドイツに復帰した。

スポーツ[編集]

1.FCザールブリュッケン1. FC Saarbrücken)が、ザールブリュッケンを代表するサッカークラブチームである。一時は低迷しレギオナルリーガ(3部)にまで降格したが、2003年から04年のシーズンでブンデスリーガ2部へ昇格を果たした。

姉妹都市[編集]

関連項目[編集]

引用[編集]

外部リンク[編集]