ネピドー

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ネピドー
Naypyidaw.svg
Uppatasanti Pagoda-02.jpg
ウッパタサンティ・パゴダ
位置
の位置図
座標 : 北緯19度45分 東経96度06分 / 北緯19.750度 東経96.100度 / 19.750; 96.100
行政
ミャンマーの旗 ミャンマー
 連邦領 ネピドー連邦領
ネピドー
地理
面積  
  域 7,054.37km2
人口
人口 (2007年現在)
  域 930,000人
その他
等時帯 ミャンマー標準時 (UTC+6:30
市外局番 067

ネピドービルマ語: Naypyidaw.svg英語: Naypyidaw)は、ミャンマー首都。旧首都ヤンゴンに代わり建設された。

建設[編集]

2003年夏より、ピンマナの西数キロの軍用地だった場所にミャンマーの新行政首都が建設された。ミャンマー国家平和発展評議会は省庁・政府機関のヤンゴンからピンマナへの移転を2005年11月7日より開始し、トラックによる大移動が行われた。2006年初頭にはほとんどの政府庁舎がそろうことになっていたが、学校の不足から政府職員の家族はヤンゴンに残留し、職員も休日にはヤンゴンの自宅に戻る。 また、行政首都には一般人は立ち入り禁止で、商人は商業地区に隔離されている。軍の司令部なども政府庁舎とは離れた地区に所在している。軍事パレードが行われる広場には、ビルマ史上の偉大な王であるアノーヤターバインナウンアラウンパヤーら三人の巨像が並んでいる。

ミャンマー連邦議会 (Hluttaw) ビル

ミャンマー政府は2006年3月27日の国軍記念日に新首都で軍事パレードを開き内外の報道陣を招き、この席で首都地域をネピドーNaypyidaw.svg, Naypyidaw, 「王都」「首都」の意)と呼ぶことを公式発表、10月10日には公式に遷都を発表した(日本の外務省ではネーピードーとしている)。 遷都の意義は、軍政維持の為と思われる。

  • アメリカからその専制を批判されているミャンマーが、イラク戦争同様に侵攻を受けた場合、内陸に位置するネーピードは海に近いヤンゴンより占領されにくく、より戦略的に有利な位置にあるからだという見方。
  • ネピドーはカレン州シャン州チン州など少数民族の多い州(ピーネー)に近く、内戦が起こった際にはやはり戦略上重要な位置にあるからだという説。
  • 元首で上級大将のタン・シュエのお抱え占星術師の命令によるものだという説。2005年11月9日のマレーシアの英字紙、ニュー・ストレート・タイムズは『首都移転の影に占星術師』のタイトルの記事を掲載している。また、2011年8月9日の日本のテレビ番組、教科書にのせたい!ではこの説が放送された。
  • 軍事政権は都市部の市民を恐れているとの説。高い教育を受けた国民や海外留学から帰った国民の増加により、そういった人々の多く住むヤンゴンで市民運動革命が起こることを軍事政権は危惧している。それゆえ、政権中枢をネーピードに移転させ政権の強い地盤とし、革命が起こっても早期に鎮圧できる拠点としようとしているというもの。

なおヤンゴンにあった国立動物園の動物も新首都のネピドーへ移された。

地理[編集]

大型ショッピングセンター

外国からの多数の観光客を見越して、高級ホテルが立ち並ぶ地区がある。また、有事の際には戦闘機の滑走路として使用することを想定しているとされる広い20車線の幹線道路が有る。近代的な3つの大型ショッピングセンター映画館を併設したものもある)もあるが、大きな病院は無く、万が一病気になっても国際線が乗り入れていないので、近隣国の近代病院に駆け込むこともままならない。なお、ヤンゴンとは異なり、電力事情も極めて良好であるとされる[1]

2011年10月19日に巨大なネピドー国際空港が完成しているが、国際線は一社も就航していない。

東京ドーム70個分に相当する大きさの国会議事堂は2010年6月頃に完成[2]。2010年の総選挙の結果を受け、2011年1月に22年ぶりの連邦議会が新しい議事堂で開催された[3]

巨大な都市にレストランは20軒程もなく、駐在員は自炊を強いられる。従って日本大使館や商社などの駐在員の多くはヤンゴンから、移転していない。

画像[編集]

脚注[編集]

  1. ^ “ミャンマーで各党の政党登録本格化”. MSN産経ニュース (産経新聞社). (2010年3月31日). http://sankei.jp.msn.com/world/asia/100331/asi1003312124000-n1.htm 2010年5月15日閲覧。 
  2. ^ “東京ドーム70個分! ミャンマー軍事政権が国会議事堂を初公開”. MSN産経ニュース (産経新聞社). (2010年3月27日). http://sankei.jp.msn.com/world/asia/100327/asi1003271640002-n1.htm 2010年5月15日閲覧。 
  3. ^ ミャンマー 闇と光の行方ナショナルジオグラフィック日本版2011年8月号 2012年2月3日閲覧。

外部リンク[編集]