ワ州
| 区旗 | |
| 地図 | |
| 首府 | パンサン |
| 特区主席 | 鮑有祥 |
| 面積(実際支配) | 1.3万平方キロ |
| 行政区域 | 4つ県、2つ特区 |
| 人口 | 55万 |
| 民族 | ワ族、シャン族、ラフ族、漢民族(コーカン族) |
| 言語 | ワ語、中国語 |
| 通貨 | 人民元 |
ワ州(英語:Wa State、中国語:佤邦)はミャンマーシャン州一つの自治区である。東面と北面は中華人民共和国雲南省と接する。いわゆる「黄金の三角地帯」に位置し、かつては主要産業がアヘン製造であった。首府はパンサンである。
ミャンマー政府にシャン州第二特区と呼ばれるワ州は鮑有祥をはじめとするワ州連合軍に支配され、例外的に政府軍が入り込めない土地であり、実際独立の地域である[1][2]。
目次 |
中国との関係 [編集]
中国と接し、ワ州は古くから中国と関係が深い。現地にはコーカン人が住んでおり、公用語は中国語がしばしば使われる。通貨は中国の人民元[3]。
明朝と清朝 [編集]
ワ州のコーカン人は実は中国人(漢民族)であり、明朝の一族及びその近衛兵の末裔である。17世紀、清朝が攻め込んで明を征服したとき、南へ南へと逃げ、ついにビルマに逃げた。清朝の要請で当時のビルマ王朝は、諸王の一人、永暦帝の身柄を引き渡したが、随行していた人々には辺境の山岳地帯に住むことを許した。したがって、コーカン人は明王朝の末裔である。
国民党軍残党(1949年-1968年) [編集]
1949年に中国国共内戦が終わり、戦敗した中国国民党国民革命軍の残党がワ州に20年徘徊していた。中国共産党及びミャンマー政府圧力の下で、遂に残党がタイの北部へ撤退した。
ビルマ共産党(1968年-1989年) [編集]
1968年から1989年まで、ワ州は中国が全面的にバックアップするビルマ共産党の支配下になった。今でも行政区分や官僚組織の面でワ州が中国の統治方式を踏襲しているのはそのためである。
ワ軍連合軍(1989年以降) [編集]
1989年、共産党内で軍内クーデターが勃発した。鮑有祥をはじめとする軍隊は共産党をやめ、ワ州連合党を組み、ワ州を統治した。
アヘン栽培 [編集]
タイ、ラオス、ミャンマーの国境地帯に広がるゴールデン・トライアングルに位置し、全世界の4割前後のアヘンをワ州で栽培されていた。ワ軍はアヘンに税をかけたり、ヘロインから生じる利益によって強大な武力を維持しているといわれている。しかし、2005年からワ州政府はアヘン栽培を禁止することになった[4]。
脚注・出典 [編集]
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