ロスチャイルド家

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ロスチャイルド家(ロートシルト家)の紋章。この紋章は1822年にオーストリア政府(ハプスブルク家)より、男爵の称号とともに授けられた。盾の中には5本の矢を持った手が描かれ、創始者の5人の息子が築いた5つの家系を象徴している。盾の下には、ロスチャイルド家の家訓であるConcordia, Integritas, Industria(調和、誠実、勤勉)という銘が刻まれている。

ロスチャイルド家(Rothschild)は、元来ユダヤ系ドイツ人の一族であり、18世紀からヨーロッパの各地で銀行を設立し、現在に至っている。現在、ロスチャイルド家が営む事業は主にM&Aのアドバイスを中心とした投資銀行業務と富裕層の資産運用を行うプライベート・バンキングが中心である。ドイツ語読みでロートシルトと呼び習わすこともある(赤いの意味)。

目次

歴史 [編集]

基礎 [編集]

Waddesdon Manor(英語) イギリスバッキンガムシャー。1889年建造。イギリスの分家によって建てられた別荘

初代のアシュケナージ(アシュケナジム)・タルムードのユダヤ系ドイツ人であるマイアー・アムシェル・ロートシルト(1744-1812年)がドイツフランクフルト・アム・マインで開いた古銭商・両替商に端を発し、ヘッセン選帝侯ヴィルヘルム1世との結びつきで経営の基礎を築いた。ヨーロッパに支店網を築き、彼の5人の息子がフランクフルトロンドンパリウィーンナポリの各支店を担当、相互に助け合いながら現在のロスチャイルドの基盤を築いた。

特にロンドンのネイサン(1777-1836年)とパリのジェームスが成功を収めた。ネイサンはナポレオンが欧州を席巻する中で金融取引で活躍し、各国に戦争の資金を融通した。また、ワーテルローの戦いでナポレオン敗退の報をいち早く知ると、英国債の空売りによる暴落を誘導後に一転買占めた取引で巨額の利益を得て、英国金融界での地位を確固たるものにした。一方、ジェームスは当時の成長産業だった鉄道に着目し、パリ~ブリュッセル間の北東鉄道を基盤に事業を拡大していった。

Schloss Hinterleiten(ドイツ語) オーストリアの ニーダーエスターライヒ。1887年建造。オーストリアの分家によって建てられた別荘

パリのロスチャイルドは、1870年に資金難にあえぐバチカンに資金援助を行うなどして取り入り、その後ロスチャイルド銀行は、ロスチャイルドの肝いりで設立されたバチカン銀行(正式名称は「宗教活動協会」、Instituto per le Opere di Religioni/IOR)の投資業務と資金管理を行う主力行となっている。

ロンドンのロスチャイルドは、政府にスエズ運河買収の資金を提供したり、第一次世界大戦の際にパレスチナでのユダヤ人居住地の建国を約束させる(バルフォア宣言:後のイスラエル建国につながる)など、政治にも多大な影響力を持った。特に保守党トーリー党)のディズレーリとの政商関係が有名。

日露戦争 [編集]

Chateau de Ferrieres(英語) フランスのセーヌ・エ・マルヌ。1854年建造。フランスの分家によって建てられた別荘。フランスにおいて19世紀の最も大きな別荘であり、30 km² の面積を占める

日本日露戦争を戦うことになった際に、膨大な戦費をまかなうため日英同盟を根拠にして外貨建て国債をロンドンで発行した。当時世界最大の石油産出量を誇っていたカスピ海バクー油田の利権を持つロスチャイルド家は購入を断わったが、ニューヨークのクーン=レーブ商会の銀行家でユダヤ人のジェイコブ・シフを紹介した。そして、ジェイコブ・シフが支援を申し出たため外債募集に成功し、この資金を軍事費として装備を充実させ日露戦争でロシアを破り勝利した。

日本は戦争に勝ち、ロシアから領土や満州における鉄道の利権などを手にしたが賠償金を獲得できず、その結果ジェイコブ・シフに金利を払い続けた。この為に、「日露戦争で最も利益を得たのはジェイコブ・シフ」と言われている。その後、ジェイコブ・シフ率いるクーン=レーブ商会は一時はジョン・モルガンモルガン財閥と並立する存在になった。

バクー油田 [編集]

日露戦争の一方で、ロスチャイルド家はロシア石油開発に巨額の投資を行っていた。バクーで大掛かりに油井が掘削されたのは1846年である。1872年にロシアが石油産業の国家独占を廃止し、油井を売却すると、ロスチャイルド家など欧米諸国から石油資本が流入して急速に発展を遂げ、未だペルシア湾の油田が開発されていなかった20世紀初頭には、世界の石油生産の過半を占めた。この時代のバクーは石油産業から近代的工業都市へと発展を遂げ、流入してきたアゼルバイジャン人アルメニア人の政治・経済・文化活動の中心となった。アルフレッド・ノーベルは、二人の兄と1878年に『ノーベル兄弟石油会社英語版』を設立して油田開発、ナフサ精製、輸送などを受け持って巨万の富を築いた。この活況は1920年ボリシェヴィキのバクー制圧まで続いた。

企業や資本家への支援事業 [編集]

ロスチャイルド家は多くの企業の設立や資本家の支援を行ってきたことでも知られる。世界最大のダイヤモンド採掘量を誇るデビアス、鉱物メジャー大手のリオ・ティント、イギリスの生命保険最大手のRSA・インシュアランス・グループJPモルガン・チェースモルガン・スタンレーの前身であるジョージ・ピーボディ&カンパニーの創始者であるジョージ・ピーボディなどがある。

現在 [編集]

Spencer House(英語) イギリスの ロンドン。スペンサー伯爵家の代々の邸宅。現在、イギリスの分家が99年の契約でこの邸宅を借り、ロスチャイルド家の営む投資事業会社 RIT Capital Partnersの本拠地として使用している

現在、ロスチャイルド家が営む主な金融グループは3つあり、それぞれ別れて事業を営んでいる。

一つ目はEdmond de Rothschild Groupである。Edmond de Rothschild Groupはスイスに本拠を置く金融グループであり、傘下に、スイスを中心に世界中で富裕層の資産運用(プライベート・バンキング)を行うBanque privée Edmond de Rothschildや、フランスを中心に世界中でワイナリーを営むCompagnie Vinicole Baron Edmond de Rothschildなどがある。グループの傘下企業の一つBanque privée Edmond de Rothschildスイス証券取引所に上場しており、2011年においてその総資産は140.2億スイスフランである。[1]

二つ目はThe Rothschild Groupである。The Rothschild Groupはフランスのパリに本拠を置くParis Orléansを金融持ち株会社とし、その傘下にフランスの投資銀行Rothschild & Cie Banqueやイギリスの投資銀行N・M・ロスチャイルド&サンズやスイスを中心に活動するプライベートバンクRothschild Bankなどをもつ。[2]ヨーロッパを中心に45カ国にオフィスを持ち、事業はM&Aのアドバイスを中心とした投資銀行業務と富裕層の資産運用を行うプライベート・バンキングが中心である。特にM&Aでは取り扱い件数がヨーロッパで一番多い。The Rothschild Groupの金融持ち株会社であるParis Orléansはパリ証券取引所に上場しており、2012年においてその総資産は89.2億ユーロである。[3]

Mentmore Towers(英語) イギリスのバッキンガムシャー。 1854年建造。イギリスの分家によって建てられた別荘

三つ目はRIT Capital Partnersである。RIT Capital Patnersは1980年に設立された、ロンドンのスペンサーハウスに本拠を置くInvestment Trustであり、アメリカやイギリスを中心として世界中の会社に投資を行っている。RIT Capital Partnersはイギリスで最大規模のInvestment Trustであり、イギリスのトップ5の一つに数えられている[4]。また、Rockefeller Financial Services社と資産運用事業で提携していることでも知られている[5]。RIT Capital Patnersはロンドン証券取引所に上場しており、2012年において総資産は22.1億ポンドである[6]。(Investment Trustはクローズド・エンド型の投資信託の種類の一つである。一般の投資信託と違い、資本市場で資金を集め、その資金をその投資会社の方針により、ヘッジファンドやプライベート・エクイティ・ファンドなど様々な商品に投資する。世界の中でも特にイギリスで発展している。)

なお、3つの金融グループはそれぞれの分野で傑出した業績を誇るが、それぞれの国においてより規模の大きな競合企業が存在する[7][8][4]

現在のロスチャイルド家を代表する人物として、Edmond de Rothschild Groupを統括するベンジャミン・ロスチャイルド(Benjamin de Rothschild)、The Rothschild Groupを統括するダヴィッド・レネ・ロスチャイルド(David René de Rothschild)、RIT Capital Patnersを統括するジェイコブ・ロスチャイルドJacob Rothschild)らがいる。

ロスチャイルド家とワイン [編集]

シャトー・ラフィット・ロートシルト(日本語) フランスのボルドー。ロスチャイルド家が営むシャトー(ぶどう園)の一つ。フランスのボルドー地方の五大シャトーの一つで、ここで作られるワインは高い格式を持つ
ムートン・カデのラベル

ボルドーの赤ワイン生産者として、最高の格付けを得ている「5大シャトー」と呼ばれるブドウ園のうち2つが、ロスチャイルド家の所有となっている。そのうちシャトー・ムートン・ロートシルトは、ネイサン・ロスチャイルドの3男ナサニエルが1853年に購入したものであり、シャトー・ラフィット・ロートシルトはマイヤー・ロスチャイルドの5男ジェームスが1868年に購入したものである。1855年の格付けではラフィットが1級の評価を得たものの、ムートンは2級に甘んじた。だが、ナサニエルの曾孫のフィリップの努力により、1973年、異例の格付け見直しによりムートンも1級の地位を獲得する。

その後もフィリップとその一族は、カリフォルニアの「オーパス・ワン」、チリの「アルマヴィーヴァ」などのワインを手がけ、いずれも高い評価を獲得している。

フィリップはシャトー・ムートンを最高級のワイン・ブランドとして確立させる一方、1930年代には庶民にも手軽に飲める高品質のワインブランド「ムートン・カデ」を創り出した。シャトー・ムートンの技術と経験で造られた新作ワインが手頃な値段で楽しめるとあって、ムートン・カデの需要は徐々に高まっていった。今日ではムートン・カデはフランスで最もよく飲まれているワインとなっている[9]

世界中の人に愛されているブランドでもあり、2004年には世界で1500万本販売された[10]。日本ではワイン専門店のみならずスーパーなどでも販売されており、日本人にとっても手軽に飲めるワインとなっている。

ロスチャイルド家の家系と人物 [編集]

Palais Nathaniel Rothschild(ドイツ語)オーストリア のウィーン。1878年建造。オーストリアの分家によって建てられた邸宅
Rothschildschloss(ドイツ語) オーストリアのヴァイトホーフェン・アン・デア・イプス。元は13世紀に建てられた中世の城だったが、1875年にオーストリアの分家によって取得された
Château de Montvillargenne(フランス語) フランスのオワーズ。1900年建造。フランスの分家によって建てられた邸宅
ロスチャイルド家の家系図についてはGenealogy of the Rothschild familyを参照。

ロスチャイルドに関する著作 [編集]

Ascott House(英語) イギリスのバッキンガムシャー 元は農家の家であったが、1873年にイギリスの分家によって取得されて増築され、ロスチャイルド家の別荘となった。広い敷地を持ち、その敷地面積は13 km² になる
  • ロスチャイルド家 世界を動かした金融王国 中木康夫 誠文堂新光社, 1960
  • ロスチャイルド ヨーロッパ金融界の謎の王国 ジャン・ブーヴィエ 井上隆一郎訳 河出書房新社 1969 世界の企業家
  • フレデリック・モートン『ロスチャイルド王国』高原富保訳、新潮選書、1975年
  • ギー・ド・ロスチャイルド『ロスチャイルド自伝』酒井傳六訳、新潮社、1990年
  • 広瀬隆『赤い楯 ロスチャイルドの謎』集英社、1991年 のち文庫
  • ロスチャイルド世界金権王朝 一極世界支配の最奥を抉る! ジョージ・アームストロング 馬野周二監訳 徳間書店, 1993.2.
  • デリク・ウィルソン『ロスチャイルド──富と権力の物語』本橋たまき訳、新潮文庫、1995年
  • 横山三四郎『ロスチャイルド家──ユダヤ国際財閥の興亡』講談社現代新書、1995年
  • ロスチャイルド自伝 実り豊かな人生 エドマンド・デ・ロスチャイルド 古川修訳. 中央公論新社 1999.10.
  • ロスチャイルド夫人の上流生活術 ナディーヌ・ロスチャイルド 伊藤緋紗子訳. PHP研究所, 2001.11.
  • ロスチャイルド家の上流恋愛作法 愛される女性たちの秘密 ナディーヌ・ロスチャイルド 鳥取絹子訳 ベストセラーズ, 2002.9.
  • ヨアヒム・クルツ『ロスチャイルド家と最高のワイン―名門金融一族の権力、富、歴史』瀬野文教訳、日本経済新聞出版社、2007年
  • ユースタス・マリンズ『世界権力構造の秘密』成甲書房、2007年
  • 世界最大のタブー『ロスチャイルドの密謀』ジョンコールマン博士+太田龍 著、成甲書房、2007年
  • 富の王国ロスチャイルド 池内紀 東洋経済新報社, 2008.12.

関連項目 [編集]

Palais Freiherr Albert von Rothschild(英語) オーストリアのウィーン。1884年建造。オーストリアの分家によって建てられた邸宅
Hôtel Salomon de Rothschild(英語)フランスのパリ。1878年建造。フランスの分家によって建てられた邸宅
Villa Rothschild(ドイツ語) ドイツのフランクフルト近郊。1894年建造。ドイツの分家によって建てられた別荘。現在は高級ホテルとして使用されている
Halton House(英語) イギリスのバッキンガムシャー。1883年建造。イギリスの分家によって建てられた別荘
Villa Ephrussi de Rothschild(英語) フランスのコート・ダジュール。1912年建造。フランスの分家によって建てられた別荘

出典 [編集]

  1. ^ Banque privée Edmond de Rothschild Annual report 2011”. edmond-de-rothschild.ch. 2012年7月閲覧。
  2. ^ Banking activities organisation chart of Rothschild”. Paris-orleans.com. 2011年7月15日閲覧。
  3. ^ Paris Orléans Annual report 2011/2012”. paris-orleans.com. 2012年9月11日閲覧。
  4. ^ a b Compare All UK Investment Trusts - Money.co.uk
  5. ^ Rothschilds buy into Rockefeller wealth business”. uk.reuters.com. 2012年7月19日閲覧。
  6. ^ RIT Capital Patners Annual report 2012”. ritcap.co.uk. 2012年7月19日閲覧。
  7. ^ Bloomberg Global Financial Advisory M&A Rankings
  8. ^ Swiss Banks Buck Secrecy Squeeze With $53 Billion of Inflows Bloomberg
  9. ^ ヨアヒム・クルツ著 『ロスチャイルド家と最高のワイン』 2007年 日本経済新聞社 256頁
  10. ^ Kiley, David, BusinessWeek. “Winning Back Joe Corkscrew”. 19, July, 2012閲覧。

外部リンク [編集]

歴史

金融

ワイン

邸宅や庭園

財団