スペンサー伯爵

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スペンサー伯爵スペンサー家の紋章のエスカッシャン部分。

スペンサー伯爵 (スペンサーはくしゃく、英語: Earl Spencer)は、イギリス伯爵位。グレートブリテン貴族

1765年ジョン・スペンサーオールトラップ子爵 (Viscount Althorp) [注釈 1]位とともに授爵されたのにはじまる。伯爵家の法定推定相続人は、儀礼称号として従属爵位の一つオールトラップ子爵を名乗る。2014年現在のスペンサー伯爵は第9代スペンサー伯爵チャールズ・スペンサーである。


歴史[編集]

1822年のオルソープ・ハウス邸内を描いた絵画
ロンドンにあるスペンサー伯爵家の邸宅スペンサー・ハウス英語版(2009年撮影)。現在はRIT・キャピタル・パートナーズ英語版に賃貸中。

ホイッグ党所属の庶民院議員ジョン・スペンサー(第3代サンダーランド伯チャールズ・スペンサーの三男ジョン・スペンサー英語版の息子)は1761年4月3日グレートブリテン貴族爵位「オールトラップのスペンサー子爵(Viscount Spencer of Althorp)」及び「オールトラップのスペンサー男爵(Baron Spencer of Althorp)」に叙せられ[1]、ついで1765年11月1日にはグレートブリテン貴族「スペンサー伯爵(Earl Spencer)」及び「オールトラップ子爵(Viscount Althorp)」に叙せられた[1]

初代伯爵は政界において庶民院・貴族院議員以上の存在にはならなかったが、その長男である2代伯爵ジョージ王璽尚書海軍大臣英語版内務大臣などの閣僚職を歴任した。党派は父同様ホイッグ党であったが、トーリー党政権の小ピット内閣にも海相として入閣しており、ネルソン提督を抜擢したのは彼であった[2]

その長男である3代伯爵ジョンは、襲爵前に庶民院ホイッグ党の幹部として活躍し、1830年から1834年のホイッグ党政権下で庶民院院内総務大蔵大臣を務め、第一次選挙法改正の実現に貢献した[3]

3代伯爵の弟である4代伯爵フレデリックは主に海軍軍人として活躍した[4]

4代伯爵の長男である5代伯爵ジョン自由党の政治家としてアイルランド総督や枢密院議長や海軍大臣などの閣僚職を歴任した。第3次グラッドストン内閣においてアイルランド自治法案を支持した数少ないホイッグ貴族の一人であった[3]

政界の中枢として活躍した当主は5代伯爵が最後であり、20世紀以降の当主は廷臣や軍人になったり、地主業に専念する例が増えていく[3]。5代伯爵の弟である6代伯爵チャールズ副宮内長官英語版宮内長官英語版を務めた[5]。彼はスペンサー伯爵位を襲爵する前の1905年12月19日連合王国貴族爵位「ノーサンプトンシャーのグレート・ブリントンのオールトラップ子爵(Viscount Althorp, of Great Brington in the County of Northampton)」に叙されており[6]、以降この爵位もスペンサー伯爵位の従属爵位に加わった。

その長男である7代伯爵アルバートは43年にわたって国防義勇軍の軍人として活躍した[7]。彼は自分の屋敷への思い入れが強く、邸宅に飾られている全ての絵画や家具の由来を説明できたので「館長伯爵」と呼ばれていたという[8]

その長男である8代伯爵エドワードも若い頃、陸軍軍人だった[9]。また王室に侍従として仕えた[10]。彼の三女であるダイアナチャールズ皇太子に嫁いだことで知られる。

2014年現在の当主は8代伯爵の次男(長男は早世)でダイアナ妃の弟にあたる第9代スペンサー伯爵チャールズ・スペンサーである。

伯爵家の本宅は、ノーサンプトンシャーのオルソープ英語版ノーサンプトンの北西8キロ)にあるオルソープ・ハウスである。同屋敷は1508年に建築されたが、摂政皇太子ジョージの時代に建築家ヘンリー・ホランドによる改築で現在の姿となった。伯爵家はその屋敷を中心にノーサンプトンシャーに1万3000エーカーもの土地を所有する大地主である[11]ノーフォークのノース・クリーク村も伯爵家が所有する。

8代伯爵の代からオルソープの屋敷の維持費の捻出に苦しむようになり、屋敷内に飾られていた様々な美術品の売却を行うようになった。こうした傾向は現在の9代伯爵の代も続いている[12]

伯爵家のロンドンの邸宅スペンサー・ハウス英語版も維持困難になったため、1985年から96年契約で第4代ロスチャイルド男爵ジェイコブ・ロスチャイルドの経営するRIT・キャピタル・パートナーズ英語版に賃貸している。ロスチャイルド卿は2000万ポンドもの巨費を投じてその内装を18世紀の状態に復元した[13]。この修復作業はダイアナ妃からも高く評価された[14]

スペンサー子爵(1761年)[編集]

肖像 爵位の代数
名前
(生没年)
受爵期間 備考
Johnspencer.jpg 初代スペンサー伯爵
ジョン・スペンサー
(1734-1783)
1761年4月3日
- 1783年10月31日
庶民院議員(1756-1761)
貴族院議員(1761-1783)
1765年にスペンサー伯爵に叙される

スペンサー伯爵(1765年)[編集]

 
初代スペンサー伯爵
ジョン
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第2代スペンサー伯爵
ジョージ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第3代スペンサー伯爵
ジョン
 
第4代スペンサー伯爵
フレデリック
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第5代スペンサー伯爵
ジョン
 
第6代スペンサー伯爵
チャールズ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第7代スペンサー伯爵
アルバート
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第8代スペンサー伯爵
エドワード
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ダイアナ
 
第9代スペンサー伯爵
チャールズ
 
 
肖像 爵位の代数
名前
(生没年)
受爵期間 備考
Johnspencer.jpg 初代スペンサー伯爵
ジョン・スペンサー
(1734-1783)
1765年11月1日
- 1783年10月31日
庶民院議員(1756-1761)
貴族院議員(1761-1783)
George Spencer, 2nd Earl Spencer.jpg 第2代スペンサー伯爵
ジョージ・スペンサー
(1734-1783)
1783年10月31日
- 1834年11月10日
王璽尚書(1794)
海軍大臣英語版(1794-1801)
内務大臣(1806-1807)
庶民院議員(1780-1783)
貴族院議員(1783-1834)
3rdEarlSpencer.JPG 第3代スペンサー伯爵
ジョン・スペンサー
(1782-1845)
1834年11月10日
- 1845年10月1日
財務大臣(1830-1834)
庶民院院内総務(1830-1834)
庶民院議員(1804-1834)
貴族院議員(1834-1845)
Frederick, 4th Earl Spencer KG (1798-1857) by Stephen Catterson Smith.jpg 第4代スペンサー伯爵
フレデリック・スペンサー
(1798-1857)
1845年10月1日
- 1857年12月27日
庶民院議員(1831-1835,1837-1841)
貴族院議員(1845-1857)
Picture of John Spencer, 5th Earl Spencer.jpg 第5代スペンサー伯爵
ジョン・スペンサー
(1835-1910)
1857年12月27日
- 1910年8月13日
アイルランド総督(1868-1874,1882-1885)
枢密院議長(1880-1883,1886)
海軍大臣(1892-1895)
庶民院議員(1857)
貴族院議員(1857-1910)
William Orpen Charles Robert 6th Earl Spencer.jpg 第6代スペンサー伯爵
チャールズ・スペンサー
(1857-1922)
1910年8月13日
- 1922年9月26日
宮内長官英語版(1905-1912)
庶民院議員(1880-1895,1900-1906)
貴族院議員(1905-1922)
AlbertSpencer.jpg 第7代スペンサー伯爵
アルバート・スペンサー
(1892-1975)
1922年9月26日
- 1975年6月9日
貴族院議員(1922-1975)
第8代スペンサー伯爵
エドワード・スペンサー
(1924-1992)
1975年6月9日
- 1992年3月29日
貴族院議員(1975-1992)
ダイアナ妃の父
第9代スペンサー伯爵
チャールズ・スペンサー
(1964-)
1992年3月29日
- 受爵中
貴族院議員(1992-1999)
ダイアナ妃の弟

法定推定相続人は、第9代スペンサー伯の長男、オールトラップ子爵ルイス・スペンサー英語版(1994年 - )である。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ Althorpは、称号としては"áwl-trop"と読み、ノーサンプトンシャーの地名としては"all-thorp"と読む。

出典[編集]

  1. ^ a b Lundy, Darryl. “John Spencer, 1st Earl Spencer” (英語). thepeerage.com. 2014年12月3日閲覧。
  2. ^ 海保(1999) p.21-22
  3. ^ a b c 海保(1999) p.22
  4. ^ Lundy, Darryl. “Vice-Admiral Frederick Spencer, 4th Earl Spencer” (英語). thepeerage.com. 2014年12月3日閲覧。
  5. ^ Lundy, Darryl. “Charles Robert Spencer, 6th Earl Spencer” (英語). thepeerage.com. 2014年12月3日閲覧。
  6. ^ London Gazette: no. 27868, p. 9319, 1905年12月29日
  7. ^ Albert Edward John Seventh Earl Spencer” (英語). Spencer of Althorp. 2014年12月3日閲覧。
  8. ^ モートン(1992) p.41
  9. ^ 海保(1999) p.23
  10. ^ Lundy, Darryl. “Edward John Spencer, 8th Earl Spencer” (英語). thepeerage.com. 2014年12月3日閲覧。
  11. ^ キャンベル(1998) p.14
  12. ^ キャンベル(1998) p.50
  13. ^ 横山(1995) p.23
  14. ^ モートン(1992) p.291

参考文献[編集]

関連項目[編集]