バクー油田

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バクー油田(バクーゆでん)はアゼルバイジャン共和国にある油田である。

歴史[編集]

その歴史は古く、1830年代から始まった。1878年秋、ロシア初の石油パイプラインНефтепровод Балаханы — Чёрный городen:Branobelによって作られた。

1930年代にかけてはロシア・旧ソ連の石油産出量の大半を占めていた。

第二次世界大戦における独ソ戦中、アドルフ・ヒトラーのドイツ軍は、ソ連の戦争継続能力を奪い、不足する自国の石油も確保するためにバクー油田占領を目的として、ソ連南部、カフカス地方へ侵攻した(ブラウ作戦)。 1942年の夏にはドイツ軍はカフカス山脈の中央部まで進出したが、補給難から撤退し、ブラウ作戦自体もスターリングラードの戦いの敗北によって失敗した。戦争中、バクー油田は一貫してソ連の石油供給の中心を担い、勝利への大きな貢献を果たした。

ソ連時代にはNeftciler(アゼルバイジャン語で油田労働者を意味する)による開発が行われていたが、ソ連崩壊後は外国資本による開発も行われている。 その後はヴォルガ・ウラルや西シベリアの油田地帯が開発されるに従ってその割合は次第に低下していった。

今日ではアゼルバイジャン政府はよりクリーンで効率的な石油採掘を目指している。その一環となるのがバクー・トビリシ・ジェイハンパイプライン(BTCパイプライン)である。