国際商業信用銀行

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国際商業信用銀行(こくさいしょうぎょうしんようぎんこう、Bank of Credit and Commerce International)とはかつてルクセンブルクを本拠に発展途上国を中心に営業していた銀行である。一般にはBCCIで知られる。

歴史[編集]

1972年に創立して20年足らずの間に世界78カ国に400以上の支店を擁し250億ドルもの資産を有していたが、1991年に経営破綻し、乱脈経営に加えてマネーロンダリング武器密輸麻薬取引への関与、更には核兵器の流出やCIAを始めとした諜報機関との関わりなど数々のスキャンダルが明らかになった。

パキスタンの銀行家だったハッサン・アベディが、アブダビ首長ザーイド・ビン=スルターン・アール=ナヒヤーンの出資を得て1972年に創立。パキスタンでは前年に銀行が国有化されており、アベディはイスラム圏ひいては発展途上国における金融上の便宜を図る銀行の設立を企図。ルクセンブルクに本社を置くと共にケイマン諸島にも拠点を置き、設立後たちまちの内に営業拠点を増やしていった。

しかしながら実際には銀行業で利益を殆ど挙げていなかったと言われ、1982年にはクラーク・クリフォードと手を組みアメリカファースト・アメリカン・バンクの経営権を取得。アメリカへの進出を図ったものの、経営実態や非合法活動への関与をめぐって議会で問題となり結果的に進出に失敗した。

だが一方でCIAの作戦行動を側面で支える役割を負い、イラン・コントラ事件アフガニスタンムジャヒディンへの支援の際に資金融通面で関わっていた(BCCIを介して支援を受けていた者の中には後にアルカーイダを率いてテロ活動を指揮したオサマ・ビン・ラディンもいた)。更には、反共産主義路線をとっていたために、冷戦下においてアメリカやCIAの支援を受けていた独裁者マネーロンダリングや資産隠匿、加えて彼らが手がけていた麻薬や密輸などの非合法活動にも便宜を与えており、サミュエル・ドウサッダーム・フセインマヌエル・ノリエガロッジP2のメンバーなどがBCCIを利用して私腹を肥やしていたと言われている。

1991年にイギリスとアメリカの金融当局によって営業停止を命じられ、経営破綻。その後の調査で100億ドルにも及ぶ使途不明金が明らかとなり、発展途上国では多くの預金者が財産を失うなど被害が広がった。日本でも東京支店に預金をするなどしていた邦銀や企業が、少なからず被害を受けている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]