北部鉄道 (フランス)

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20世紀初頭のラ・プレンヌ車庫

サン=サーンス駅における120型タンク機関車

北部鉄道(Compagnie des chemins de fer du Nord)は1845年9月20日に銀行家ジェームズ・ロスチャイルド(James de Rothschild)、ジャン=アンリ・オッティンガー(Jean-Henri Hottinguer)、エドワード・ブラント(Edward Blount)らによって設立されたフランスの鉄道会社である。 北部鉄道はパリからリールヴァランシエンヌを通り、ダンケルクカレー方面への分岐点を経てベルギー国境までを結ぶ鉄道の許可を1845年9月10日に国から受けた。

北部地方、特に鉱山地帯であるベルギーグレートブリテン島の交通のために建設され、1846年にパリからドゥエとリールまでが繋がった。

路線網は周辺地域(ピカルディフランドル、北東地域、リール~ベテューヌ、リール~ヴァランシエンヌ等)に存在した他社を吸収合併する事により、ヴァランシエンヌ、ガンアミアンブローニュ方面へと素早く広まった。

北部の鉄道網は、瞬く間に、フランスにおいて最も高頻度で活気ある路線の一つとなり、北部鉄道は最も優れた設備一式に関するエンジニアリング会社として認められるようになった。

東部鉄道と同じように、ベルギーには北部会社ベルギー(Compagnie du Nord Belge)という名前の子会社が設立された。この会社は特にリエージュナミュール間(現在のベルギー125号線)やナミュール~ディナンジヴェ(Givet)間(現在の154号線)と言った路線を開通させた。

北部鉄道の蒸気機関車はまず鮮やかな緑色に赤い帯のものであった、その後、有名なショコラ色に黄帯の塗装となった。

車両[編集]

4シリンダー、2動軸のPetiet式機関車
パリ北駅にて旅客列車を牽くカイル(Cail)製の140型機関車

創業当初は機関車は北部鉄道仕様の機関車と当時合併した会社から取得した機関車から構成されていた。そしてそれは数多くの様々な機関車の系列に続いた。

これらの機関車は2つに区別される。

  • 旅客用の高速の機関車
    • 直径の大きな車輪を持ち軽い列車を牽引した。一般的にはフランス式車軸配置表記で120型か021型(ホワイト式で言う2-4-0か0-4-2)の車軸配置の機関車だった。
  • 貨物列車用機関車
    • 少なくとも3つの動軸を有し、直径の小さな車輪を持つ機関車。これらは030型車軸配置(ホワイト式0-6-0)であった。