シャトー・ムートン・ロートシルト
シャトー・モートン・ロートシルト(fr:Château mouton rothschild)とは、フランスの有名なシャトー。ボルドーから北西50km、メドックのポーイヤックにある。「ロートシルト」は「ロスチャイルド」のドイツ語読み、フランス語読みは「ロッチルド」。
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[編集] 赤ワイン「シャトー・ムートン・ロートシルト」
同名の赤ワイン、シャトー・ムートン・ロートシルトは、世界でもっとも偉大なクラレットの1つに数えられる。もともとはシャトー・ブラン・ムートンという名で知られていたが、1853年、シャトーを購入したナタニエル・ド・ロッチルドにより、シャトー・ムートン・ロートシルトと改名された。収穫と瓶詰めをともに自ら行ったシャトーは、シャトー・ムートン・ロートシルトが初めてである。
1855年のボルドーワインの格付けは、ブドウ園のワインの当時の市価に基づいて決められていたが、シャトー・ムートン・ロートシルトはただ1つの例外となった。ムートンの市価はシャトー・ラフィット・ロートシルトと似通っていたにもかかわらず、第1級格付けからムートンは除外されたのである。当時のシャトー所有者のフィリップ・ド・ロートシルト男爵は、これを「恐ろしい不正」と評した。一般には、格付けの直前にシャトーがイギリス人に買われ、もはやフランス人の所有ではなくなっていたからだと信じられている。
シャトーの有力かつ強力な所有者による長年のロビー活動の結果、1973年6月21日、当時農業大臣であったジャック・シラクがムートンに対して第1級(プレミエ・クリュ)への昇格を認める省令に署名するに至った。これは1855年の格付けを変更させた唯一の例である(1856年のシャトー・カントメルルの追加を除く)。これにより、ラベルの標語も変わった。
それまでワインのラベルには
第1級たり得ず、第2級を肯んぜず、そはムートンなり ( Premier ne puis, second ne daigne, Mouton suis. )
とあったが、以後
今第1級なり、過去第2級なりき、されどムートンは不変なり。 (Premier je suis, Second je fus, Mouton ne change.)
となったのである。
なお、シャトー・ムートン・ロートシルトは、ボルドーの広い範囲で作られるネゴシアン・ブランドのムートン・カデとしばしば混同される。
[編集] ラベル
フィリップ・ド・ロッチルド男爵は、年ごとのラベルのデザインを、その時々の著名な芸術家に依頼するという案を思い付いた。1946年以降、シャトー・ムートン・ロートシルトのラベルは世界の偉大な画家や彫刻家によりデザインされ、ムートンのイメージを重要で意義深いものにしている。今日に至るまでの唯一の例外は、2000年限定の、金のエナメルのボトルである。
1953年にはシャトー・ムートンの買収100年記念を祝うため、ナタニエル・ド・ロッチルド男爵の肖像がラベルに描かれた。 1977年には、イギリスのエリザベス2世とクイーン・マザーがシャトーを訪れ、訪問を記念する特別ラベルがデザインされた。
ムートンの特別ラベルの歴史上、一年の間にラベルを2種類使用したことが使われたことが2度ある。1度目は1978年、モントリオールの芸術家ジャン=ポール・リオペルが2種類のデザイン画を提出したときである。この時、フィリップ・ド・ロッチルト男爵は絵を両方とも気に入ったため、その年の収穫を2つに分けて両方のデザインを使用した。
1993年のムートンのラベルは、フランスの画家バルテュスのデッサンで、横たわる裸のニンフが描かれていた。しかしこのラベルは、アメリカのATFに使用を拒否された[要出典]。そのためアメリカ市場に向けてのラベルのみデッサン画が描かれるべき部分が白く残されることになり、コレクターは両方の種類を追い求めることになった。
ラベルの絵の人気は、オークションでの価格に影響している。より古く、収集可能な年と熟成具合とは噛み合っていない。
[編集] ラベルを描いた画家
- 1970年シャガール
- 1973年ピカソ
- 1975年ウォーホル
- 1979年堂本尚郎
- 1982年ジョン・ヒューストン
- 1988年キース・ヘリング
- 1990年フランシス・ベーコン
- 1991年クロソフスキー・ド・ローラ・セツコ
- 1993年バルテュス
[編集] ブドウ園
シャトー・ムートン・ロートシルトのブドウ園は、ボルドー・ジロンド川に至る斜面にあり、おもにカベルネ・ソーヴィニヨン種のブドウを産する。今日、シャトー・ムートン・ロートシルトの203エーカー(0.8 km²)に及ぶブドウ畑は、カベルネ・ソーヴィニヨン種 (77%)、メルロー種 (11%)、カベルネ・フラン種 (10%)、プチ・ヴェルド種 (2%)から成り立っている。ワインは、オークの大タンク(メドックには、このタンクを使用するシャトーはあまり残っていない)で発酵させてから、オークの新しい樽に移して熟成させる。
[編集] 商況
1980年、シャトーはロバート・モンダヴィとの合弁事業により、カリフォルニアのオークヴィルにオーパス・ワン・ワイナリーを設立すると公式に発表した。
1990年代にはコー・デュボア大統領の指揮の下、南北アメリカに大規模拡大し、会社の取引高のほぼ半分を占めるようになった。1997年、シャトー・ムートン・ロートシルトはチリのコンチャ・イ・トロと協力し、マイポ渓谷に新しいワイナリーを作り、カベルネ・ソーヴィニヨン種をベースにした良質な赤ワイン、アルマヴィヴァ(Almaviva Winery)をプロデュースした。
事業は現在、フィリップの娘・フィリピーヌ・ド・ロートシルト男爵夫人に引き継がれている。 2003年6月、シャトーはワイン博覧会の最後にフラワー・フェスティバル( La Fête de la Fleur )を開催し、150周年記念を祝った。
[編集] パリにおける評価
1970年のヴィンテージは、1976年パリにおけるワイン品評会で第2位の評価を受けた。これはフランスワインの中で最も高い評価であった。
[編集] 文化的引用
日本の人気漫画「神の雫」の中で、遠峯一青(とおみね いっせい)は1982年ヴィンテージのシャトー・ムートン・ロートシルトについて、その豊かなテロワール(ブドウの育った土地の特色)にからめて、ジャン=フランソワ・ミレーの名画「晩鐘」に例えている。
同じくワイン漫画の『ソムリエ (漫画)』では、行き詰まりに悩むパリの画家の話や、主人公と父の確執の中身が明かされる話で、このワインが登場する。
[編集] 参照
[編集] 参考書籍
- Taber, George M. Judgment of Paris: California vs. France and the Historic 1976 Paris Tasting that Revolutionized wine. NY: Scribner, 2005.